足をのばして、時間をかけても訪れたい店がある。東京ではなかなか目にできない逸品や店主と出会うことで、自分の中に眠る感性や目が養われ、気付きを得るはずだ。
いま、ヴィンテージが面白い。本特集では、目の肥えたクリエイターたちが愛用している品から、いま訪れるべき話題のギャラリーや海外での暮らし、人気店のオーナーが目をつけているネクストブレイクまで、ヴィンテージの魅力や注目アイテムを徹底取材してお届けする。ようこそ、まだ見ぬ、奥深きヴィンテージの世界へ。
『ようこそ、 ヴィンテージへ』
Pen 2025年8月号 ¥990(税込)
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八ヶ岳南麓で触れる、アノニマスに宿るパワー
【ジオラマ】

平尾ダニエル甲斐(ひらお・だにえる・かい)●1989年、東京都生まれ。リノベーション会社や設計事務所を経て、2020年に「自分が美しいと感じる価値を、独自の空間で発信したい」という想いからギャラリー「ジオラマ」をスタート。自身でもオリジナル家具や、アート作品の制作を手掛ける。

躯体をむき出しにした箱の状態のギャラリースペースに、大きさも形状も材質も年代も異なるアイテムが並ぶ「ジオラマ」の内観。向かって右手、銅板張りの扉を越えた先には、江戸から昭和の骨董が並ぶスペースが広がる。
西に南アルプス、北に八ヶ岳を望む山梨県北杜市の田舎道、のどかな田園風景の中に、廃工場をリノベーションしたギャラリーがある。東京でインテリア関連の仕事をしていた平尾ダニエル甲斐が、大工である父のモリソン・ニール・スチュアートとともにつくり上げた「ジオラマ」には、東京からクルマで約2時間というロケーションにもかかわらず、連日、国内外から数多くのファンが足を運ぶ。彼らを強く惹きつけるのは、ものの用途や価値を再編集する平尾の自由な見立てと、年代やジャンルを超えて自由にキュレーションされた美しいギャラリー空間だ。
「プラスチック工場として使われていた当時の油汚れは、この空間に蓄積された味わいとして、あえて落とさずにそのまま残しています。配管が通っていた床面の溝もラインがきれいに見えたので、中に砂利を敷き詰めてテクスチャーに変化を与えました。壁には大きな窓がありましたが、酸化させたアルミのパネルをはめ込み遮光して、照明をコントロールできるようにしています」
大小さまざまな形状のものが展示されているギャラリー内で最も目を惹くのが、直径も深さも1m以上ある工業用の坩堝(るつぼ)だ。かつてアルミを溶解するために使われていたものをそのまま再利用したオブジェだが、時を経たものだけが持つ味わい深い表情は、ただそこに佇むだけで、圧倒的な存在感をにじませている。
「以前、ディスプレイの依頼を受けた際に、この坩堝を巨大な植木鉢として使うアイデアを提案したことがあります。その時は実現しませんでしたが、ホテルのエントランスや庭園にこれが置いてあったら、とても絵になると思います」




「ジオラマ」には平尾がセレクトしたヴィンテージ家具や骨董をはじめ、現代アートや若手の工芸作家の作品、さらには平尾自らが手掛けたものまでさまざまなアイテムが並んでいるが、つくり手の名前や市場価値にかかわらず、すべてが〝アノニマス〟な存在として、空間の中であるがままの個性をむき出しにしている。
「昔からありきたりのものがあまり好きではないので、既に市場価値がついている有名なものよりも、できるだけ『ここにしかない』ものを見つけてきて、用途も限定せずに提案するように心がけています。もちろん何年代のなにに使うものなのかと聞かれることもありますが、基本的には自分自身の感覚で見立てを楽しんでいる方が多いと思います。海外の方は特に、こちらから本来の用途や使用されるべき場所を伝えたとしても、自分のインスピレーションやアイデアを優先して、好きなように使っていると思います」
江戸時代の蔵戸はローテーブルの天板や、経年変化によって漆喰が剥がれ落ちた状態で壁掛けとして提案されている。マッシモ& レッラ・ヴィネッリのコーヒーテーブルや平尾が制作したスチール製のチェアは、巨大なガラスの塊やきれいに磨き上げられた丸石とともに配置され、インスタレーションアートのようなインテリア空間を演出する。美しく枯れ朽ちた巨大なホワイトオークの木材の上には、現代の作家による手びねりの陶磁器が並ぶ。インテリアや建築関係のデザイナーなどの顧客は、あえてアノニマスなものを求めるケースも多い。
「デザイナーものの家具もあれば、アフリカの民芸、動物モチーフのオブジェ、ダルマの木型、アート、土器もあって、確かにここにはいろんなものがありますが、『ジオラマ』ならではの独自性を求め続けてきたら、自分の中ではどんどんものの選定基準が狭まって、よりアノニマスな素性のものが増えていきました」
ここには常に新しい発見や気付きがあるからこそ、人々はわざわざ何時間も車を走らせ、平尾の感性に触れにくるのだろう。一般的な市場価値にとらわれず、自分自身の目で新たな価値を見出すことの面白さは、ヴィンテージアイテムを楽しむ行為の醍醐味を思い出させてくれる。都会から離れた場所にある「ジオラマ」だからこそ、そんなことが自然に思えるのかもしれない。






ジオラマ

プラスチック工場の建屋を改修した「ジオラマ」だが、外観はほぼ当時の雰囲気のまま残されている。ギャラリーの横には平尾のアトリエも併設。古材や古道具に加工を施し、新たな価値を与えた商品も販売する。
住所:山梨県北杜市高根町上黒澤841-1
アポイント制。予約は以下より。
www.dioramajpn.com

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