フランスにルーツを持つイタリアのアイウエアブランド「ジャック・デュラン(Jacques Durand)」から、興味深いアートブックが登場する。タイトルは『Timeless: Two Perspectives』。これは単なる眼鏡の商品紹介を超えた、文化的な実験である。

ジャック・デュランは構築的でミニマルな美意識と彫刻的なフォルムで知られ、故・坂本龍一が晩年に愛用していたことでも話題となった。建築、写真、デザイン、音楽といったカルチャー領域の人々から静かな支持を集めているブランドだ。今回の冊子は、ブランドの日本総代理店である株式会社アイウェアメビウスが独自に企画・制作したもので、「Timeless」というブランドの根幹にあるコンセプトを言葉と写真で立体的に表現する試みとして生まれた。
注目すべきはその参加者である。本書では、ジャック・デュランの2代目デザイナーであるエマ・コンカートと、芥川賞作家でNHK『日曜美術館』の前MCとしても知られる小野正嗣が、変則的な往復書簡形式でテキストを交わしているのだ。2人はまず同じテーマに対して独立したテキストを執筆し、その後互いの文章を読み合った上で、それに呼応する形で再び文章を綴っている。
造本にもこだわりが光る。テキストと写真は一枚ずつ自立して飾ることもできる短冊型のカードに印刷し、スリーブケースに束ねる仕様だ。日本語版と英語版の2つのエディションは、それぞれ異なる写真とレイアウトで構成され、一部のカードでは両方を並べることで一枚の写真が完成する仕掛けも施されている。装丁デザインは雑誌『Subsequence』などを手掛けるデザイナー仁木順平が担当。撮影は、モダニズム建築の名作として知られる前川國男邸にて中判フィルムを用いて行われた。
この作品のねらいは、眼鏡というメディアを超えて「まなざしの文化」としてブランドを再解釈することにある。そのため販売先も眼鏡店だけでなく、書店、ギャラリー、カフェ、バーなどを想定し、カルチャーとライフスタイルの交差点での出合いを意図している。眼鏡ブランドによる独自企画のアートブックという前例の少ない試みが、どのような文化的な波紋を広げるのか注目したい。




『Timeless: Two Perspectives』
装丁デザイン:仁木順平
体裁・ページ数:カード13枚による構成 日本語版・英語版の2バージョン
価格:¥1,100
発売日:2025年6月末
www.instagram.com/jacquesdurandjapan