YouTubeの登録者数が51 万人を超える動画クリエイター・五分目悟の作品は、笑えるのにどこか不気味で、非日常的なのに誰でも身に覚えがあるような物語が展開される。登場人物や場所も独特で、国籍不明な人々や眉毛が片方ない女、現実にありそうでない街などが出てくる。社会風刺が効いているネタも多く、妙にクセになる。この不思議な世界観はどのようにつくられるのか。
「日常のなかでイラっとした時に、その場で台本を書くようにしています。僕にとって動画制作は、本来忘れてしまいたい負の感情を吐き出すための手段なんです」
たとえば、「新幹線で隣の人に自分の肘掛けを取られてしまってモヤモヤする」といった日常の実体験が創作の起点にある。その体験は後に著書『真ん中のひじ掛の妖精』なるエッセイに昇華されるのだが、その肝は、必ずしもスカッとするわけではなく現実にある不条理さがそのまま残るところ。それでも、物語にすることで初めて伝わることがある。
「相手を直接批判したところでその人は変わらないし、むしろ反発される。でも物語の中なら、人は笑ってメッセージを受け取ってくれるんです」
動画制作にあたって、彼は自ら脚本を書き、小道具をつくり、音声を収録し、演出して、編集を行う。全役割をひとりで完結させているのだ。なぜここまでマルチタレントを極めているのだろうか。
「全部ひとりでやるほうが純度が高くなるんです。バンドマジックへの憧れはありますが、他人が入ることで、外部の事情で作品の熱が冷めるのを避けたいんです」
作業用のメモを見せてもらうと、各キャラクターに対して「マイナス2」など、声のピッチ調整の指示が細かく書かれている。
「母親役はちょっと高め、老人役は下げて。全部自分の声で演じ分けてます。音声のニュアンスは脚本以上に伝える力があるんです」
無論、他人になにかを共有するフローはない。絵コンテも描かず、頭の中に浮かんだ構成を直接CGでかたちにする。映像構成のセンスは、高校時代、毎日ドラマを録音したものを通学中に耳で聞くことで培われたという。
「音だけで映像のカット割りを想像してたんです。そこで、画面をどう切り替えるかのタイミングが自然としみついた。いま、若い人たちの間では、アテンションだけを目的とした意味のないコンテンツが流行っています。でも、僕は構成や画を大事にしたい」
そんな五分目は、動画作家になる前は俳優を志しており、いまでもその活動を続けている。だが、その不安定な性質に疑問を感じてしまう出来事があった。
「ある時、いいオファーが3つくらい一気に来たなと思ったら、すべて直前で流れたことがあったんです。そこで気付いたんです。ああ、僕は自分の人生を他人のさじ加減に預けてるんだなって」
コロナ禍を契機に、自宅にこもってCG制作を始めた。それからいまに至るまで、彼はハイペースで作品を生み出し続けている。
「モーションキャプチャーなど、技術的にやれることが増えるほど時間はかかる。以前は1本仕上げるのに1週間必要でしたが、いまは2週間くらい。CGは手を抜くとバレるんですよね。とはいえ、CGにこだわりがあるわけでもないんです。目的はあくまで世界がちょっとでも平和になること。手段はなんでもいいんです」
重要なのは、現実に変化を生み出せるかどうか、ただそれだけ。
「たとえば、街を歩く時に道を塞いでしまう人は、単に無意識でそうしている可能性が高い。だから、誰かが僕の作品を観ていろんなことに対して意識的になってくれたら、それがいちばんのご褒美です」
五分目悟の作品は、日常の気付きと感情の痕跡である。怒りを出発点に笑いを媒介として、世界をほんの少しマシな方向へと導こうとする。それはまるで祈りの行為のようにも映る。
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PICK UP
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PERSONAL QUESTIONS
尊敬する人物はいますか?
認知症ケアに演劇的手法を取り入れたワークショップを主宰されている菅原直樹さん。この方の本業は俳優で、僕も共演させてもらったことがあるんですが、人格的にも素晴らしい方。
日常のルーティーンは?
特別なことはなにもありません。あえていうとすれば、朝起きたら神棚に手を合わせて、掃除すること。とにかく日常のリズムを崩さずに過ごす。それだけです。
好きな言葉はありますか?
「涙を流しながらパンを食べた者にしか、涙パンの味はわからない」と「石をつくったことのある者だけが石を投げよ」。絶対聞いたことないですよね。自作の名言です(笑)
無人島にひとつだけ持っていくとしたら?
無人島以外の世界を終わらせるボタン。自分だけ助かるという逆転の発想です。無人島にいる時点でピンチですが、「自分が世界の命運を握ってる」と思えたら、意外と正気を保てそう。
いま注⽬したい各界のクリエイターたちを紹介。新たな時代を切り拓くクリエイションと、その背景を紐解く。
