
「『この島を日本一の、世界一の美術の島にしたい』と言う福武(總一郎)さんに連れられて、この島に来たのが1988年のことでした。無理やわと思いましたよ」
そう笑うのは、建築家の安藤忠雄。1992年に開館したベネッセハウス ミュージアムをはじめとする直島の美術館建築を一手に担い、その10プロジェクト目として設計に携わった直島新美術館が5月31日に開館した。
未来の国宝を海外に流出させてはならない
30年以上にわたってベネッセアートサイト直島のプロジェクトを率いてきた公益財団法人 福武財団名誉理事長の福武總一郎は次のように話す。
「自然、環境——直島が離島であることや、(温暖化など)さまざまな課題を抱えていることも含めて環境と呼んでいます——に加え、アート作品、アートを包む建物、そこに住んでいる人々という5つの要素が一緒になって、地域を素晴らしいコミュニティに、幸せなコミュニティにしようというのが、ベネッセアートサイト直島のコンセプトです。それをわかりやすい形で伝えられるのが、人々が住んでいる集落に初めてオープンするこの直島新美術館だと思っています」
開催中の『開館記念展示—原点から未来へ』には、蔡國強やソ・ドホ、村上隆、会田誠、Chim↑Pom from Smappa!Groupなど、日本を含む12組のアジアのアーティストがラインナップされる。「これからはアジアの時代だ」と、多様な表現が生まれるアジアに大きな期待を寄せる福武名誉理事長の思いが求心力となり、三木あき子館長をはじめとする館のスタッフ、アーティストたちが協働でこの美術館を作り上げた。

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直島プロジェクトの集大成として
「家プロジェクト」や築100年の古民家を改築したANDO MUSEUMがある本村(ほんむら)地区に、地上1階、地下2階の3層からなる美術館として直島新美術館が誕生した。日本を含むアジアの作家たちの代表作や、コミッション・ワークを中心に展示・収集が行われる。これまでの直島の美術館は、コレクションを恒久設置するために作られてきたが、直島新美術館のアプローチについて、90年代より直島のプロジェクトに携わってきたキュレーターで、直島新美術館の館長に就任した三木あき子はこう説明する。
「一部展示の入れ替えがあったり、トークなどのイベントが実施されたり、島民の方々にも繰り返し訪れていただけるような、リピーターの方にも少し期間をおいて来館すると内容が変わっているような、動きがある美術館としてオープンしました。集落である本村地区に初めてオープンし、アジアに焦点をあてた展示内容となることもあわせて、30年を超えるベネッセアートサイト直島の集大成とも呼べる美術館だと考えています」

1階の展示から見ていきたい。
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東南アジアの作家たちによる賑やかな展示空間
下道基行+ジェフリー・リムが直島諸島の漂着物からボックスカメラを手作りし、町民たちを撮影した写真作品が展示された通路を抜けると、東南アジア出身の4組による作品を集めた展示空間が広がる。



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直島の民家を布で再現

地下へと向かう。地下1階の細長い展示室で体験できるのは、ソ・ドホの代表作である「Hub」シリーズより、直島の建物をリサーチした成果を加えた新作『Hub/s直島、ソウル、ニューヨーク、ホーシャム、ロンドン、ベルリン』(2025)だ。韓国出身の作家が、ソウルやニューヨーク、ロンドンなどで自身が暮らしてきた家の玄関や廊下などを布で再現し、鑑賞者がそのなかを歩くことで、作家の生活した空間を追体験できるインスタレーションとなっている。これまでは、作家が暮らした家が題材となってきたが、直島では島の人の暮らしを目にし、島民と交流した時間を作品に込めて完成させた。

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失われた30年をポジティブに捉え直す力
地下2階に下りると、Chim↑Pom from Smappa!Group、村上隆、会田誠の3組による作品展示室が並ぶ。福武名誉理事長はこの3組を「(バブル以降の日本を)失われた30年と言われることは多いですが、それをマイナスと捉えるのではなく、解釈し、そこからポジティブに転換できる力を持つ作家」と表現する。
Chim↑Pom from Smappa!Groupは、スクラップ&ビルドをテーマに展開した「Sukurappu ando Birudoプロジェクト」の一環として、東京・高円寺で制作した『道』——文字通り、私有地に一般の人も通ることのできる「道」を作り作品とした——を直島に移設するというコンセプトを実行。『道』を作る際に廃材として生まれた、道路の下に埋もれていた地面の層をタイムカプセルのように輸送コンテナに詰め、高度成長期、それ以後の土地の記憶を可視化した。

村上隆による『洛中洛外図 岩佐又兵衛 rip』の展示室(記事冒頭の写真)では、「洛中洛外図屏風とは?」というテーマで作成されたパネル展示に加え、美術史家で『奇想の系譜』の著者である辻惟雄が村上作品に言及するインタビュー動画も公開。2,700にも及ぶ膨大な数の人々が描かれた大作をつぶさに見ると同時に、その作品が描かれた背景や過去の「洛中洛外図」を参照した部分など、読み解くためのヒントも多く用意された展示となっている。
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再生への希望と見えない壁への奮起
そして会田誠が手がけた『MONUMENT FOR NOTHING—赤い鳥居』(2025)は、撮影不可の話題作。「日本という国がどのように変質したか/しつつあるか」をテーマに、メディアによる膨大なイメージの記憶を辿る彫刻モニュメントを手がけた。「なんらかのあり方による再生への希望」を投影したという本作は、ぜひ現地に足を運んで鑑賞してほしい。
3組の日本人アーティストの作品に続く最後の展示室には、蔡國強による圧巻のインスタレーションを鑑賞することができる。ベルリン・グッゲンハイムでの個展のために制作された、99体の狼の群れが全力で走り、ベルリンの壁と同じ高さのガラスの壁に飛びかかっていく様子を描いたインスタレーション作品『ヘッド・オン』がそれだ。それぞれの狼の視線、口を開いて何かを訴えかける様子からは、見えないが確かに存在する文化や人種、イデオロギーなどの隔たりへの憤りが鑑賞者の胸に迫ってくる。

展示室を出ると、N・S・ハルシャによるコミッションワークが1Fカフェを彩り、屋外のアプローチ階段の中腹には、サニタス・プラディッタスニーが禅の公案に着想した瞑想のためのパヴィリオン作品の設置を予定している。
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感動=生きるための原動力
見ごたえ存分のこの展示。開館前日の取材時に、「来館者にどのような体験をしてほしいか」と問いかけられた安藤忠雄は、次のように即答した。
「感動してほしい。今、日本人にないのは感動です。(多くの人の普段の生活において)なかなか感動する機会はありません。しかし、感動しなかったら元気は出ません。元気が出るためには、体力と同じように心の感動も要りますから。ここにきたら感動してほしい。そういう場所になればと思っています」
高松(香川)か宇野(岡山)の港から船に乗り、直島を目指すと、日常とは違う時間の流れに身を置くことができる。日々の忙しさから切り離され、気持ちが透明になるような感覚を味わえるに違いない。そこにアートは大きく作用する。直島新美術館を楽しんだあとには、周辺の家プロジェクトやANDO MUSEUM、島南部のベネッセハウスや地中美術館などにも足を運んでほしい。アートと自然が結びついたコンテンツの数々が迎えてくれるはずだ。
『開館記念展示—原点から未来へ』
開催期間:開催中〜会期未定
開催場所:直島新美術館
香川県香川郡直島町3299-73
TEL:087-892-3754(福武財団)
開館時間:10時〜16時30分 ※最終入館は16時
入館料:オンライン購入(日にち指定)¥1,500/窓口購入¥1,700/15歳以下無料
https://benesse-artsite.jp/nnmoa/