台湾・高雄の地下鉄「高雄MRT」が注目だ。その理由は、全38駅に設置された個性豊かなパブリックアート。国際的な巨匠から若手アーティストまでが手掛けた作品が並んでいる。高雄MRTの代表的な作品や注目スポット、おすすめルートを、Pen台湾版の最新号より再編集して掲載する。
Pen台湾版は2024年3月にスタートし、隔月で発行。日本の新たな潮流や価値観を台湾に届けると同時に、ローカルなエッセンスを融合させ、中国語圏の読者により豊かなライフスタイルを提案している。
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高雄MRTの車両に足を踏み入れた瞬間、まるで移動するアート空間に足を踏み入れたかのようだ。この街は、ただ鉄筋コンクリートで軌道を築いただけではない。駅ごとに異なる物語を宿したパブリックアートによって彩られている。南北を結ぶだけでなく、光や色、素材を通して高雄という街の詩を綴っているのだ。ホームに滑り込む列車の窓からは、土地と人が語り合うようなアートがそっと顔をのぞかせ、降り立った瞬間に目に飛び込んでくる細やかな意匠は、思いがけない驚きをもたらす。全38駅からなるこの「動くギャラリー」は、訪れる人々に、ゆっくりと歩きながら都市の鼓動を感じさせる。


光と影が織りなす脈動のネットワーク
高雄MRTのパブリックアートの構想は、「光」と「愛」というふたつのキーワードから始まった。光は力とぬくもりを、愛は都市と人々を結びつける象徴だ。キュレーションチームは、国際的な巨匠への委託、地元アーティストの招致、若手の育成という三つの柱を軸に、レッドラインとオレンジラインの各区間ごとに公開コンペ方式で企画を進めてきた。それぞれのルートに、唯一無二の物語を織り込むためだ。「空港から市の中心へ、港から山のふもとへ。すべての駅が、ひとつの文化の旅になることを願っています」—高雄MRT公共事務部マネージャー張珏瑋。
五つの国際的視点:光と場の対話
1:高雄国際空港駅 《凝聚的綠寶石》凝集したエメラルド
3Dガラスによって構築された透明感あふれるエメラルドの壁面は、水面のような光と影を映し出し、出発を待つ旅人を緑のさざ波の中へと誘う。朝の光が幕を透かして差し込み、静けさを湛えた一筋の輝きを生み出す。その瞬間、旅の幕がやさしく開かれる。
2:美麗島駅 《光之穹頂》光のドーム
MRTの交差点に位置する美麗島駅の中心には、色とりどりのステンドグラスで構成されたドームが広がる。輪廻を象徴する花びらの意匠は、生命の循環と永遠を表現している。差し込む光が虹のような光暈を描き、駅全体がまるで「光の礼拝堂」と化す。その神聖な光と影の美しさに、誰もが息をのむ。
3:世運駅 《半屏山の魂》
デジタル加工されたガラスのファサードが、半屏山の地層や植生の脈絡を再構築する。都市の中心にありながら、山のかたちと人の流れが溶け合い、まるで街の中にひっそりと山林の息吹が守られているかのようだ。
4:橋頭駅 《天工開物》
美濃の陶土を使った陶片が、土の質感と模様で土地の記憶を呼び起こす。橋頭駅にそびえるこの巨大な陶製ウォールは、高さ12メートル、幅9メートル、全1311個のパーツで構成され、制作には70トンを超える陶土が使用された。中央を貫く幾何学模様は都市構造の抽象的な意識を象徴し、上下にはサトウキビを育む大地が広がる。かつて橋頭の大地を走り抜けた製糖列車は、雲をかき分けて文明を運び、台湾の近代化を切り開いた。
5:橋頭糖廠駅 「シード・プロジェクト」大学生10人の挑戦
選ばれた10人の大学生たちが手がけたのは、パブリックアートとしての「蝶の物語」。舞台はかつて製糖業で栄えた橋頭糖廠、その歴史とサトウキビ輸送の物語をモチーフに描かれている。デジタルプリントされた長尺作品は駅のコンコースで静かに展示され、文化という種が芽吹き、受け継がれていく様子をそっと表現している。


地域に寄り添う:駅ごとのキュレーションが映す繊細な風景
38の駅は、まるで都市の肌理。赤線・オレンジ線に沿って分けられた区間ごとに、国内外のアーティストたちが参加。地域の暮らしや風土、人の物語に寄り添いながら、丁寧に掘り起こされた日常が、アートとして浮かび上がる。
パブリック教育:アートの種まきとガイド体験
パブリックアートは「見る」だけでなく、「つくる」ことも大切──そんな理念から生まれたのが、若手アーティストを育てる長期プログラム「シード・プロジェクト」。大学生たちはアートビレッジに滞在し、国際的なキュレーターや海外アーティストと対話を重ねながら、ガラス工芸やモザイクアート、デジタル描画などの技術を学び、その成果を駅の空間に織り込んでいく。このジャンルを超えた共学の場は、MRTの美しさを高めるだけでなく、未来のクリエイターを街の中で育む、リアルな学びの舞台となっている。
「MRTのパブリックアートは単なる装飾ではありません。それ自体が教育の場なのです」と、張珏瑋は語る。橋頭の学生プログラムのほかにも、MRTはパブリックアートの設置初期から、大学のサークルや小中学校向けに数多くのアートガイドを開催。さらに、海外アーティストを招聘し、アートビレッジで大型作品制作のノウハウを伝授してきた。琉璃鋳造からガラス窯焼きまで、学生たちは国際的なアートの制作現場を間近に体験し、街そのものを教室として学ぶ貴重な機会を得ている。
また、高雄MRTでは五つの国際アート作品を巡る常設ガイドルートも展開中。観光客はもちろん、アートを深く味わいたい旅人も、電車に揺られながら、文化の街・高雄を一日でめぐることができる。
光と映像のテクノロジー:夜を彩る没入型プロジェクション演出
2019年以降、美麗島駅と中央公園駅はさらなる進化を遂げた。映像投影技術とモーショントラッキングを融合させ、駅空間そのものを「光と影のステージ」へと変貌させている。イベント開催時には、ドームの床や天井に映像が広がり、地元音楽やテーマ演出と連動して、乗客はまるで光と影が織りなす儀式の中を歩いているような没入体験を味わえる。「光之穹頂」のきらめく空、「飛揚雨庇」の緑のリズム──夜の帳が下りる頃、それぞれの光が舞い踊る。今やこの幻想的な演出は、高雄で最もロマンチックなナイトスポットとして、多くの人が訪れる映え名所となっている。
都市ブランド:待ち時間から始まる、美の旅の記憶
「私たちが目指したのは、待つ時間すら、アートと出会うひとときに変えること」。張マネージャーはそう語る。旅人にとって、高雄MRTは最も手軽に楽しめる美の地図。1日乗車券を片手に、沿線を巡れば、街の記憶が、目に映り、心に残っていく。
「美術館は遠くても、駅はすぐ足元にある。」高雄MRTは都市の動脈であり、光と大地が奏でる交響詩。駅ごとのアートを読むように、列車に乗って高雄の多彩な表情を旅してほしい。列車が近づいたら、少し呼吸を整えて、光と色に自分だけの物語を描こう。
高雄の美しさは、水辺から山々、街角から駅構内まで、至るところに物語が宿る。MRTに乗るということは、ただ移動するのではなく、一冊の立体的な都市絵本をめくるような体験なのだ。初めての訪問でも、何度目かの帰郷でも、駅の天井を見上げ、足元のモザイクに目を留めてみてほしい。この街は、アートで旅の節目をやさしく刻んでいる。高雄MRTに乗って、街の端から端まで。光と色、ガラスと陶の質感で、自分だけの高雄を描く文化の旅へ。観光マップには載らない、心に残る物語が、ここにある。


衛武営彩絵村:都市のはずれで、色彩と出会う場所
高雄MRT衛武営駅を出ると、南国の陽射しとそよ風がやさしく迎えてくれる。すぐ先に現れるのは、色彩が躍るウォールアート。ここは「衛武営彩絵村」、地域の日常を「壁のない美術館」に変えた場所だ。かつては旧市街地だったこのエリアは、今や世界各地のアーティストたちが描いたアートをまとう街へと変貌を遂げた。最大7階建ての建物の外壁には、遊び心あふれる海の世界、抽象的で幻想的な山の景色、そして都市の生命力を丁寧に描き出した人物画などが広がる。一枚一枚の壁が物語を語り、色のひとつひとつが自由を象徴している。


【おすすめ散策ルート】
この彩絵村をじっくり楽しむなら、MRT「衛武営駅」5番出口からのスタートがおすすめ。壁画アートは主に建軍路、行礼街、尚勇街周辺に点在。路地裏のアート小道をのんびり歩いて巡ろう。所要時間は約1.5~2時間が目安。街のアートを満喫したら、歩いて近くの衛武営国家芸術文化センターへ。アートなひとときを、美しく締めくくってくれる。

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