「ピンクピッグ」から「モフモフ」に進化? モーターショーで提示された、クルマの現在形

  • 文:小川フミオ
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クルマと人。この間のコミュニケーションはどうやって成立しているのだろう。一般的にはドライビングフィールや車内の居心地が話題になる。デザインの観点からもコミュニケーションはあるし、面白いと思える例がいろいろ出ている。ユーモアに重きを置いたようなモデルもあって、強く印象に残ることも少なくない。

これまでクルマは、ある種の“メディア”だった。好例はモータースポーツだ。レースでの好成績はブランド価値に貢献するし、車体のカラリングはイメージアップに役立つ。スポンサー獲得にもなる。

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有名な「ガルフカラー」にペイントされたポルシェ917K。写真:Porsche
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アリタリアカラーを眼に焼き付けたランチア「ストラトス」。写真:Autopress

1960年代から70年代にかけて、F1などのフォーミュラレースや、ルマン24時間に代表される耐久選手権の参戦車両は、とりわけデザイン性が高かった。スポンサー企業も自社や製品のロゴを露骨に出すのでなく、カラーやパターンで印象づけるケースが少なくなかった。

有名なのは、ポルシェの耐久マシン「917K」(1970年)のガルフ(石油)カラーとか、WRCの「ランチア・ストラトス」(1975年)のアリタリア(航空)カラーだろうか。ガルフカラーは水色とオレンジ、アリタリアカラーはイタリア国旗と同じく赤と緑と白の組合せだ。

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ピンクピッグなどと愛称を与えられたポルシェ917/20。

私が個人的に好きなのは、ポルシェのレースカー「ピンクピッグ」。英語だと“ピンクの豚”で、ドイツでは“ツッフェンハウゼンから来たトリュフハンター(トリュフ探しに使われる豚)”とニックネームがつけられたモデルだ。ツッフェンハウゼンは、ポルシェ本社がある南ドイツの町の名である。

このマシンは「917/20」といい、1971年のルマン24時間レースに参戦している。ボディペイントの発想は、肉の部位。当初は先の917Kのようにガルフカラーをペイントするはずだったものが、レース前の成績が思わしくなかったことから、ガルフ・オイルコーポレーションがスポンサーカラーの使用を拒否。ポルシェのデザインチームは急きょ、このデザインを採用した……というのが定説。

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往年のピンクピッグのカラースキームをまとった2018年の911RSRは上海モーターショーに出展された。写真:筆者
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2023年に発表された「X box」のワイヤレスコントローラーには、歴代のポルシェのレーシングカーのカラースキームが採用された。写真:Porsche

その後、この奇抜なセンスが評判を呼び、ポルシェではその後も同様のデザインを採用したレースカーを手掛けている。ポルシェのブティックでは同じ柄のTシャツも販売している。私も所有しているが、街中で着る勇気がいまだに湧いてこない……。 

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ジュリー・メレトゥの手になる“アート”をまとった「BMW M8ハイブリッドV8」(2024年)が上海モーターショーに展示された。写真:筆者

もうひとつ、ボディペイントで有名なのは、BMW「アートカー」。第1号車は、現代美術家のアレクサンダー・コールダー(日本だとカルダーとも表記)によるもの。フランス人の元レースドライバー、エルベ・プランが、友人であるコールダーに「レースカー『3.0CSL』をペイントさせたら宣伝効果が上がるんじゃないか」と提案したのが最初という。

「BMW Art Car」という独立したホームページまであるぐらいで、興味ある人はのぞいてみるとよいかもしれない。いまも自動車のイベントなどで展示され、来場者の関心を集めている。

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「上海モーターショー」で展示された、目を引くデザインのクルマ

2025年4月の上海モーターショーでも、ピンクピッグやアートカーがメーカーのブースに並べられていたのには、ちょっと驚いた。

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上海モーターショーで初のお披露目となった、キース・ヘリングの作品をまとった「スマート#3」。写真:筆者

加えて、2019年以来メルセデス・ベンツと吉利汽車の合弁事業となった「スマート」のブースには、キース・ヘリングの絵で車体を覆ったモデルが置かれ、見ていて楽しくなった。 

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BYDが「シーライオン06GT」を「黒神話悟空」のイメージでドレスアップしたのは、中国の自動車ユーザーの平均年齢が若い、という事実もある。写真:筆者

このときの上海モーターショー会場では、中国でもっとも売り上げの多いBYDオートが、「海豹(シーライオン)06GT」などを展示。1台はグリルに牙、ホイールに雲の模様、とユニークなカラーリングで目を引いた。 アクションRPG「黒神話悟空」をイメージして仕立てたショーのためのモデルのようだけれど、熱心に細部まで見入る中国の若い来場者たちが多かった。そのうち、同様の意匠を自作したクルマが、上海の路上を走り出すかもしれない。

車体をキャンパスのように使うデザインは、2000年代初頭から目につくようになった、いわゆる「痛車(いたしゃ)」と通じるもの。日本オリジナルの発想かと言えばナショナリスティックに過ぎるけれど、なにしろ日本ではANAの「そらとぶピカチュウプロジェクト」や、伊豆箱根鉄道の「HAPPY PARTY TRAIN」、さらに都市バスまで、さまざまな乗りものがキャラクターのラッピングが施されている。

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チェリー(奇瑞汽車)傘下のiCarV23が上海モーターショー2025に展示したコンセプトモデルは「Fluffy!」とウケていた。写真:筆者

加えて、上海モーターショーでは、日本でもこれはあまりないな、とビックリする車両が展示されていた。モフモフと言えばいいのか。着ぐるみを着たような車両が、しかも1台でなく、複数のメーカーのブースに置かれて、やはり若い来場者が群がっていた。

中国では、ペットとしてネコやウサギの人気が高いようで、ショー会場で話を聞いた中国人女性(20代)は「飼うのがラクで、そもそもかわいい。抱きしめたくなるものが好き」と言っていた。

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アリババも出資しているIMモーターが出展して女子ウケ抜群だったコンセプトモデル。これはどうやらショーアップのための演出。写真:筆者

中国で人気のもふもふしたマスコット「ラブブ」はウサギなのか正体がよくわからないが、上海モーターショーの会場にも、「ラブブ」のようなウサギ耳をつけたクルマがあったのには、ちょっとびっくりした。

タイヤまでモフモフに覆われていたりして、実際の路上で乗るのはむずかしいだろう。それでも、ぬいぐるみのようなクルマは、ユーザーとの距離を縮めるのに、よい働きをしてくれそうだ。

ADAS(運転支援システム)が当たり前になって、自動運転が「レベル2プラス」(ハンズオフ運転が可能)へと進んでいる中国の自動車。車体がピンクのフェイクファーで覆われていて、ルーフには耳がついているとなると、もはや従来の自動車と同じ概念で捉えられなくなっている。

ピンクピッグにはしゃいでいる間に、中国の自動車界はある意味どんどん進んでいて、しかも乗る人との関係性が従来とは違ったものになりつつある。と、そんなふうに感じられる。モフモフが新しいコミュニケーションのためのデザインなのかもしれない。興味深い。

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ポルシェ917/20の横に展示されていたピンクピッグ。写真:筆者