「口が臭い」ことと「小説がつまらない」ことの共通点とは?【はみだす大人の処世術#30】

  • 文:小川 哲
  • イラスト:柳 智之
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Pen本誌では毎号、作家・小川哲がエッセイ『はみだす大人の処世術』を寄稿。ここでは同連載で過去に掲載したものを公開したい。

“人の世は住みにくい”のはいつの時代も変わらない。日常の煩わしい場面で小川が実践している、一風変わった処世術を披露する。第30回のキーワードは「指摘しにくいこと」。

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この間、仕事で会った人の口臭が気になって、「もしかしたら自分も口臭で誰かに不快な思いをさせているかもしれない」と突然心配になった。ネットで「口臭 原因」などと調べ、歯科医のサイトにたどり着いた。どうやら口臭には「生理的な原因」「病的な原因」「外部的な原因」の3つがあるらしい。「生理的な原因」とは起床時や空腹時など、唾液が減ることによって揮発性の硫黄化合物が発生する現象のことで、「病的な原因」とは歯周病や虫歯によって口臭が生まれる現象のことで、「外部的な原因」とは飲酒や喫煙、ニンニクなど、口に入れた物質による匂いがする現象のことだ。

うがい薬を購入しながら、口臭が発生することの本質について考えた。口が臭い人のいちばんの問題点は、「生理的な原因」でも「病的な原因」でも「外部的な原因」でもなく、「『口が臭い』と指摘してくれる人がまわりにいないこと」なのではないか。

自分の息が臭いかどうか、自分で判断するのは難しい。もちろん、難しいことを知った上で、あらかじめ口臭対策を講じることはできる。とはいえ、口臭は3つの原因ごとに対処の仕方が異なっていて、たとえば「病的な原因」を持つ人がうがい薬を常用しても解決にはならないらしい。うがい薬を使った上で、それでも口が臭い人も存在するわけだ。自分の口が臭いかどうかは、最終的に他人に判断してもらしかない。

「私は『口が臭い』と指摘されたことがないから大丈夫」と安心するのも間違っている。それこそ、冒頭で述べた「仕事で会った人」に対して、もちろん僕は「口臭が気になります」と伝えなかった。初対面の人にそんなことを言えるわけがない。かなり仲のいい人にだって言えない(面と向かっ「口臭が気になる」と口にできる人が、この世界にいったい何人いますか?)。

小説家としてキャリアを積んでくると、「ここは必要ないです」とか「ここはつまらないです」とか、いわゆる「ダメ出し」をしてくれる編集者の数が減ってくる。自分より年上、もしくはある程度地位がある人の機嫌を損ねるのが怖い、と考えてしまうのは人間の性だろう。ある先輩作家は、最近どんな原稿を送っても担当編集者が「今回も最高です」とほめちぎってくるので不安になってきた、と言っていた。そういった編集者や同業者ばかりで周囲を固めていくと、つまらない小説ばかり書いていても、自分では気付きにくい環境が出来上がる。 口臭と同じで、つまらない小説にもたぶん3つくらいの主要な原因があるのだが、その小説がつまらないことに本人が気付けない環境にあるのだとしたら、そっちのほうが問題だと思う。

「口が臭い」ことも「小説がつまらない」ことも、責めるべきことでないと思う。どちらも悪意があるわけではないし、当人は必死に努力しているかもしれない。しかし、責めるべきことではないが故に指摘してくれる人もいなくて、気付けば周囲から人がいなくなっている――最悪の結末だ。では、どうすればいいのだろうか。

これが難しい。おそらく毎日忘れずうがい薬を使うことよりも難しい。僕が気を付けているのは、「ダメ出し」をされてムッときてもその場で表情に出さないよう我慢すること。可能なら笑いに変えるか、「教えてくれてありがとう」と感謝を伝えること。

もっと積極的に行動をしたい人は、このエッセイで僕が書いた話を家族や友人にしてみるのもいいかもしれない。「口臭のいちばんの原因は、指摘してくれる人がまわりにいないことだと思うんだよね――で、私はどう?」みたいに。

小川 哲

1986年、千葉県生まれ。2015年に『ユートロニカのこちら側』(早川書房)でデビューした。『ゲームの王国』(早川書房)が18年に第38回日本SF大賞と第31回山本周五郎賞受賞。23年1月に『地図と拳』(集英社)で第168回直木賞受賞。近著に『スメラミシング』(河出書房新社)がある

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※この記事はPen 2025年6月号より再編集した記事です。