
TBS在籍時、真夜中に明かりが灯っている建物ではなにが起こっているのかを追いかけたバラエティー番組『不夜城はなぜ回る』で、ギャラクシー賞を受賞した大前プジョルジョ健太。その後、2024年に異例の若さで退社し、フリーの映像ディレクターとなった彼が企画・総合演出を務め、世界各国の国境で生きる人々に密着した『国境デスロード』がABEMAで配信され、話題を呼んでいる。日本人の父とインドネシア人の母のもとで育ったというルーツを持つプジョルジョにとって、国境は身近なテーマだった。
「母が国境を越えて日本に来ていますし、父は仏教徒で母はイスラム教徒。家の中に国境があるようなものでした。母親はお酒も飲まず、朝3時頃の礼拝では爆音が鳴るんです。僕はどちらの国のカルチャーも大好きなので、その狭間で暮らしている感覚でした」
“デスロード”というインパクトの強いワードが視聴者を惹きつけるが、この企画でいちばんの難産はタイトルだったという。
「もともとは『国境タクシー』という企画で撮影を始めていたんです。その名の通り、国境でタクシーを走らせていたらどんな人が乗ってくるんだろう?という内容でした。でもABEMAさんとの話し合いの中で、市井の人にフォーカスするにしても、もう少し尖らせないと配信では見てもらえないんじゃないか、と。企画とタイトルについて、200個以上アイデアを出したと思います。その中には『極悪タクシー』みたいなタイトルもありました(笑)。元テレビ東京でいまABEMAにいる、尊敬するディレクターの高橋弘樹さんにもアドバイスをいただき、地上波とはまた違う『マーケットイン』という考え方を知って、勉強になりました」


危険と隣り合わせのロケになることは必至のため、コーディネーター探しに難航したものの、『クレイジージャーニー』などを手掛ける会社が引き受けてくれたことで、撮影がスタートした。ところが最初のロケ地となった、ベネズエラと接するコロンビアの国境の街で、事件が起こる。
「コンテナの中で移民の方が生ゴミを食べていたんです。僕も服を脱いで、中に入って一緒に食べたら、その方は『同じ体験をしてくれてありがとう』と言ってくれました。でもコーディネーターは、『番組をつくってお金儲けをするのはいいけど、中途半端に寄り添うような態度は腹立たしい』と言った。『自分でもわかんねえよ!』と口論しているうちに殴り合いにまでなって、警察沙汰になったんです。いまでも答えは見つからないままですが、自分でもなにが正しいのかわかっていないという事実も含めて、ちゃんとそのまま伝えようと思っています」
アメリカに渡ろうとするメキシコの人々と一緒に氷点下の川に入った日には、低体温症で倒れた人に手を差し伸べ、不法移民を助けたとニュースになった。内戦が続くミャンマーで家族と離れて、平和のために銃を持って戦う人の話を聞き、スタッフとともに「もしも自分だったら戦うのか逃げるのか」について、夜通し熱く議論したこともある。客観と主観の間で絶えずゆらぎながら撮影を続け、「その場所で友達になった人を撮らせてもらっているという意識は、いつも持っています」と語る。
「だから視聴者の方からの感想で一番うれしいのは、『(ベネズエラからアメリカに渡った)ダニエル、すごいね!』と固有名詞で語ってもらえることなんです。“移民”じゃなくて“ダニエル”という存在を見てもらえたら、ニュースを見た時にも違う感想が出てくるんじゃないかなと思います」
政治がコントロールできない辺境に行くと、権力を持つ中国人コミュニティが必ずあることに気づき、立ち上げた次なる企画は『辺境町中華』。人への好奇心とリスペクトに突き動かされ、若きディレクターはこれからもあらゆるボーダーを超えていく。



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PICK UP

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PERSONAL QUESTIONS
今年、動画配信でハマったコンテンツは?
青春恋愛もののアニメ『アオのハコ』。セリフのない雨のシーンとかが、すごくきれいです。『国境デスロード』の撮影中に配信が始まったので、インサート描写は影響を受けています。
いま、会ってみたい人は?
スリランカの大統領。去年、独裁的な大統領が辞任して、「人民の力」の代表が当選したんですよね。大統領の鞄持ちをするという企画を考えているので、実現させたいなと思っています。
好きな場所は?
僕はいま、決まった家がなくて転々としているんですけど、たまに行くオーストラリアの彼女の部屋が落ち着きます。好きな人がいる場所がいちばん好きな場所っていうことですかね。
苦手なものは?
マヨネーズの容器。あのプラスチック独特のぬめり感がどうしても苦手で、触ることができない。マヨネーズ自体は好きなんですけどね(笑)。たまに共感してくれる人がいます。

いま注⽬したい各界のクリエイターたちを紹介。新たな時代を切り拓くクリエイションと、その背景を紐解く。