88歳を迎えた、横尾忠則の新たな挑戦。連歌するように絵を描き続けた『横尾忠則 連画の河』が世田谷美術館にて開催中

  • 文&写真:はろるど
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『横尾忠則 連画の河』展示風景。右手前は『連画の河、タヒチに』(2024年)。150号を中心とする新作油彩画約60点が、基本的に制作年月順に展示されている。

現代美術家の横尾忠則が2023年の春から制作した新作油彩画約60点などを公開する、『横尾忠則 連画の河』展が開催中だ。88歳を迎えた横尾が、身体のさまざまな能力が衰える中でも、筆先から出てくるものを思いのままに描いたという同展。その見どころをお伝えする。

きっかけは故郷で撮影した一枚の記念写真。「連画」の始まりとは?

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『連画の河1』(2023年) 1994年の『記憶の鎮魂歌』から約30年を隔てて展開した「連画の河」シリーズ。横尾は64点全作でひとつの作品としているが、完結ではなく、あくまでも未完だという。

タイトルにつけられた「連画(れんが)」とは、和歌の上の句と下の句を別の人が詠み、交互に連ねていく「連歌」をもじったもの。横尾は近年、『寒山拾得』などの大作シリーズを多く手掛けているが、今回はまず1点の作品を描き、そこから連想されるイメージをもとに2点目を制作。そのように3点目、4点目と自らの絵で「しりとり」をするようにして、64点もの絵を連ねている。横尾のイマジネーションの展開の行方を、大河の流れを追うようにして体感できるのが魅力だ。

最初の1点のイメージとは、1970年に故郷の西脇(兵庫県)で同級生たちと撮った写真をもとにしている。篠山紀信が撮影したもので、その後22年を経て出た写真集『横尾忠則 記憶の遠近術』に収録。また横尾はこの写真にインスピレーションを受けて『記憶の鎮魂歌』(1994年)を描いているが、さらに約30年の時を超え、新たに『連画の河1』を制作した。そこには2本の川が合流する鉄橋を背にした河川敷にて、横尾ひとりがぽつんと離れながら仲間とポーズを構える様子が捉えられている。

川下りにスイマーも登場! 横尾のイマジネーションが変幻自在に展開

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『連画の河を渡る5』(2023年) 水の流れが多く描かれた「連画の河」シリーズ。人生そのものが川の流れだとする横尾は、水は本来形を持たないものの、ありとあらゆるかたちになる自由があるという。

「絵は、本当にわかりません。絵のほうが僕をどこかに連れていく。僕は、ただ描かされる。そのうち、こんなん出ましたんやけど、となる」(2023年6月)と語る横尾。それでは64点もの絵をどのように描いているのだろうか。まず「連画の河」シリーズで主役となるのは西脇の同級生たち。しかし次第に人が少なくなったり、画中画として横尾本人が絵描きになる姿が登場したり。中には裸となった男女が丸太を組んだ筏で川下りをはじめる光景も見られる。

あれこれするうちに筏の上に楽器を手にした楽団や、笑みを浮かべながらダンスをするカップルも現れ、ビブスをつけたユニフォーム姿のアスリートや河を泳ぐスイマーなど、多様なモチーフが交錯していく。これらは広告や報道写真における群像や記憶の断片的なイメージよるものというが、最初の記念写真の静的な表現に対し、明らかに躍動感があり、気がつけば鉄橋もびっくりするほど大きなアーチ橋になっている。---fadeinPager---

明るいメキシコのイメージから、水の存在と関係付けられる壺へ

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左:『メキシカーナ』(2023年) 絵の中で西脇の同級生たちがマルセル・デュシャンやマン・レイになったり、またメキシコ人になったりすることを、横尾は自分自身でも驚くという。

同級生たちが別のキャラクターと化し、自由気ままに変転する様子に目を奪われると、突如、メキシコをテーマとした作品が増えていることが分かる。これはたまたまアトリエを訪ねたフランスのキュレーターが『農夫になる』を見て、「こうした景色をメキシコで見たことがある」といったことがきっかけに、横尾のメキシコのイメージが広がったもの。それぞれの作品の色彩はぐっと明るくなり、メキシコの陽気なパレードなども描かれるが、横尾が大ファンというメジャーリーガーを彷彿させるドジャースのロゴをつけた人物も現れる。

ピカソやマルセル・デュシャンがサムライの姿となり、ゴーガンのタヒチの女を引用したモチーフがあふれ出るようにして展開すると、壺がにわかに存在感を放つモチーフとして表される。なぜ壺なのかは横尾も分からないというが、汲み出したり貯めたりする存在として、「連画の河」シリーズに一貫して登場する水の存在と無関係ではない。どう解釈するのかは鑑賞者に委ねられるものの、これまでにはない根源的なイメージが示されたともいえる。

滔々と流れる「連画」の行方に表された世界とは 

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『ボッスの壺』(2024年) 逆さの両足はちょうどY字型になっていて、横尾の代表作のひとつである「Y字路」のシリーズを思い起こさせる。またYOKOOのY、あるいは大きなピースサインのようにも見えるのは錯覚だろうか。

終盤に展示された『ボッスの壺』にも目を向けたい。ここでは最初の西脇での記念写真のイメージが再登場し、鉄橋を背にした複数の人物も見られるが、中央には巨大な壺が描かれ、ヒエロニムス・ボスの祭壇画から引用した逆さの両足が突き出している。また、隣には横尾が気に入っているという『The End of Life Is Moral』が並んでいて、「人生の終わりくらいは道徳的になったほうがいい」という本人のメッセージが見え隠れしている。

プレス内覧会にて「絵を描くのはとっくの昔に飽きている。もう上手に描けない」としつつも、「上手になると困りもの、下手だからこそかえって自由になれる」と話した横尾。さらに「移り変わる時間そのものが、今回の連作の主役だったのかもしれません。僕にとっては、シナリオのない推理小説のようなものでした」とのメッセージも発している。古今東西の多様なイメージを複数の時空に共存させつつ、誰も見たことのない叙事詩を紡ぐような本展にて、刺激に満ちた横尾の新たな境地を体感したい。

『横尾忠則 連画の河』

開催期間:開催中〜2025年6月22日(日)
開催場所:世田谷美術館
東京都世田谷区砧公園1-2
開館時間:10時〜18時 ※入場は17時半まで
休館日:月
入場料:一般 ¥1,400
www.setagayaartmuseum.or.jp