
アップルと日本を代表する監督である是枝裕和が、全編iPhone 16 Proで撮影した短編映画『ラストシーン』が5月11日よりYoutubeにて公開されている。ストーリーは、仲野太賀演じる脚本家の倉⽥が、福地桃⼦演じる50年後から来た由⽐と共にテレビドラマの未来を救おうとするタイムトラベル・ラブストーリー。iPhoneのみを使って写真や映像を撮影するキャンペーン「iPhoneで撮影 ー Shot on iPhone」の一環であるこのプロジェクトで、是枝は初めてiPhoneで映画制作を行ったという。
テクノロジーが変える映画制作の未来

何気ない日常やささやかな瞬間に宿る美しさを繊細に捉え、人間の感情に深く訴えかける映画監督として、海外でも人気の高い是枝裕和。昨年8月、その彼に全編iPhone 16 Proで撮影した短編映画を作って欲しいという依頼がアップル社から舞い込んだ。
そうしてできたのが仲野太賀、福地桃子、黒田大輔、リリー・フランキーらが出演する「未来に何が残り、何が消えるのか」をテーマにした、いちいち面白く、でもどこか切なく、そして美しい27分のタイムトラベル・ラブストーリー『ラストシーン』。5月9日からYouTubeなどで公開され話題になっている。
「深い感情的なつながりを映像で表現できる」と定評のある是枝監督。今回の作品は、短時間で急展開するタイムトラベルの物語でありながら、変わりゆく時代に対しての葛藤や切なさを情感豊かに描きだしている。リリーは同作を「なんかファンタジーで、是枝さんっぽくないテーマなのに、是枝さんが言いたいことを詰め込んだ」と表現している。
「私はかなり保守的なので、本当はあまり変わりたくない人間なんです。新しいもの好きというわけでもありません。だから、デジタル化への対応も遅かったですし、今でも映画はフィルムで撮りたいと思っています。」と語る是枝監督。
そんな彼の作品だからこそ、観ていて「iPhoneで撮られた」と意識させられるシーンはなく、自然に楽しめる、当たり前によくできた短編映画になっている。
完成披露試写会の上映は六本木ヒルズTOHOシネマズの大スクリーンで行われた。普通に何も問題なく良い映画として楽しめた。本来、映画の撮影用では家庭用ビデオカメラなどと比べても圧倒的に画質の良い専用の高価な機材で行われる。しかし、この映画は、プロが撮ったとはいえ、撮影に使われているのは我々が日々の生活で当たり前にソーシャルメディアを見たり、Webブラウジングをしている、あのポケットに収まる小さなiPhone。そう考えると実は、これは凄いことなのだと改めて実感せずにいられない。
この話題の短編映画について是枝裕和監督を独占インタビューした。完成披露試写会後に出演者と行われたトークセッションの内容と合わせて制作の舞台裏に迫りたい。
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是枝が感じた、iPhoneならではの撮影体験

「アップルに声をかけられ、9月からアイデア出しやキャスティング、スタッフ編成を行いました。撮影は12月でしたが、その後の仕上げにはかなり時間をかけましたね。最初に決めたのは冒頭のシチュエーションだけ。ファミレスで脚本を書いている男のところに、その作品の主演女優にそっくりな女の子がやってくる、ということ。まずはそれだけを決めて書き始めました。」
是枝は、この出だしを決めたタイミングでは、タイムトラベルの要素はまったく考えていなかったそうだ。
そこからストーリーが膨らませていくのだが、最初に撮影したのはこの映画自体のラストシーンにも近い後半のクライマックス——夕陽が見せる光の色が美しい観覧車のシーンだったという。
「できる限り、順撮り(物語の順番通りに撮影すること)をしたいのですが、今回は様々なスケジュールの都合で、このシーンからの撮影になりました。結果的に天候にも恵まれ、役者さんたちの演技もすばらしかったです。」と、是枝としても初のiPhoneでの映画撮影となればなおさらだろう。
だが、実際に撮影をしてみると「若い2人の役者さんの芝居がとても見事で…観覧車あそこで2人の別れを最初に撮らせてもらった時に『すごい。これが最後に待ってるのであれば、前半すごく軽やかに遊べるな』という風に、僕は演出をする上でとても助けられました」と振り返っている。
「あの場にいて、本当に感動しました。」とまで語る是枝だが、実はこれにはiPhone撮影ならではの特殊な事情もある。
「以前『ベイビー・ブローカー』という映画の撮影で、観覧車のシーンがあったのですが、カメラが大きすぎて僕自身は乗れず、カメラマンだけが乗って撮影した経験があります。僕は下でモニターを見ながらヘッドフォンで音を聞くだけでした。しかも、観覧車が上にあがっていくと音も途切れてしまう。結局OKを出せないまま、あがってきた映像を見て『なんだこれ』となった苦い経験があります。」
是枝は続ける。「でも今回はカメラがiPhoneだから、自分も観覧車に乗り込めて役者のそばで撮影できました。あの空間にいて、仲野太賀が泣いている、その息遣いを間近で感じられる。これはテクノロジー云々ではなく、その場にいられることの大きさを感じました。」
同じことは演者も感じていたようだ。女優の福地桃子も、このシーンの撮影が初日で緊張をしていたが撮影が大きな映画用カメラではなく、iPhoneだったので「本当にこれで撮れているのと心配になるくらいにいい意味で圧を感じない。カメラとの距離感を良い状態にしてくれた」と振り返っている。
「車のシーンも同様で、最近はグリーンバックや大きなLEDパネルを使うのが主流になってきていますが、私はあまり好きではありません。それだと風も感じられないですし。今回は携帯(iPhone)を持って実際に車に乗り込んで撮影できたので、より自然な画が撮れたと思います。」と言う。
「iPhoneで撮っているのに自然」と驚かされた作品だが、むしろ「iPhoneで撮ったからこそ自然」と言う側面もあったのかも知れない。
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iPhoneでの撮影に「これは革命が起きるな」と直感

アップルは『エターナル・サンシャイン』などで知られるミシェル・ゴンドリー監督と、ショートフィルムの『Détour(デトゥール)』を制作したのをきっかけに、『ラ・ラ・ランド』のデイミアン・チャゼル監督など10名以上の世界の著名映画監督とショートフィルムを作成してきた。同社はこれを製品キャンペーンに活かす一方で、iPhoneのカメラ性能の改善にも役立ているようだ。
日本でも、2024年にはバイオレンスの巨匠である三池崇史監督と組んで手塚治虫原作の『ミッドナイト』を短編映画化した。
そして同年の夏、是枝に声がかかった時、彼は一つの注文を付けくわえた。
「撮影監督が瀧本(幹也)さんだったら、多分すごく面白がって撮ってくれるんじゃないかなと思ったので、瀧本さん前提で話を受けました。」
普段からデジタルでもフィルムでも、カメラや機材に対して、職人的なこだわりで撮影を行うと言う瀧本。iPhone 16 Proの撮影機能をすべて使った撮影をしたという。
例えば、「シネマティックモード」。これは、撮影した映像でどの被写体にフォーカスを当てるかを後から変更し、それ以外を自然にぼかす機能だ。
「日常的にiPhone使う時にはシネマティックモードはかなり使う。シンプルに言うと、上手に見えるから。(笑)」と是枝も愛用している撮影機能だ。「フォーカスをどう動かすのか、そこは瀧本さんのテクニックもあると思うけれど、映画的にと言っていいのかわからないですが、自然にフォーカスが動くので層の厚い絵が撮れたと思っています。」と言う。
あまりにも自然に使われているので、なかなか気が付かないがスローモーション撮影の機能も2箇所で使われている。
他にも絵の風合いを自在に変更できるフォトグラフィックスタイルと言う機能も使われており、どの機能がどのように使われているかを紹介するメイキング映像「iPhone 16 Proで撮影 | ラストシーンの舞台裏 」と言う動画で詳しく紹介されている。
だが、いくつかある撮影機能の中で是枝を一番驚かせたのは、手ぶれ補正撮影の「アクションモード」という機能だったようだ。後半、仲野太賀と福地桃子が観覧車に乗ろうと全力で走っているシーンの撮影で使われた。実は瀧本がiPhone 16 Proを手で持って、2人の役者と並走して撮影したという。
「結構、速い速度で走っていたと思うんだけれど、全然ぶれていないから驚いた」と仲野、リリー曰く「(役者の)2人は若いから本気で走っているけれど、知り合いのおじさん(瀧本氏のこと)が本気で走っているのみたら少し心配になりました」と言うくらいに全力で走っていたようだ。
是枝も「ビックリするくらい安定していた。これを普通にやろうとすると物凄い人が必要で、機材も必要で、お金もかかるのだけれど、これ手持ちでイケちゃうのか、というのは結構ショックでした」と振り返る。
「iPhoneでの撮影は1つのチャレンジ」くらいに考えて今回の作品を作り始めた是枝だが、やってみて「これは革命が起きるな、と正直に感じました」と言う。
その理由について、是枝はこう説明する。
「私よりも、撮影スタッフの方がより強く感じているかもしれませんが、プライベートでも(良い映画が)撮れちゃうんじゃないか?という点です。技術が変われば、明らかに表現も変わってきます。それは少し驚異的ですらあります。 プロとアマチュアという意味で言うと、機材的にはもう差がなくなっていくでしょう。」

これについてはリリーも同様の感想を持っていた。
「僕とか是枝が10代の頃は、映画監督になりたいと思ったら、映画を撮るよりもまず先にお金を貯めないといけなかった。一本フィルムが何円とか気にして。でも、こんなに(大きなスクリーンに)拡大してもきれいに見える映画が撮れるんだったら10代でも100代でも映画監督になれるなと思って、俺もなんか撮りたいなと思った」と言う。
一方の是枝は、例えば照明部の役割について考えていたという。
「今回の撮影でも照明部はあまり稼働しませんでした。一応、照明を焚いてはいるのだけれど、自然光を重視した撮影で逆光を多用していました。普通に考えて携帯電話のカメラであれだけ逆光を捉えて絵として成立することはないと思っていたのに、まったく問題なくきれいに撮れていたのは驚きでした。」
撮影はiPhoneで行ったものの、編集はいつもの機材や方法を踏襲したという是枝だが、編集でも、フォーカスも含めた補正が楽にできると驚かされることが多かったようだ。
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未来へのまなざし~若い世代は「映画」を携帯で作るかもしれない

テクノロジーが進歩しても、映画づくりで一番大事なものは変わらない。
「(今回の企画では)とにかくやったことのないことをやってみようということで、短編であるとか、タイムトラベルであるとか、新しい機材だとか色々チャレンジをしてきました。とても楽しかったです。今日集まってもらった皆さん(出演者たち)も本当に素敵で、現場で見ていてもつい笑ってしまうような瞬間もたくさんあったんですけれども、何よりも若い2人の役者さんの芝居がとても見事でした」と披露試写会の終了後、是枝は振り返った。
いまある多くのものは我々の日々の選択や新たなテクノロジーの登場によっていずれ淘汰され姿を消えていく。映画『ラストシーン』がコミカルであるにも関わらず、なぜか我々の心を引きつけるのは、変化の激しい現代、我々の多くが感じることの増えた葛藤をテーマにしていたからだろう。

出演者である福地桃子は「何を残していくかを選択するという責任とどんな人でも持っている冒険心」について改めて考えることができたという。
仲野太賀も今回の撮影について振り返る。「近年テクノロジーが著しく発展していてものすごく急速にさまざまなことが変わっています。そういうタイミングで当たり前のようにあったもの、景色、人との触れ合いなどが、未来にはなくなってしまうのではないかという漠然とした不安がある中で、この作品を通じて改めて確認できた気がします。今残すものとして一つ良い作品ができたのではないかと思っています」
是枝も、この作品を撮りながら、映画業界の未来への思いを馳せていたのかも知れない。
「機材が軽くなれば、女性スタッフもより撮影に参加しやすくなるでしょうし、撮影の効率も圧倒的に上がってくると思います。それは良いことです。ただ、全てが便利になればいいかというと、そうではないとも思っています。だからこそ、私は今でもフィルムで撮ることにこだわっている部分もあります。ただ特に「こうしなさい」ということはありません。若い人たちは、上の世代があれこれ言わなくても大丈夫です。好きなことを見つけて、どんどんやっていけばいい。本当にデジタルネイティブの世代がどんどん出てきていて、その人たちの感覚は、我々のようなフィルムがネイティブだった世代とは全く違います。そういう人たちが携帯電話で撮った作品が、それを「映画」と呼ぶかどうかは別として、表現の幅をどんどん広げていくのは自然なことですし、起きるべくして起きていることだと思います。」
と未来の世代への優しい視線をおくっていた。
【次のページ:是枝裕和監督の初の全編iPhone撮影作『last screen』の本編】
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『last scene/ラストシーン』
監督/是枝裕和
出演/仲野太賀、福地桃子、リリー・フランキーほか 2025年 ショートフィルム
27分 Youtubeのアップル公式チャンネルにて配信中。
www.youtube.com/@AppleJapan

ITジャーナリスト
1990年から最先端の未来を取材・発信するジャーナリストとして活動を開始。アップルやグーグルなどIT大手に関する著書を多数執筆。最近は未来をつくるのはテクノロジー企業ではないと良いデザインやコンテンポラリーアートの取材に注力。リボルバー社社外取締役。金沢美術工芸大学客員教授。
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1990年から最先端の未来を取材・発信するジャーナリストとして活動を開始。アップルやグーグルなどIT大手に関する著書を多数執筆。最近は未来をつくるのはテクノロジー企業ではないと良いデザインやコンテンポラリーアートの取材に注力。リボルバー社社外取締役。金沢美術工芸大学客員教授。
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