
オーストリア出身のアーティスト、エルヴィン・ヴルムの日本の美術館で初となる個展が、青森県の十和田市現代美術館にて開催されている。日常生活をベースに、伝統的な素材だけでなく、多様なメディウムを通して、彫刻とは何かを問い直すその制作とは?
ぶくぶくと膨らんだ車と家から見る、ヴルムの彫刻に対する意識

現在はウィーンなどを拠点に活動し、「第57回ヴェネチア・ビエンナーレ」(イタリア、2017年)のオーストリア館にも作品が展示されたヴルム。日本では2010年に、十和田市現代美術館のアート広場へ設置された大型の常設作品『ファット・ハウス』、および『ファット・カー』が知られている。芝生の庭に囲まれた白い家と、車庫に停められている赤いスーパーカー。裕福な暮らしの家を思わせる光景が広がっているが、家も車もぶくぶくと膨らんでいて、まるで人の身体のように見える。
粘土で彫刻をつくる時、物に体積を足したり引いたりするように、食事などによって人の体重が増えたり減ったりすることも彫刻に似ているとするヴルムは、ここに「彫刻とはどういう行為か」という問題意識を投げかけている。そして富の象徴でもある家や車を奇異な姿に変形させることで、既存の経済モデルや消費社会のあり方を皮肉っている。と同時に、家や車が太って擬人化された様子が、妙に親しみやすくユーモラスに感じられる。---fadeinPager---
明らかに歪められた「学校」に込められた意図とは?

今回の個展で特に目立っているのが、最新作である大型インスタレーションの『学校』だ。展示室内にポツンと佇む一棟の黄色い建物。正面から向き合うと不思議な点はないものの、横から見ると長細く、明らかに歪められていることがわかる。そして小さな入り口から屈んで中に入ると、教室と校長室の2つの空間には、歪んだ時計や黒板が掲げられているとともに、とても座れそうにないほど窮屈な校長室の椅子や学習机が置かれている。
壁一面に貼られた掲示物にも注意を払いたい。そこには明治維新以降から1950年代までに学校で使用されていた教科書や、当時の人々が目にしていたと考えられ、時に勇ましい標語などが記されたポスターなどの複製が貼られている。ここでヴルムは学校や社会がつくる抑圧的な規範を圧迫感のある空間で物理的に表現するとともに、そのシステムや正しいと考えられている知識も老いていくため、時代とともに更新していかなくてはならないことを示唆している。---fadeinPager---
絵画や彫刻から、セーターまでを用いたインスタレーション

「第二の皮膚」とされる衣服を素材とした作品にも目を向けたい。『精神』とはセーターを通して、展示室を擬人化したインスタレーション。小さな襟のついたピンク色のウールが空間全体を覆っていて、セーターが展示室を着ているような光景を目の当たりにできる。また『吊されたセーター』はカラフルなセーターを工夫して吊るすことで、まるで彫刻のように見えるもの。市販のセーターが思いもつかないようなかたちをしていて、その大胆なアイデアには驚いてしまう。
ヴルムが「ペインティングの部屋」とする空間に展示された、「皮膚」シリーズ1点と「平らな彫刻」シリーズ3点も見ておきたい。このうち「皮膚」シリーズの『立っている花 2』とは、一見、抽象的に見えるが、実は衣服を着た身体の一部を切り取ったかたちを表していて、人間のかたちを彫像して一部を提示するという、抽象と具象のはざまを行き交うような作品だ。一方で「平らな彫刻」では、彫刻を取り巻く抽象的な概念とする「塊(Masse)」や「時間(Hour)」といった言葉を色鮮やかな絵画として表現している。
日本で唯一、ヴルムの常設作品がある十和田市現代美術館での単独開催!

そのほか、不自然なポーズの作家や人々の姿を写し、「写真の彫刻」として展開する作品も本展の見どころ。さらに、美術館を飛び出し、街中の施設や店舗では、ステージに書かれた指示に従い、日用品を使って、鑑賞者が1分間だけ静止したポーズを取る「一分間の彫刻」シリーズを展示し、誰もが自由に参加して彫刻になりきることができる。元々、美術館の周辺ではさまざまな作品が「まちなかアート」として公開されていることもあり、歩きながら見て回るのもお薦めだ。
2008年に東北初の現代美術館として開館した十和田市現代美術館は、草間彌生や塩田千春をはじめ、ロン・ミュエクやレアンドロ・エルリッヒなどのコレクションが充実。さらに、白い箱が続くような西沢立衛の建築でも人気を集め、来館者の7割は県外からやって来るなど、いまや青森を代表するアートスポットとして知られている。ヴルムの作品を日本で唯一、常設にて展示する同館。世界の第一線で活躍するアーティストの作品ともに、十和田だけでしか開催されないヴルムのオリジナル個展を見逃したくない。
『エルヴィン・ヴルム 人のかたち』
開催期間:開催中〜2025年11月16日(日)
開催場所:十和田市現代美術館
青森県十和田市西二番町10-9
開館時間:9時〜17時 ※入場は閉館30分前まで
休館日:月 ※祝日の場合はその翌日
※ただし4/28、5/6、8/4、8/12は開館
料金:一般 ¥1,800
https://towadaartcenter.com