ジャヌ東京とアーティスト、松山智一が初のコラボ! アートと美食の邂逅が生み出す、ナイトミュージアムという贅沢

  • 文:はろるど
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松山智一●1976年、岐阜県生まれ、ブルックリン在住。現代美術家。絵画を中心に、彫刻やインスタレーションを発表。近年の主な展覧会に、『Mythologiques』(ヴェネツィア/2024年)、『松山智一展:雪月花のとき』(弘前れんが倉庫美術館/2023年)などがある。2025年2月までパリのルイ・ヴィトン財団でも作品を発表。Photo: FUMIHIKO SUGINO

「アマン」の世界初姉妹ブランドホテルとして、2025年3月に開業1周年を迎えたジャヌ東京(港区麻布台)。それを記念するコラボレーション「FOOD x ART at Janu Tokyo」の一環として、『ナイトミュージアム with 松山智一』が4月18日に開かれた。

麻布台ヒルズ ギャラリーで行われている『松山智一展 FIRST LAST』の閉館後、貸し切りにて松山智一本人と本展アソシエイト・キュレーターの丹原健翔によるギャラリーツアーとともに作品を鑑賞。さらにジャヌ東京4階「ジャヌ グリル」にて、アートの余韻に浸りながらディナーを堪能するという特別なイベントとなった。

ニューヨークを拠点に世界で活躍する、松山智一の制作とは?

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『ナイトミュージアム with 松山智一』にてギャラリーツアーを行う松山智一(左手前)と丹原健翔(右奥)。

『松山智一展 FIRST LAST』とは、四半世紀にわたってニューヨークで活動し、世界的に注目される松山智一の東京で初めての大規模個展だ。これまでヴェネツィアやロンドンなどで発表され、海外でしか見られなかった日本初公開や最新作19点など、40点以上の作品が展示されている。

そこには古典絵画やカルチャー誌、また伝統的な文様や日用品など、リアルには混合し得ないモチーフをサンプリングの手法で切り出し、過去と現代、西洋や東洋の垣根を超えた一つのスペクタクルというべき世界が描かれている。また自身で作った何千という色のストックによる眩いばかりの色彩も魅力だ。

「欧米では美術館がクローズした後に、エクスクルーシブな環境で芸術家本人が展覧会や作品のことを話す機会が多くあります。今回のジャヌ東京が主催するギャラリーツアーとディナーを組み合わせたナイトミュージアムも、日本での新しいアートの楽しみ方として広まっていくと良いですね」

ターニングポイントになった作品と、アンリ・ルソーとの意外な関係 

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展示室1「Homecoming Day」より、手前:『He Sits She Reads』 2023年 奥:『We Met Thru Match.com』 2016年

松山のキャリアのターニングポイントになった『We Met Thru Match.com』には、出会い系サイトで知り合ったという2人の若者が、日本の伝統的な絵画から引用した花木や鳥などに囲まれるようにして描かれている。

「この作品は屏風絵のような日本絵画の表現を用いています。狩野派や土佐派という絵画を再構築した上にて、ジャングルを思わせる風景の絵画を作っています。何故ジャングルのような風景を作ったかというと、僕がとても影響を受けたアンリ・ルソー(1844-1910)という独学の画家の存在にあります。ルソーは空想を駆使してジャングルのような雰囲気を描いていますが、ハーモニーが取れていて、すごく引き込まれます」

ニューヨークへ渡ってから美術をはじめ、色々な壁にぶつかって試行錯誤する中、一番最初に評価を受けたのが『We Met Thru Match.com』だったとする松山。ルソーの絵画そのものとともに、自らの表現を信じて絵を描き続けたという生き様にもシンパシーを抱いているという。

「これからニューヨークで活動していくんだと思った時、やはり自分が持つ日本というアイデンティティーを表していく必要があります。僕の描く作品は、文化の十字路のようなものであり、これからの未来を予感するような多様性あふれる絵画でありたいと思っています」

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不思議の国に世界に迷い込んだ? 没入感満点のインスタレーション

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展示室3「Broken Kaleidoscope」より、『Broken Kaleidoscope』 2025年

アリスが白いウサギを追いかけて迷い込んだ不思議の国のような『Broken Kaleidoscope』は、松山による最新のインスタレーション作品だ。イギリスの伝統的な壁紙を引用したパターンに囲まれた空間の中、手のひらサイズの磁器人形を巨大化させた数点の立体が配置されていて、まるで松山の絵画で表現した不可思議な世界へ入り込むような気持ちにさせられる。

「ニューヨークに暮らして、最初に一人暮らしをしたアパートの大家さんがヨーロッパからの移民でこういう磁器人形をたくさん持っていたんですね。その人形を使ってなにかつくりたいと思って蓋を開けてみたら、実はほとんどが日本や中国で大量生産されている廉価なものでした。元々、磁器人形は東洋の技術がヨーロッパに渡り、貴族の高級な嗜好品として尊ばれたのですが、そこには時代とともに移りゆく西洋と東洋の文化や技術の往来を見ることができます」

一見リアルな磁器のような質感を見せているが、実は3Dプリンターで作られていることが松山から明かされると、ギャラリーツアーの参加者から驚きの声が上がった。

千羽鶴のモチーフを通して、未来への希望を指し示す

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展示室4「Pan-Am Spiritual」より、『Keep Fishin’ For Twilight』 2017年

千羽鶴とさまざまなモチーフを分解、再構築した『Keep Fishin’ For Twilight』は、松山が新たな抽象表現の構築を目指したチャレンジングな作品だ。目を凝らすと騎馬像の馬の目や鳥のくちばしや頭らしき形が確認できるが、そこに千羽鶴をモチーフにした幾何学的な多角形などが入り乱れることで、一つの社会やコミュニティーを連想させる集合的な世界観が見て取れる。

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展示室4「Pan-Am Spiritual」より、『Cluster 2020』 2020年

一方でステンレス製の立体作品『Dancer』などを囲むように展示した33枚のカンヴァスの作品『Cluster 2020』は、新型コロナウィルスのパンデミックの間に完成されたもの。ロックダウンによって松山の制作チームは自宅待機を余儀なくされたが、松山は一人ひとりのメンバーの自宅に画材などを届け、みんなで毎日オンラインで報告し合いながら制作したという。

「個人主義的な考え方が強いアメリカでは、日本でよくいうような“思い”はコミュニティーでの言語になりにくい。しかしパンデミックを経験する中、千羽鶴のようにみんなで集まって“思い”や願いを込めながら制作することで、未来への希望があるんだということを伝えたいと考えました。その意味において『Cluster 2020』は、日本の千羽鶴の精神が表れた作品だと思います」

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最新シリーズ「First Last」を公開!混沌とする今の時代を批評的に捉える 

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展示室5「First Last」より、『Passage Immortalitas』 2024年

最新シリーズ「First Last」では、二極化が進み分断や対立が多発する現代を、キリスト教などを主題としたルネサンス期や近世の絵画を用いて捉えなおしている。そのうちM字型の変形カンヴァスを用いた『Passage Immortalitas』は、展示のメインビジュアルを飾る一枚で、イタリアの画家、サンドロ・ボッティチェリ(1445-1510)の『チェステッロの受胎告知』を引用している。

西洋美術史では純粋性や優美さを表し、キリストの神性を象徴する「受胎告知」のモチーフだが、松山はピザの箱やプロテインの袋などが散らばる部屋に聖母マリアと大天使ガブリエルの姿を描き、聖性から離れた人間的な存在として描き出している。

「父は牧師で僕はクリスチャンとして育ちました。そしてアメリカという国は信仰で作られていて、英語よりも母国語とさえいえるほどキリスト教が絶大な影響を持っています。そして今アメリカは変わりつつあり、分断も進みつつあります。多様性が進む一方で多様性にも疲弊しているのが今のアメリカのように感じます」

「受胎告知という純粋性を表現する指標の中に、資本主義の中で生きている人々というリアリティも混ぜることで、僕が見ているアメリカを少しでも感じてもらいたいと思っています」

スーパーマーケットに並ぶ商品とは?ユーモアを込めながら、アメリカの光と影を表現 

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展示室5「First Last」より、『We The People』 2025年

フランス古典主義の画家、ジャック=ルイ・ダヴィッド(1748-1825)の『ソクラテスの死』を直接引用し、アメリカのスーパーマーケットのフロアへ蘇らせた『We The People』は2025年の最新作。ダヴィッドはソクラテスを最期まで信念を突き通した英雄として描いているが、松山はソクラテスを中心に置きながらも、アメリカが抱える現代の諸問題と向き合っている。

「スーパーマーケットの左側の棚にはシリアルの箱が並んで、右側には鎮痛剤や精神安定剤などがたくさん並んでいます。日々の生活の中でたくさん超加工食品を食べつつ、一方で健康を考えて製薬会社が作った商品を摂取しようという、まさにアメリカの消費社会を象徴するようなシーンなのです」

「アメリカでは鎮痛剤や睡眠薬の中毒が社会問題と化しています。ただ僕はスーパーマーケットに行って、グラフィックを用いブランディングされた商品に囲まれると、今でも視覚的な刺激を受けます。ここでは人間性とは何かを問いつつ、ユーモアを込めながら、アメリカの光と影というものを描写しています」

美術を通して未来は変えられることを伝えていきたい

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展示室5「First Last」より、『Soul Miner』 2025年

松山の作品を見るポイントとして、「読み解いていく」というのが重要だとする本展アソシエイト・キュレーターの丹原。絵の中に登場する一つ一つの人物などの表情、あるいはどういったものと一緒に描かれているのを追いながら読み解いていくと、その奥に潜む本質が表われるのが松山の作品の面白さだという。最後に松山は自らの制作についてこう語った。

「美術を前にするということは、単に受動的に鑑賞する以上のものだと考えています。つまり一つの作品からも様々な解釈ができて、そこから有益な話し合いができる社会的な機能を持つというのが美術の大きな役割です。だから少なくとも僕にとって美術は読み物である必要があるのです。そして絵は人々に希望を与えていいと思います」

「世界に目を向ければ絶望的な出来事がたくさん起きていますが、僕は美術を通して未来は変えられるのだということを伝えていきたいと思いますし、ヒューマニティーがあってこそ人間が生きていけることを作品を通して感じてもらえれば嬉しいです」

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中央広場の屋外展示からジャヌ東京へ。館内ではアート作品も公開

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麻布台ヒルズ 中央広場、屋外展示風景。(5月7日まで展示)右が『All is Well Blue』 2024年。※左奥の建物がジャヌ東京

松山の作品は麻布台ヒルズ ギャラリーだけでなく、麻布台ヒルズの中央広場にも3点の大型作品が展示されている。そのうち『All is Well Blue』とは、日本への帰国時に能登半島の震災に直面した松山智一が、貨物用コンテナを避難場所「シェルター」に見立てた作品だ。中に千羽鶴モチーフにした抽象画のイメージをあしらわれ、鎮魂と願いを込めた祈りが共有されている。

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『White Breath Hoops-figurative』 2019年 ※「ジャヌ メルカート」(1階)フォトクレジット:Tokio Shimizu

ジャヌ東京は、「つながり」、「インスピレーション」、「探究心」をコンセプトに、これまでにないホスピタリティを提供する、『ジャヌ』ブランド世界初のホテル。麻布台ヒルズ「レジデンス A」タワー内に位置し、自然光が差し込む客室やそれぞれに個性を持ったレストラン&バー、また都内のホテルにて最大級の面積を誇るウェルネス&スパ施設を有している。いま、東京でも最も活気と遊び心に満ちたホテルだ。

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『Natural Shell Pride』 2022年 ※「ジャヌ グリル」(4階)Photo:Tokio Shimizu

またイタリアンオールデイダイニング「ジャヌ メルカート」(1階)の入り口横には『White Breath Hoops-figurative』、「ジャヌ グリル」(4階)前では騎馬像をモチーフとした『Natural Shell Pride』など、館内の随所にて松山のアート作品を公開。さりげなく飾ることで、日常に溶け込むアートとライフスタイルの融合を試みている。---fadeinPager---

『ナイトミュージアム with 松山智一』にて最新のアートシーンとダイニングを楽しむ

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ジャヌ グリル。

東京タワーをダイナミックに臨み、松山の大型作品が展示された中央広場を見下ろす「ジャヌ グリル」の最大の特徴は、スケール感のあるライブキッチンを配していること。シェフのパフォーマンスとともに、全国各地から厳選した国産牛やシーフードなどのグリル料理を堪能できる。

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ジャヌ グリル 春のディナーコース。

『ナイトミュージアム with 松山智一』で提供されたのは、アルコールもしくはノンアルコールとのペアリングによる春のディナーコース5品だ。メインは筍のリゾットが添えられたノルウェーサーモンと、グレイビーソースで仕立てられた島根県まつなが牛のサーロインのグリル。フレッシュながらも滋味に富んだ春キャベツのスープも絶品といえる。

デザートは松山とジャヌ東京のコラボレーション「アフタヌーンティー with Art by Tomokazu Matsuyama」の中からニューヨークチーズケーキと、松山が老舗和菓子屋「とらや」と協創したこの展覧会でのみ購入可能な羊羹とのアソートを用意。チーズケーキには松山の作品のモチーフを写したホワイトチョコレートのプレートが載せられているのもうれしい。

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「アフタヌーンティー with Art by Tomokazu Matsuyama」。

『ナイトミュージアム with 松山智一』はすでに開催を終えたが、「FOOD x ART at Janu Tokyo」では『松山智一展 FIRST LAST』の会期に合わせ「ジャヌ ラウンジ & ガーデンテラス」(5階)にて、松山の新シリーズ『First Last』をモチーフにした「アフタヌーンティー with Art by Tomokazu Matsuyama」が提供される。またホテル内6つのレストランでは、本展覧会チケットの半券を提示すると、ウェルカムドリンク一杯をプレゼントするサービスも実施されている。さらに、期間内にジャヌ東京に宿泊すると、本展覧会の招待券がプレゼントされ、客室では用意された作品集を楽しむことができる。(ともに5月11日まで)

松山智一とのスペシャルコラボレーション 「FOOD x ART at Janu Tokyo」にて、世界の第一線で活躍する松山のアート作品ともに、ジャヌがコンセプトに掲げる“Uplifting the Soul”、わくわくするようなホテルでの体験を味わってほしい。

『松山智一展 FIRST LAST』

開催期間:開催中〜5月11日(日)
開催場所:麻布台ヒルズ ギャラリー
東京都港区虎ノ門5-8-1 麻布台ヒルズ ガーデンプラザA MBF
開館時間:10時〜18時(月〜木、日)、10時〜19時(金、土、祝前日)※展示室入場は閉館の30分前まで
会期中無休
チケット:一般 WEB販売・店頭販売¥2,200、会場販売¥2,400
https://www.tomokazu-matsuyama-firstlast.jp

ジャヌ グリル

東京都港区麻布台1-2-2 ジャヌ東京4F
営業時間:11時30分〜15時、17時30分〜22時 
FOOD x ART at Janu Tokyo
https://www.janu.com/janu-tokyo/ja/art-and-gastronomy

※5/7までは、中央広場に設置された松山智一の屋外彫刻作品を楽しめる。