フードレメディという屋号で菓子研究家として活動する長田佳子。ハーブを使った素朴で優しい味の菓子は食べる人、つくる人の両方を癒やしてくれる。山梨のアトリエを訪ねた。
自分の身体が欲するものを追求した菓子づくり
東京のフランス菓子店で修業後、レストランやカフェ勤務を経て2015年に菓子研究家として独立した長田。果物や小麦粉などの材料を求めて長野をたびたび訪れていたが、偶然立ち寄った山梨の穏やかな気候に惹かれて引っ越しを決めた。自宅からクルマで10分ほどの場所にあるアトリエは、元ワイン倉庫だった場所で、広々とした空間に穏やかな光があふれていた。「こんな広い場所を借りたのは、近隣の農家さんから廃棄される果物をたくさんいただくようになったのがきっかけです。コンテナいっぱいの果実を無駄にしてしまっては元も子もないので、ここでお菓子に使ったりジャムなどの加工品をつくっています」

東京では菓子教室も開いていた長田。いまは東京と山梨の両方で教室を開催するほか、飲食店のレシピ開発や企画展などを行う。長田のつくる菓子に惹かれて東京から教室にやってくる参加者もいる。
「フードレメディのお菓子を食べた方は、心が落ち着いたり、大切な記憶を思い出すと言ってくださいます。私自身があまりたくさんの量のお菓子を食べられないので、お菓子という枠にとらわれずできるだけ砂糖を減らし、本当に食べたいと思えるものを追求しているような毎日です。人を癒やすためというよりも、農家さんをはじめさまざまな人々との繋がりを感じることで自分自身が癒やされているんです。果物そのものの甘さを活かしながらハーブの香りを効かせることで、砂糖の量はかなり減らすことができますよ」

自宅の家のハーブ園で育てた摘み立てのハーブをシロップに漬けてスポンジケーキに塗ったり、ドライハーブを生クリームに加えてほのかに香りをつけるなど、長田の手にかかるとお馴染みのケーキやクッキーが驚くほど軽やかになり、身体にすっとしみ込んでくる。

そんな彼女が菓子づくりで大切にしていることがある。「決め過ぎないということです。いちばん大切にしているのは食感と香りなので、焼き菓子もほんのり香りが残るよう焼き加減には気をつけています。その都度味が変わってもいいから、レシピを信じ過ぎずに自分の目と鼻で確認することが大切だと思います」

1日として同じ日はない
山梨に住み始めて4年、生活のサイクルは一変したという。「毎日、天気によって1日の動き方が変わります。特に収穫の時期は雨が降ったら作業ができないので、諦めて別のことをやる。農家の方が毎日天気日記をつけているというのを聞いて、私も実践しているんですが、1日として同じ気候はありません。種をまいて花が咲いてといった日々の事柄を淡々と記すだけでも、自然の恵みを感じることができます。東京に暮らしていた時は前日やり残した仕事の続きを引きずりながら1日が始まっていましたが、こちらでは朝起きたらさて今日はなにから始めようかと、ゼロから出発できるんです」
長田が日常をちょっとよくするものとして挙げてくれたのが、木製のトレイ。日本各地の木工作家が手掛けた味わい深い表情が印象的だ。「お盆はお菓子やお茶を運ぶのに欠かせませんが、気に入ったものを見つけるのは難しい。これぞという出合いがあった時は気分が上がります」

自分を中心に考えるのではなく、自然のサイクルに身を委ねて生活を合わせることを選んだ長田。その日手に入る素材を最大限に活かしながらつくる彼女の菓子は、土地の恵みの賜物だ。