高級時計の祭典「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ 2025」。多くの新作モデルが発表される中、IWCは一昨年にリニューアルした「インヂュニア」コレクションの拡充を進めた。このモデルは天才デザイナー、ジェラルド・ジェンタのデザインを継承する。今回、そんな傑作をさらに進化させるという困難に挑んだデザイン部門責任者のクリスチャン・クヌープに話を聞いた。
"サイズダウン"する上でも、緻密なデザインが必要

天才デザイナーとして知られるジェラルド・ジェンタが手掛けた「インヂュニア SL」は、1976年にデビューした高性能耐磁ウォッチ。このデザインをブラッシュアップし、当時以上の薄型ムーブメントを搭載することで着用感を高めたのが、2023年に誕生した「インヂュニア・オートマティック 40」だ。
ジェンタデザインの特徴であるフラットなケースや、ケースからシームレスにつながるブレスレットなどは継承しつつ、不揃いだったベゼルのビスの位置を統一し、リューズガードを加えることで耐衝撃性も向上。この現代的な進化は時計愛好家から高い評価を受け、ヒットモデルとなった。
しかし、IWCは歩みを止めない。今年はサイズ、素材、複雑機構の3つのキーポイントにコレクションを拡充させた。

「実は1990年代にはすでに34㎜のインヂュニアがあり、男性からも女性からも人気を集めていました。今回は35㎜ケースですが、こちらも性別を問わず成功すると確信しています」
そう語るのは、IWCのデザイン部門をつかさどるクリスチャン・クヌープ。続けて、サイズダウンの開発秘話について触れた。
「このモデルは、単に既存のデザインを縮小したものではありません。もしもすべてのパーツを同比率で縮小すれば、針やベゼルが極端に細くなり、製品としてのキャラクターや存在感が損なわれてしまうでしょう。大切なのは、パッと見て“これはインヂュニアだ”とわかること。そのためには、各パーツのバランスを調整する必要がある。だからケースも新デザインですし、ムーブメントも異なります」
ケースバックはステンレス・スチールのソリッド式からシースルーとなり、ケース厚は9.4㎜になったが、防水性は10気圧を確保。小径化と薄型化を両立しながら強度を保つのは、非常に困難なミッションだったという。


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ブランドの先端技術と、ジェンタデザインの融合

今年は素材面でも「インヂュニア」は注目された。そもそもIWCは素材開発力のあるブランドで、チタン素材をいち早く取り入れ、近年ではチタンとセラミックの特性を併せもった独自素材「セラタニウム」も積極的に使用している。しかし「インヂュニア」に用いたのは、いまや定番素材となっているブラックセラミックだった。なぜ独自性を出せるセラタニウムではなかったのだろうか?
「セラタニウムは機械加工しやすく、設計上の自由度も高い。一方でセラミックは硬度は高いが、加工にはやや脆い素材です。たとえばブレスレットのピン周りなど、薄く設計された箇所だと割れる恐れもあるので、かなり慎重にしなければいけません。ただ、セラタニウムが素材の特性上マット仕上げしかできないのに対して、ブラックセラミックはサンドブラストやブラッシング、ポリッシュなど、仕上げが多彩という魅力がある。今回のモデルでは、異なる仕上げを組み合わせることで、黒の世界の中に深みのある複雑な表情をつくりたかったのです」
美しい表現を引き出すためには、素材選びも重要になる。完璧主義者のIWCにとっては、セラミックこそが今回は理想だったのだ。

エンジニアのための耐磁時計として生まれた「インヂュニア」だが、IWCは高度な時計技術を尊ぶブランドでもある。IWCが注力して開発してきたパーペチュアルカレンダーを搭載したモデルも登場した。
「現行のインヂュニア・コレクションは、ジェラルド・ジェンタの名デザインを忠実に再現しています。一方、1980年代にクルト・クラウスによって開発された、リューズだけで操作できる機能的な永久カレンダー機構は、IWCにとってアイコニックな存在です。このふたつを組み合わせることは、我々にとって非常に重要な試みでした」
ケース径は41.6㎜に拡大したが、ケース厚は13.3㎜に抑えられた。しかし60時間のパワーリザーブ、10気圧防水といった実用性も備えている。これなら日常的にハイコンプリケーションウォッチを使いたいというニーズにも応えてくれるだろう。

傑作を進化させることは、非常に難しいことである。ましてやそれが天才デザイナーのDNAを引き継ぐものであればなおさらだ。しかし革新なくして、歴史を積み重ねていくことはできない。
「インヂュニア」はある意味で"完成されたデザイン"を持つ時計だ。だからこそ、ケースサイズや素材、機構といった面で進化を遂げてもスタイルがぶれることはない。実直なIWCの哲学は、こういういったところにも見え隠れするのだ。