無色透明なサウンドを奏でるスピーカー「listude」を手掛ける、鶴林万平の“音”との付き合い方

  • 写真:齋藤誠一 
  • 編集・文:井上倫子
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鶴林万平(つるばやし まんぺい)●1975年、大阪生まれ。音響設計・製作者。京都造形芸術大学美術学部洋画コース卒業後、現代美術作家としての活動を経て、音響機器メーカーに就職。 市販スピーカーの企画・設計・製造に携わると同時に、2007年より、妻・安奈とともにスピーカーブランドの「sonihouse」を立ち上げた。2021年にブランド名を「listude」に改名。

スピーカーブランドの「listude」を手掛ける鶴林万平に、“いい音”を実現しながら、家具のように暮らしに美しく馴染むスピーカーづくりについて訊いた。

スピーカーも自分も、無色透明であり続けたい

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2024年末に引っ越してきたばかりの山梨県北杜市の自宅兼工房にて。スピーカーの音を試聴する人のためのショールームやイベントの場も準備中だ。

起床後に、支度をしながら聴くクラシック音楽。食後にコーヒーを淹れながら流れるボサノヴァ……。暮らしの中で聴く音楽は、さりげなくその時の気分に寄り添い、気持ちを整えてくれる。音楽配信サービスで気軽に聴けるようになったこともあり、手軽に楽しめるブルートゥーススピーカーなどが多数登場しているが、なかでもlistudeのスピーカーは、インテリアやアートピースのように日常の空間に馴染みながらも、ハイエンドな音を楽しめる存在として支持されている。

listudeとは、「listen(=聴く)」+「attitude(姿勢・態度)」による造語だ。クラシックからヒップホップまで、さまざまな音楽があふれる現代で「聴く態度」を持ち続けたいという想いから名付けられた。代表作は12面体の「scenery」。初めてこの12面体のスピーカーが発する音を聴いた人は、クリアでリアルな音に驚くという。

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上の12多面体が「scenery」のアメリカン・ブラックチェリー。下は14面体の「sight」のバーチ。scenery¥448,000(2台1セット)〜、sightは¥258,000(2台1セット)〜。

「オーディオマニアの中には、奇抜なかたちの多面体スピーカーからはよい音は出ないという先入観を持っている方もいて、よい音だとびっくりされますね。でもオーディオにこだわるような方たちだけでなく、もっと普通に、日々の生活の中で料理をしたり家事をしながら音楽を楽しみたいという方に使ってほしいと思っています」

たとえばジャズの生演奏の音源を聴くと、あたかも会場にいるかのように錯覚する。自分の左側にドラム、右側にベースがいると、位置関係がわかるほどにリアルな音が聴こえるのだ。目をつむり朗読の詩を聴けば、まるで朗読者が向かいに座っているように、息遣いまでもが聴こえてくる。

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正8面体「vision」は¥208,000(税込・2台1セット)〜。写真の素材はバーチ。

本来、自然の音は一点から球状に放射されるのに対し、一般的な四角い箱のスピーカーは正面から音を直線的に発する。できるだけ自然な音を追い求めるlistudeのスピーカーは、あらゆる方向に音を均一に出力する無指向性スピーカーだ。空間全体に音が広がり、どの位置で聴いても違和感なく聴こえる。listudeのスピーカーはできるだけ「無色透明」でいたいと鶴林は話す。

「スピーカーがないと思えるような音を目指しています。演出することなく、クセがなく、引っかかりのない音が理想です。僕はライブでPA (音響担当)をすることもあるのですが、そこでも演奏者と聴き手の間にできるだけ僕がいないようにと心がけていますね」

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自宅兼工房の2階にあるショールームの窓からは赤松の木々が見える。ここでレコードやiPhoneなどさまざまな機器からの試聴ができる。

そんなlistudeのスピーカーは鶴林がほぼひとりで製作している。もともと大学でアートを学び、アーティスト活動の延長からスピーカーの製作をスタートした。誰かに弟子入りしたわけでもなく、木工の知識と技術をもとに製作を始め、2007年にlistudeの前身であるsonihouseを立ち上げた。

「ほぼ独学で製作を始めたので、師匠から受け継いだ技術もないのですが、製作で重要なのは音を聴き分ける『耳』だと思っています。ミュージシャンやエンジニアなど音楽に関わる人たちはとにかく耳がいい。ライブでPAをするなかで、音を聴き分ける力が身についたと思います」

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外の音を意識的に聴くことが、気分転換になる

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最近はレコードプレーヤーで音楽を聴くことが再注目されている。好きな1枚を選びセットするひと手間も、気分転換になる。

スピーカーのチェックのために音楽をかけたり、プライベートでも仕事でも一日中なにかしらの音楽を聴いているという鶴林。日々の暮らしをちょっとよくするために心がけていることはなにかと尋ねると、意外な答えが返ってきた。

「仕事が終わってからレコードでじっくりと音楽を聴くことも気分転換になりますが、どうしても部屋にこもって作業することが多いので、散歩をしながら外の音を聴くことがリフレッシュになるんですよ。ライブのPAをしている時は、観客やミュージシャンの音一つひとつを意識し、感覚を研ぎ澄まして聴いていますが、散歩のときは近くの木々が揺れる音や、遠くから聴こえる鳥の音、自分の足音など、「これはなんの音だ」と頭で考えず、刺激物として音を捉えるというのでしょうか。音が身体に当たる刺激だと思うとまた違って聴こえてくるんですよ」

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2024年に奈良の宇陀で行われたイベント『音欒(おとまる)』での青葉市子による演奏の様子。今後、ここ北杜市の工房でもこのような屋内外で展開する音楽イベントを計画中だという。photo: Kenji Kudo

マインドフルネスな感覚で、リラックスしながら音に集中する。それは音を聴き分ける能力を高める練習にもなりそうだ。奈良を拠点としていたlistudeは、2024年からここ山梨県北杜市に拠点を移した。自然豊かなこの場所は、身を置くだけでよい影響を与えてくれる。住居兼工房、そして試聴のできるショールーム、さらに今後はライブを行う場としても活用される予定だ。なぜ北杜市に移住することを決めたのだろうか。

「奈良の学園前駅で製作をはじめ、その後奈良駅近くに拠点を移し活動をしてきました。比較的便利な場所だったので、ライブをすればミュージシャンもお客さんも東京、大阪などの方がやってきて、それはそれでよかったのですが、もっと自然があって落ち着いた場所に移住したいと思っていたところに、たまたまこの地域で活動するクリエイターの方々にお会いすることがありました。みなさんそれぞれの分野で活躍されているんですが、ゆるやかにつながっていて、それがいいなと思ったんです」

この周辺には音楽家の森ゆに、演奏家でレコーディング・エンジニアの田辺玄、カフェレストランsun.days.foodやワイナリーBEAU PAYSAGEなど、それぞれの分野で活躍するクリエイターたちがいる。製作のみならずライブというかたちで発信もするlistudeにとって、そこに住む人との縁もまた、クリエイションに大きな影響を与えている。

日常を彩る、思い出のアートピース

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ショールームに飾られた写真家の麥生田兵吾(むぎゅうだひょうご)による大判の写真。高速道路の高架下で、車が通るたびに落ちてくる水を手で受け止めた瞬間を捉えた一枚。

たくさんのクリエイターとつながり、発信してきた鶴林。彼が日常をよくするアイテムとして挙げてくれたのは生活空間を彩るアートだ。一つ目は、友人・麥生田兵吾の大判の写真作品だ。

「ずっと音信不通だったのですが、結婚したと知らせた数年後に突然、虹を写した写真が送られてきて(笑)。それから連絡を取り合うようになり、奈良で新しいスペースに引っ越した際に気に入った一枚を選びました。こけら落としのビジュアルとしても使ったり、思い出深い写真です」

他にも、ダイニングにかけられた絵は、大学時代に手伝いをしていたアーティストの東島毅(ひがしじま つよし)からもらった作品だという。

「ある日先生からこの作品をいただきました。自分がまだこの仕事をする前の、何者でもなかった時代というか、見るたびに初心を思い出す作品ですね」

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鶴林が京都造形芸術大学の学生時代に手伝いをしていた東島毅からもらった作品。キッチンとダイニングの間の梁にかけられている。

 最後に、暮らしの中でよい音で音楽を聴くことのメリットを改めて尋ねてみた。

「ある歌い手の同じ曲で、若い時に歌った音と、晩年に歌った音を聴き比べてみると、別人が歌っているのではないかと思うくらい違う印象を受けることがあるんです。それだけ、表現は変化していくもので、listudeのスピーカーはそれを知ることができるんです」

日々なにげなく聴く音楽から、意識せずとも、ミュージシャンたちの表現をそのまま受け取ることができる。それこそが真の上質であり、贅沢なのだろう。