ヴィム・ヴェンダースがプロデュースした、幻のアートフィルム『ドリーム・アイランド』復刻を目指した活動がスタート

  • 文:中島良平
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東京で撮影され、1993年発売の『夢の涯てまでも』レーザーディスクに収録された幻のアートフィルム『ドリーム・アイランド』

『PERFECT DAYS』や『アンゼルム“傷ついた世界”の芸術家』で近年改めて注目されているヴィム・ヴェンダースが、1991年に制作した『夢の涯てまでも』という作品がある。その関連作品で、1993年に発売された『夢の涯てまでも』のレーザーディスクに特典映像として収録された幻のアートフィルム『ドリーム・アイランド』をデジタルリマスターして復刻すべく、クラウドファンディングが開始した。

写真素材/『夢の涯てまでも』のレーザーディスクと『ドリーム・アイランド』クレジット.jpg
『ドリーム・アイランド』で監督を務めたのは、『夢の涯てまでも』でHDTVデザインに携わったショーン・ノートン。

30年を経て完成させた「究極のロードムービー」

9カ国21都市で撮影が行われ、壮大な長編の「究極のロードムービー」として完成する予定だった『夢の涯てまでも』だが、配給会社のワーナー・ブラザーズからの要求で2時間半程度に編集することを余儀なくされた。作品としての評価は低く、興行的にも失敗に終わったこの映画の公開後、ヴェンダースは失意のときを過ごしていたと同作でアソシエイト・プロデューサーを務めた御影雅良は語っている。

そして2020年1月、映画界から離れ、時間の経った御影のもとにヴェンダースから1通のメールが届いた。

「30年が過ぎ去った。以来、私は再び『ドリーム・アイランド』を見ることができなかった。私は何ひとつコピーを持っていない…。ところで、『夢の涯てまでも』のディレクターズカット版ブルーレイを送ろうか? ついに30年を経て、やっと私が意図したかたちの映画をリリースできた—ヴィム・ヴェンダース」

2019年、公開時より100分以上長い288分の尺で再編集したディレクターズ・カット版をリリースした。撮影当時に想定した尺で編集された同作は高く評価され、『パリ・テキサス』をはじめとする数々のロードムービーを手がけたヴェンダースの手腕に再び注目が集まるきっかけとなった。ヴェンダースから『夢の涯てまでも ディレクターズ・カット版』のブルーレイを受け取った御影は、手元にあった『ドリーム・アイランド』のVHSをヴェンダースに送った。

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『ドリーム・アイランド』劇中のヴィム・ヴェンダース

『ドリーム・アイランド』とは?

『夢の涯てまでも』が撮影された当時、NHKには世界最先端のハイヴィジョン映像技術があった。アナログからデジタルへの変換によって“夢のシークエンス”の制作を模索していたヴィム・ヴェンダースは、東京・渋谷のNHKの編集室で作業を行った。そのときに生まれた幻影的なデジタル画面にヴェンダースと御影は魅了され、日本の印刷技術を駆使し、ハイヴィジョンの画素を印刷の写真製版へと展開を試みた。「エレクトロニク・ペインティング」と名付けて作品化に成功したように、新しい表現を常に探ってきたヴェンダースにとってこのアナログからデジタルへの変換作業は重要な意味を持つことになった。

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2024年2月、中目黒のN&A Art SITEで『ヴィム・ヴェンダースの透明なまなざし』展を開催。エレクトロニク・ペインティング作品の数々が展示された。撮影:筆者

NHKでの編集作業の結果、“夢のシークエンス”の素材は100分に及ぶものとなった。そこから厳選したシーンをヴェンダースが自ら編集し、自身が12歳のときに撮影した8mmフィルムを組み合わせ、さらに東京を舞台にドラマを撮影して完成させたのが『ドリーム・アイランド』だ。ヴェンダースは御影とともにプロデューサーを務め、自ら出演し、ナレーションも手がけた。東京に暮らすひとりの女性(ふみ)、街の音をDATで拾い集める男(ダットマン)、ヴェンダース演じる観察者(ウォッチャー)を名乗る男と少年(大ちゃん)が登場し、夢の不思議な交錯が描かれる実験的な作品が完成した。  

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『ドリーム・アイランド』より。

デジタイズ費用の確保を目指して

『ドリーム・アイランド』で撮影監督を務め、2013年に他界した仲田能也の娘である仲田早織は、幼い頃に父親が何度もこの作品を見ていたと話す。そして2023年、ヴェンダースは再び東京を舞台に『PERFECT DAYS』を制作。上映を待ち侘びた仲田は、東京の下町の風景や夢が象徴的に描かれているこの作品を見て、『ドリーム・アイランド』の記憶が蘇ったという。

「ヴェンダースが『夢』をどのように捉えているのか気になって仕方がなくなりました。さらに『ドリーム・アイランド』ではどのように『夢』が描かれていたのか、そして今は亡き父がどのような気持ちで『ドリーム・アイランド』と向き合っていたのかを知りたくなったのです」

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左から仲田早織と両親、ヴィム・ヴェンダース、映画に出演した2人の兄、同じく出演したスー・ダック・リー。

2024年3月に東京都美術館で行われた『夢の涯てまでも ディレクターズ・カット版』の上映に足を運び、トークショーを行った御影に直接アプローチした。DVDのコピーを御影から借り、自宅で見たときに確信した。「ヴェンダースが思い入れのある東京で生まれた私たちが後世に残し、世界に発信しなければならない作品だ」と。

しかしDVDのコピーは画質も悪く、残すためにはオリジナルテープのリマスタリングが必要だ。御影と仲田は話し合いを重ね、『ドリーム・アイランド』デジタルリマスター製作委員会を立ち上げた。失われたと思われていたハイヴィジョンのオリジナルテープと16mmフィルムが、天王洲の倉庫で奇跡的に見つかった。保存状態は良好だったが、デジタイズしなければ見ることも編集することもできない。

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倉庫で見つかったオリジナルテープ

そこでデジタイズ費用を確保するために、クラウドファンディングを実施することにした。目標額に到達した暁には、海外の映画祭での上映にチャレンジするほか、Blu-rayでの発売を見込み、カップリングするドキュメンタリー映像の制作も計画している。ヴェンダースや御影に当時を振り返ってもらい、デジタル黎明期に感じた映像の可能性についてカメラに向かって話してもらえたら、『ドリーム・アイランド』を復刻させる意義がさらに高まるはずだ。クラウドファンディングの詳細と『ドリーム・アイランド』の予告編は、以下のリンクから確認してほしい。

ヴィム・ヴェンダース出演!
未公開作品『ドリーム・アイランド』をデジタルリマスターし、世界に届けたい!

https://motion-gallery.net/projects/DreamIsland