
金沢21世紀美術館の開館20周年を記念して企画され、3月16日まで開催中の『すべてのものとダンスを踊って—共感のエコロジー』。館長の長谷川祐子が企画し、イタリアの哲学者であるエマヌエーレ・コッチャ、金沢21世紀美術館の学芸員である池田あゆみ、本橋仁と共同でキュレーションしたこの大規模な企画展は、同館の年間テーマとして掲げた「新しいエコロジー」という言葉も大きく関係する内容となっている。
生物の生態を研究し、気候なども含む自然環境との影響関係について研究する生態学としてのエコロジー。その学問領域はやがて広がり、経済や文化といった条件も含まれるようになっていった。
そして「新しいエコロジー」。現代において、人間心理や情報技術の進歩も含め、改めてエコロジーを考え直す必要があるのではないか。そうした意識から設定されたのがこのテーマだ。「新しい」と付くとポジティブなものを想像しがちだが、ニュートラルな視点で現在の状況を見る必要があるという考えに基づいて生まれたテーマだと長谷川は説明する。
「人間が自然に侵入してしまい、純粋な自然が残っていないと言える状況があったり、私たちがリアルと感じている社会が情報技術に乗っ取られていたり、あるいは戦争も続いていて分断が世界各地で生まれていたりするなど、現代社会には対処すべきさまざまな問題があります。
情報をどれだけ集め、データ解析を行ったとしても、世界に生まれている分断が簡単に修復されるわけではありません。五感を駆使して感性や想像力を豊かにするセンソリーラーニングという学びがありますが、アートはまさにそうした学びのひとつであり、つながりを求めて解決策を目指すうえで重要なものとなってきます」

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伝達のツールとしての絵画
10年以上にわたり、世界各地に足を運び、エコロジーの調査を続けてきたという長谷川。世界10以上の国と地域から、60組におよぶアーティストが参加する『すべてのものとダンスを踊って—共感のエコロジー』の企画は、エコロジーにまつわる多様な要素を書き出し、それらの関係性を再認識することで形になっていったことが展示冒頭のダイアグラムから見て取れる。

「私のなかでまず展示におけるマストでマンダトリーな要素として考えたのが、アマゾンの人々の表現です。彼らの言語には、『自然』という言葉がないんですね。あらゆるものを『ヒューマン』と言い表すんです。人もバナナの木もジャガーも、みんなヒューマンなんです。それぞれが知覚力を備えた存在で、平等に捉えられている。『新しいエコロジー』を考えるうえで、すごく大切な視点がそこにあるように考えたので、彼らのドローイングを展示することを最初に決めました」
シャーマンが見ている世界を視覚化することで、自分たちの世界観を共有する。原初的な伝達のツールとして絵を用いることはアマゾンの人々に限らず、イヌイットやアフリカ先住民のドローイングやペインティングにも通じるものだ。



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共感、共生、共鳴を感じるダンス
ダイアグラムの中心に位置し、展示タイトルにも使用されている「ダンス」という語にはどのような意図が込められているのだろうか。言葉や記号を介した理解や、情報技術の発達による対象物への擬似的な接近、といったものと対極に位置するのが先述のセンサリー・ラーニングであり、「ダンス」にも理解とは異なる種類のつながりを生み出す機能がある。
「人間が二足歩行を始めてから言語を発明して使い始めるまでに、数百万年の時間がかかりました。その間に人間がどのようなコミュニケーションをとり、お互いを守っていたのかについては色々な仮説があります。目を合わせたり、手を合わせたり、あるいはリズムを合わせたりしていたのではないかと。ダンスと私たちが呼ぶ方法が非常に重要だったはずだと、京都大学の元総長で霊長類学研究をされている山極寿一先生がおっしゃっていて、今回の展示コンセプトを考える大きなヒントになりました」

ダイアグラムに記された4つのテーマは、「物質の転移」「物質の魔術」「自然×ヒト」「自然の翻訳」。展示室で最初に出会うのが、フランスの作家エヴァ・ジョスパンがダンボールで手がけた彫刻作品だ。「最初に来場者の皆さまに驚きを与え、マジカルな世界に導入したい」という意図が込められている。「物質の魔術」のようであり、作家による「自然の翻訳」のようでもあるように、4つのテーマの要素が関わり合いながら形になった作品が60点ほど並ぶ展示は、圧巻の見応えだ。



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時空を超えて通じ合う「生」
展示室を大きく使った作品があれば、空間内で呼応し合うようにテーマを共有して展示された作品もある。「展覧会におけるキュレーターの役割は、関係や解釈を提示すること」だと長谷川は話す。


「グループショーにすることで、作品を単独で見た場合とは異なる見え方が生まれてきます。新たな解釈が生まれるきっかけにもなりますし、来場者の方が思いもよらなかった感想を持ち帰っていただけるかもしれない。作品が集まった空間に身を置いて、その一部となり、作品と一緒に連動していくリズムのようなものを感じ取っていただきたいです。
そうした感性や想像力、共感力というのが非常に重要です。それがなくなってしまったら、人類は完全にAIに使われる身となり、効率化されて行き着くところまで行った資本主義のスキームに完全に飲み込まれてしまうと思っています」


冒頭で紹介した神明宮の樹齢1000年の大ケヤキの脈動を視覚したの作品《Talking God》や、シャーマンの見ている世界を視覚化したジョゼッカ・ヤノマミのドローイング。あるいは、AKI INOMATAがビーバーの生態に着目した《彫刻のつくりかた》や、タイムエンジンによって時間旅行を経て生み出したバーチャル彫刻を物質彫刻にしたビシャル・ロハスの《想像力の果てI》。多様な作品が並ぶ本展では、時空も有機/無機の境界も超えてあらゆる「生」の愛おしさに思いを馳せたくなってくるに違いない。
「植物も生物も問わず、あらゆる命が紡がれている様子が見えてきて、パラメーターもビジョンも異なる生態に想像力が広がる。それが大事なんだと思います。私はいま、アートの役割は命について考えることに尽きると思っています。戦争の時代ですし、環境も汚染されて多くが犠牲になっていますが、あなたもそうした世界の一部なんです、と伝えてくれるのがアートであり、私がこの展覧会を通して伝えたかったことです」
『すべてのものとダンスを踊って—共感のエコロジー』
開催期間:〜2025年3月16日(日)
開催場所:金沢21世紀美術館
石川県金沢市広坂1-2-1
開場時間:10時〜18時
※金、土曜は20時まで
※観覧券販売は閉館の30分前まで
休館日:月
入場料:一般¥1,400
※同時開催中の「コレクション展」も鑑賞可
https://www.kanazawa21.jp