【インタビュー】森美術館で開催中の『マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート』展で注目される2組のアーティスト

  • 文:久保寺潤子 写真:上澤友香
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「テクノロジーは新しい種類のアートをもたらしてくれる」と話すキム・アヨン。

現在、森美術館で開催中の『マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート』展。ゲームエンジンやAI、仮想現実(VR)などを取り入れた現代アート約50点が世界中から集結している。注目すべきは、アーティストたちは新しい手法を採用しながらも、その根元に普遍的な死生観や生命、倫理とテクノロジーの問題、環境問題、多様性といった課題を抱えている点だ。開催に際して来日したアーティストの中から、2人の作家にインタビューした。

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ソウルを拠点に活躍する映像作家・キム・アヨン

一人目に登場するのは2023年、メディアアートの世界的登竜門であるアルス・エレクトロニカ賞ニュー・アニメーション・アート部門でグランプリを獲得したキム・アヨン。地政学、神話、テクノロジー、未来的な図像が融合したスペキュラティブ・フィクションと呼ばれる物語をもとに、ビデオ、VR、ゲーム、シミュレーションなどを制作する注目のアーティストだ。

――『デリバリー・ダンサーズ・スフィア』はコロナ禍で生まれた作品だそうですね。

キム 3年間もの間、ソウルのスタジオに閉じ込められていた時に、毎日デリバリーアプリを使って配達を頼んでいました。ドライバーは毎日ドアの前に食べ物を置いてくれるんですが、一度も接触せず会うこともなかった。行動制限をかけられた街はガランとしているのに彼らだけは活発に動いている。そんなドライバーの仕事に興味を抱き、ある女性ライダーにインタビューすることにしました。彼女は親切にも私をバイクの後ろに乗せてデリバリー先に連れて行ってくれたんです。そこで発見したのは、彼女の現実感覚というのは複数の階層で成り立っているということでした。バイクを運転しながら道路の状況を把握し、ひっきりなしに鳴る電話やアプリのアラームに対して瞬時に判断を下す。彼女の焦点は複数の階層に分かれていてそれを見た瞬間、人間は複数のレイヤーによって構成されているという発見につながったのです。

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アートはこの世界と相互作用するための手段

――キムさんの作品の特徴であるスペキュラティブ・フィクションには、現代が抱えるさまざまな問題が内包されています。


キム
 この作品を制作するにあたって、ものすごくたくさんのリソースを読み漁りました。サイエンスフィクションやマンガ、世界中のフューチャリズム(未来主義)から影響を受けています。フューチャリズムというのは単なる想像ではなく、現在置かれている生活の状態や人生に対して問いを投げかけるものです。未来を描いているように見えますが、フューチャリズムとは過去との和解だと思います。多くの国では近代化の過程で悲しい歴史があり、今でも物議を醸す場面に遭遇します。フューチャリズムの根底には、辛い過去を受け入れて自分自身を理解したいという思いがあるのです。私はそれを想像力のためにチャージしています。

 

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最短距離、最短時間のデリバリーに挑む女性配達員ーが、迷路のような配達経路を移動する。キム・アヨン『デリバリー・ダンサーズ・スフィア』2022年

――テクノロジーとクリエイションの共存についてはどのようにお考えですか?


キム 
技術は新しい種類のアートをもたらしてくれます。技術によってアートはよりクリエイティブに、より直感的になると思います。『デリバリー・ダンサーズ・スフィア』ではゲームエンジンや3Dスキャナ、モーションキャプチャなどを使っていますが、同時に俳優さんたちの演技を撮影するという従来の映像制作の方法も取り入れています。あらゆるメディアを駆使してそれを衝突させるのが楽しい。現在続編もつくっていてるのですが、これは生成AIを取り入れています。とにかく変化が早いので新しい技術ができたら試してみて、そこに固有の価値を見つけることを繰り返しています。楽しくもあり苦労もありますよ。


――社会におけるアーティストの役割はどんなものでしょうか。


キム
 ひとつの作品で世界を変えることはできないけれど、私の作品が何人かの鑑賞者の記憶に残り、つながりを持つことができたらそれは驚くべきことだと思います。私は自分の内面を表現したいのであって、壮大な提案があるわけではありません。アートとはこの世界と相互作用するための手段だと思っています。それによって少しでも鑑賞者が興味深いと感じてくれれば最高ですね。

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映像作品の隣の部屋には、等身大の主人公のフィギュアが展示されている。

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デジタルアート界のトップランナー、ビープル

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約2mの高さの立体に映し出される映像は、毎日更新される。ビープル『ヒューマン・ワン』2021年

展覧会のスタートを飾るのは、デジタル空間・メタバースで生まれた最初の人間『ヒューマン・ワン』だ。手掛けたのはNFT作品『エブリデイズ:最初の5000日』(2021年)が記録的高値で落札され、大きな話題となったアメリカのデジタル・アーティスト、ビープル。17年以上にわたり作品をオンライン投稿しているトップランナーに話を聞いた。

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ビープル(本名:マイク・ウィンケルマン)いわく、「AIはあくまでもツール。そこに人間の意図があるからアートになる」。

――今回の展示作品『ヒューマン・ワン』はNFTを立体的に表現したものとなりましたが、どのような意図があったのでしょうか。

ビープル よく質問されるのが「なぜ人はNFTを買うのか?」というもの。この質問に答えないで済むためにフィジカルな表現方法を取り入れたんだ。もう一つの理由は、美術館での展示ということを意識したから。僕らは物理的な世界に住んでいるけれど、毎日携帯電話に埋もれてバーチャルな世界にどっぷり浸かっている。これからはアートもリアルとバーチャルふたつの世界を融合したものに変わっていくだろうという思いから、この作品を制作したんだ。

――展示場所に合わせてその都度新しい作品を考案されていますね。

ビープル その通り。この作品をつくり始めたのは4年前だけど、どんどん変化を遂げている。今回のチャプターは森美術館を意識して背景にアニメを取り入れました。意識したのは明るく幸せな世界を描いた背景と、歩くのも精一杯なボロボロになった人間とのコントラスト。今後もこの作品を所蔵しているコレクターとの新しい関係を築きながらどんどん進化すると思う。デジタルアートのポテンシャルをダイナミックに示しているのがこの作品の面白いところだね。

インスピレーションを与え、表現の可能性を広げるAI

――2024年に発表されたExponential Growthでは、20億通りの植物の景観を生成できるモデルが組み込まれているとのことですが、自然の摂理もAIで再現できるのでしょうか。

ビープル とにかくテクノロジーは急速に進化しているので2〜3年先を予測するのも不可能な状態です。そして現実世界をシミュレーションするAI技術がどんどん改良されるのは間違いない。個人的にはAIを使って近道をしようとか、作業を減らそうという考えはないんだ。AIは人類が開発した最も人間らしいツール。それは僕たちにインスピレーションを与え、表現のための能力を広げてくれるものだと思っている。

――AIは人間のクリエイティビティを超えるものではないと考えますか?

ビープル 微妙なところだね。たとえば映像制作とかデジタル制作はこれまでクリエイティブな作業と思われていたけれど、マシンに置き換えられる部分もある。これまでの人間の領域を破壊する場面もあるけれど、すべての人間の想像力を排除するものではないと思うよ。大事なのは僕たちがどうやってそれを活用し、人間のできることをいかにして増やすかを考えることじゃないかな。

――NFTアートの名前を世に知らしめた『エブリデイズ』では、2007年から毎日制作を続けていますが、コツコツつくり続けることの意義はなんでしょう?

ビープル 上手くなりたいからです。制作の技術を向上させたいし、もっと絵もうまく描けるようになりたい。このプロジェクトにおける最大の学びは、僕に期限を与えてくれたこと。人間はアイディアが不足しているのではなく、期限が不足しているんだと思う。毎日デッドラインを設けてコツコツやれば必ずなにかが生まれてくる。実際デッドラインがあることで、アイデアの量も増えたし、技術力も磨かれたからね。このまま残りの人生をすべて作品に賭けるつもりだよ。

――アーティストが社会で果たす役割はどんなものとお考えですか?

ビープル ある一定の考え方を示したり説得する役割を担っているアーティストもいるけれど、僕にとってそれはプロパガンダでしかない。アーティストの役割はいままでに見たことのないものを提示することだと思っている。大事なのは答えることではなく、質問をすること。『ヒューマン・ワン』は完成された絵ではなく、進化するソフトウェアのようなもの。最近は音声機能も加えたので、人の問いにも答えるようになるかもしれない。デジタルアートのダイナミックな進化を想像するとワクワクするよ。

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同時代を生きる、世界のアーティストが続々登場

『マシン・ラブ』展では現代アートに限らず、デザイン、ゲーム、AI研究の領域で高く評価されているアーティスト、クリエイター12組が、生物学、地質学、哲学、音楽、ダンス、プログラミングなどの領域とのコラボレーションを通して制作した作品が紹介される。世界的なメディアアート賞を受賞して高く評価されているルー・ヤンやシャウ・ジャウェイ、ケイト・クロフォード✖︎ヴラダン・ヨレル、デジタルとリアルが融合した世界を表現するアニカ・イやアドリアン・ビシャル・ロハス、藤倉麻子、ヤコブ・クスク・ステンセン、AIキャラクターとの対話に挑戦できる作品を出展したディムートなど、マシン時代を体感できる展示内容となっている。AIの発達した未来に何を思い描くのか? それは鑑賞者一人ひとりに委ねられている。

 

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作家自身のアバターが、仏教世界のさまざまな次元を旅しながら「生と死」について問いかける。ルー・ヤン(陸揚)『独生独死-自我』2022年

 

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台湾の政治や産業の歴史を掘り下げ、地質学的スケールにまで拡大させた作品。シュウ・ジャウェイ(許家維)『シリコン・セレナーデ』2024年

『マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート』

開催期間:開催中〜2025年6月8日(日)
開催場所:森美術館
東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53F
www.mori.art.museum