
『正欲』や『あゝ、荒野』を手がけた岸善幸監督が、宮藤官九郎と初タッグを組み、楡周平の同名小説を映画化した『サンセット・サンライズ』。東京の大企業に勤める釣り好きの西尾晋作は、新型コロナウイルスのパンデミックによるリモートワークをきっかけに、宮城県南三陸の4LDK家賃6万円の物件に一目ぼれし、移住を決意。西尾晋作と一癖も二癖もある地元民との交流を描いたヒューマンコメディだ。岸監督とは『あゝ、荒野』以来7年ぶり、3度目のタッグとなる主演の菅田将暉をはじめ、井上真央、中村雅俊、三宅健、池脇千鶴、竹原ピストル、小日向文世など魅力的な役者陣が揃った。
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――震災、コロナ禍、移住、空き家問題…、本作にはさまざまな見どころがありますが、監督はどういう思いでこの作品に取り組まれたのでしょうか。
楡周平さんの原作は、コロナ禍の真っただ中、東京から三陸へ移住した釣り好きな主人公が、震災後を生きる人々と出会い、過疎、空き家問題など社会が抱える課題と直面しながら自分を見つめ直していく人間ドラマ、ラブストーリーです。そこに、宮藤さんがオリジナルの要素を加え、離れ業と言っていいぐらいの見事な脚本に仕立ててくれました。僕が大事にしようと思ったのは、コミュニケーションの大切さです。人と人とが触れ合うときには衝突が起きることもあると思うんですけど、触れ合わない限り新しい何かは生まれない。作品の重要なところになる震災後の描き方でも、震災後を切り拓いていくために、人と人が出会うことが大切だと思ってつくりました。
――本作では、いつも以上に編集に時間を要したと伺いました。
現場では、役者の皆さんのお芝居を見てただただ笑い転げていました。編集作業は、現場で笑った感覚を思い出しながら、繋いでいきました。でも、現場であんなに笑ったシーンが笑えなくなることもあって、何度か繋ぎ直すという音を繰り返したので、どうしても時間がかかる作業になりました。
――現場で苦労した点などはありましたか?印象的なエピソードがあったら教えてください。
初のヒューマン・コメディ作品ということもあり、演出について、今までの作品以上に考えることが多くて、悩みながら現場に入りました。でも、今回僕の作品で三度目の出演となる菅田さんが座長だったので、とても心強かった。後になって聞いたのですが、菅田さんは休憩時間とか撮影の合間に他の役者さんに「岸組の撮影スタイル」を伝授してくれていたそうで(笑)。もう、影のプロデューサというか、芝居以外でもとても助けてもらっていたんだなあと実感しています。
――岸組の撮影スタイル…!具体的にどのようなものか可能な範囲で教えてください。
僕の組の撮影スタイルは、現場で簡単に段取りを済ませたらテストはやらずに回し始めるんです。各テイク、シーンの初めから終わりまで、誰かがセリフを間違えても止めることはしません。とにかく最後まで撮影を続ける。それで、間髪置かずに、アングルを変えたいくつかのテイクをまたシーンのアタマから終わりまで撮影します。自分としては、役者の皆さんが芝居に慣れないというか、まだ緊張感の残ったところの芝居を撮りたいと思っていて、こんな撮影スタイルになりました。ただ、毎作この撮り方をしていると初めて参加する役者さんには戸惑う人もいるので、説明に時間がかかったりするんです。でも、今回は菅田さんのおかげで、全くそういうことがなくとてもスムーズに進みました。菅田さんは、僕の最初の映画『二重生活』から、この撮影スタイルを気に入って面白がってくれていたのでそれもあって、他の役者に撮影スタイルを説明してくれたんだと思います。皆さんの面白い芝居も撮れて、感謝しかないですね。
――今回、菅田さんとの3度目のタッグで新たな発見はありましたか?
菅田さんとの撮影は毎日刺激的でした。予測不能というか、いつも僕の想像を超えてきます。今回は、台詞の言い方だけでなく、コメディということもあって、リアクションのフォルムとか、全身を使って表現してくるんですよね。それが実におかしい。あらためて菅田将暉の表現力に驚かされました。
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――主演の菅田さんをはじめ、井上真央さん、中村雅俊さん、三宅健さん、池脇千鶴さんなど、魅力的なキャスト陣ですが、現場の様子はいかがでしたか?
出演者もスタッフも、本当に仲が良くて、それぞれがいろんなことを語り合っていた現場でした。芝居のこととか、撮影場所だった被災地の気仙沼や大船渡のこととか。井上さんは現地の人たちとも気さくに会話してましたし、中村さんは女川出身で、懐かしそうに子どもの頃の話を聞かせてくれて。特に印象的だったのが、祈る会の4人ですね。痺れる歌声を聴かせてくれたピストルさん、田舎のヤンキータケを演じた三宅さん。山本さんと好井さんが加わったこの4人のおじさんたちは、とにかく熱かったです。毎日撮影が終わると、一緒にご飯を食べて、一緒にサウナに入っていたそうで、そういう時間を過ごしてもらったことで、作品になんとも味わい深いコンビネーションが生まれたと思います。
――現場は熱かったんですね。中でも印象に残ったのはどのようなシーンですか?
シーンではないですが、三宅さんが方言指導の方のそばで熱心に方言を練習していたのが印象的でした。宮藤さんが書いた台詞のほかにも、感情が昂ぶった時の方言とか言い回し、訛り方まで。アドリブに備えた勉強だったんですよね。その努力も凄かったですけど、アイドルですからね、カメラを向けた時の一挙手一投足が様になる。以前『前科者』という作品で、森田剛さんにも感じたのですが、「用意スタート!」をかけた瞬間の、役に入るスイッチの入れ方、アプローチが素晴らしかったです。

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――60歳という節目ですが、岸監督の今後の展望について教えてください。
映画は時代を超えて残り続ける可能性がある。永遠に登場人物たちが画面の中で生き続けてたくさんの人の目に届く、面白いメディアだと思います。僕は監督デビューが52歳で遅かったので、これから先、あと何本作れるか、いろいろ考えているところです。まずはジャンルとか、題材に拘らず、一つ一つ大切に作品に向き合っていこうと思います。頑張らないとなあ (笑)
『サンセット・サンライズ』
脚本/宮藤官九郎 監督/岸善幸
出演/菅田将暉、井上真央、中村雅俊、三宅健、池脇千鶴、小日向文世ほか
配給/ワーナー・ブラザース映画
1月17日(金)より全国で公開中
Ⓒ楡周平/講談社Ⓒ2024「サンセット・サンライズ」製作委員会