〈東京都豊島区〉
妙法湯
「イノベーション」という言葉が日本の経済白書に初めて記載されたのは1958 年。当時は「技術革新」と訳された。しかしそれは解釈の一部。新しいアイデアから社会にとって意義ある価値を創造し、よりよき未来へ導くことこそイノベーションなのだ。
銭湯は懐古的な部分に注目が集まりがちだが、まさにイノベーションを体現する湯がある。東京豊島区の「妙法湯」だ。創業80年の銭湯を5年前に大改築。軟水炭酸シルキー風呂やミクロバイブラ風呂、リファのシャワーヘッドまで備えた最先端に生まれ変わったが、ポイントはそこではない。
三代目店主の柳澤幸彦さんは、地域の福祉をサポートする民生委員を務めていた時、通学できない子どもが集まるサロンを開催し、妙法湯を人と人がつながるみんなの居場所として開放した。そんな彼が定期的に実施しているのが、フランスのタラソテラピー(海洋療法)をヒントに始めた「こんぶ湯」。昆布は大量のCO2を吸収する上、海洋中の微細なマイクロプラスチックを捕獲する地球環境の味方。神奈川で収穫された新鮮な昆布を仕入れ綺麗に洗って、浴槽に投入する。柳澤さんは、こんぶ湯づくりを地域の子どもと一緒に環境学習の一環として行っているのだ。湯に浸かるとぬめりが肌に心地よい。と同時にほのかに出汁の香りがして不思議な気持ちになる。そして、いままで興味のなかった昆布の力を想像する。浸かることで環境を考えさせる銭湯は、紛れもなくイノベーションなのである。
※この記事はPen 2024年11月号より再編集した記事です。