ジャガー・ルクルトの新作「デュオメトル」に目を見張った時計愛好家も少なくないだろう。独自の複雑機構もさることながら、さらに洗練を増したデザインがエレガントな一体感を醸し出す。まさに才色兼備。このスイス時計を代表するマニュファクチュールを率いてきたCEOのカトリーヌ・レニエが9月30日をもって退任する。着任した6年を振り返り、メゾンを語るラストインタビューをお届けする。
6年の歩みを経て実感した、グランメゾンとしての強さ
世界に冠たるスイス時計のなかでもジャガー・ルクルトは真のマニュファクチュールと讃えられる。伝統と革新、技術と美学が織りなす独自のウォッチメイキングは唯一無二の存在だ。そこにエモーショナルという新たな息吹をもたらしたのがカトリーヌ・レニエである。CEOとして向き合ってきた愛すべきメゾンについて語り始めた。
「この6年を通してメゾンはとても強くなってきていると感じます。長い歴史を誇るマニュファクチュールであり、伝統的な技術はもちろん、革新性や創造性においても非常に力を持っています。そのことがハイコンプリケーションやレベルソによって表現され、たゆまなく発表し続けていることに非常に誇りを持っています。さらにウォッチメイキングばかりでなく、アートイベントやクリエイターとのコラボレーションを通してメッセージを広く発信し、その確かな手応えも感じています。それはブランドの未来への道筋を描き、私が特に強さを実感する理由なのです」
ブランド哲学の根底としてまず挙げるのは、勤勉さとチームワークだ。
「チームが一体となって勤勉に励むという姿勢がメゾンのスピリットであり、そのコアにある革新性と創造性が成功へと導いていきます。しかもジュウ渓谷というスイス時計製造の聖地とも言える中心地で、先人から受け継ぎ、続けてきたことがいまのブランドをかたちづくっています」
そしてマニファクチュールに欠かせない3つの要素として、アイデンティティとコラボレーション(協業)とイノベーションがあると言葉を続ける。
「ジャガー・ルクルトは191年の歴史を持ち、創業地でいまも事業を続ける唯一のアイデンティティがあります。それは従業員やチームに自分たちがそこに属しているという強い誇りや熱意をもたらしています。そしてコラボレーションという点では、創業者アントワーヌ・ルクルトが当時分散していた小さな時計工房を一ヶ所に集約した歴史があります。これによってコミュニケーションが増し、生産効率や品質向上にも繋がりました。アントワーヌは発明家でもあり、測定器『ミリオノメーター』やピニオン製造の工作機械を自作し、精度の向上と平衡化というイノベーションを実現したのです。こうした長い歴史に培われたアイデンティティがあり、多彩な技術とノウハウが一ヶ所に集積しているコラボレーションと、それがもたらすイノベーションが相まって機能するのがマニュファクチュールの理想的な姿なのでしょう」
そう言ってレニエはこれまでの6年を懐かしむように優しく微笑む。
貴重な発明製品や歴史的なタイムピースも展示されている。上左:1844年にアントワーヌ・ルクルトが発明した「ミリオノメーター」。ミクロン単位を測定できる史上初の計器で、これにより正確な時計部品の製造が可能となった。 上右:1907年に発表された、厚さ1.38mmという、現在でも世界最薄の懐中時計用ムーブメント「Cal. 145」。 下:気温の変化により、混合ガスの収縮・拡張をエネルギーとして駆動する「アトモス・クロック」。マニュファクチュールに展示された過去のアーカイブピースが一堂に揃うさまは圧巻だ。
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時計における芸術の側面にアプローチする、アーティストとのコラボレーション
レニエは、かつてジュエリー系ウォッチメゾンに在籍したキャリアを生かし、ジャガー・ルクルトに時代の感性を吹き込んだ。アートやカルチャーとの関わりを通してブランドの真価をより広く一般に伝えたのだ。「メイド・オブ・メーカーズ」もそのひとつ。時代を代表する各界のクリエイターと互いの価値観やクリエイティビティを共有し、ブランドの目指す方向性を示唆する。
「これまでも世界的な音楽祭や映画祭とのつながりは深かったのですが、2022年から始動した『メイド・オブ・メーカーズ』では、さまざまな分野のアーティスト、デザイナー、職人たちとのコミュニティを深めています。取り組みを始めた理由として、まず従来の時計についてのメッセージは変わるべきだと考えました。かつては機能性という道具のイメージが強かったのですが、今日では時刻を知るというよりもアートとしての側面が高まっているのではないでしょうか。人生における記念すべき瞬間を刻み、記憶や気持ちの高まり、エモーションを表現するアイテムとしての要素が時計に求められています。その視点に立ったコミュニケーションをより多くの人にアプローチをするためにも、アーティストとのコラボレーションは増えています」
ミシュラン2つ星シェフ、ヒマンシュ・サイニ。ジュウ渓谷の食材とインド料理の伝統からかつてないモダンガストロミーが生まれる。
コラボレートするアーティストの人選にも、自分たちが目指しているその時々のストーリーをどう伝えるかを重視してきたという。
「アーティストそれぞれのスタイル、キャラクター、作風が私たちとどうマッチするか。それが伝統的であろうが先進的であろうが、年齢もあまり気にしていません。欠かせないのはその人間性や情熱であり、私たちのブランドに対して情熱を持ってもらえるかも非常に大事です。そのため本人をマニファクチュールに招き、ブランドへの理解を深めた上で彼ら独特の方法で表現してもらうことがコラボレーションする意味であり、そこで生まれる新たな表現が広く伝わっていくことこそが大きな目的なのです」
韓国のデジタルメディアアーティスト、イーユン・カンは、レベルソのデザインを司る黄金比の起源をインスタレーションで探求する。
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職人技の継承を通して、エレガンスに磨きをかける
文化支援やパートナーシップにおけるもうひとつの大きなテーマになっているのが、伝統的な職人技を維持するクラストマンシップの保護とサポートだ。
「私たちマニュファクチュールの底流にはクラフツマンシップが常にあり、継承していかなければなりません。そのためミケランジェロ財団が主催するホモ・ファベール展の参加をはじめ、若いアーティストたちの育成や保護、サポートに取り組んでいます。過去からの技術を継承し、それを未来につなげていくことは私たちの責任のひとつなのです」
ウォッチメイキングでは、どうしても先進技術に目を配りがちだが、やはり過去をつなげなければその未来も描くことはできない。それはマニュファクチュールとしての責務であり、展望に立ち、方向を差し示すのも歴史ある名門だからこそできることだろう。
「世代に渡って受け継いでいくクラフツマンシップは時計技術だけでなく、エナメルやエングレービングといった装飾技法においても同様です。その中でエナメル職人がエングレービング部門で学ぶような研修も行い、それによって新しい技術が生まれることもあります。社内のトレーニングセンターには外部からのインターシップも迎え入れています。ジュウ渓谷にあるテクニカルスクールとはパートナーシップを結び、20歳以下の若い学生たちを数週間に渡って交換研修する制度を1990年から30年以上続けています。多くの若い人たちに時計業界に興味を持ってもらい、人材育成とそれをさらに広げていく取り組みです」
研ぎ澄まされた職人技で装飾された時計は、美しさとともにその価値は時代を超越する。クラシックからモダンへ。まさに時を刻み続けるエレガンスだ。
「エレガンスとはシンプリシティの究極の表現だと思います。レベルソを例にとってみると、一見とてもシンプルで、洗練されたラインには過剰な装飾はありません。でもそこには歴史やストーリー、複雑な技術や装飾を秘めています。デザインをオーバーに表現せず、むしろ慎み深さこそがエレガンスではないでしょうか。こうしたエレガンスやアーティスティックなセンスは今後より大切になると思います。それをテクニカルなノウハウとどのようにマッチさせていくか。タイムレスなデザインを創出していく上でも、エレガンスであり、アーティスティックなクリエイティビティは必要だと思います」
レニエの在籍した6年はブランドばかりでなく、スイス時計においても激動の時だった。柔和な表情から伝わってくるのは、これを指揮した自信と今後も揺らぐことなく進み続けるであろうマニュファクチュールへの期待だ。たとえブランドを離れてもその慈しみの眼差しは変わらない。
ジャガー・ルクルト
TEL:0120-79-1833
www.jaeger-lecoultre.com