東京のアートギャラリーやオルタナティブスペースが多数参加した「EASTEAST_TOKYO 2023」、2024年の「横浜トリエンナーレ」と立て続けに注目のアートイベントの総合デザインを手掛けてきた気鋭のグラフィックデザイナー・岡﨑真理子。グラフィックデザインの登竜門「JAGDA新人賞2024」を受賞し、さらに活躍の場を広げていこうとしているいま、岡崎のデザインへのアプローチとこれからの展望を聞いた。
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自分自身、そして対象と対話を重ねる
――グラフィックデザインの道に進んだきっかけを教えてください。
もともとは慶應義塾大学のSFC(湘南藤沢キャンパス)で建築を学んでいました。コンセプトを考えたり設計するのは好きだったのですが、想像していたよりも法律などの規制が多く、自分のアイデアをもっと自由にクイックに形にしたいと思い、グラフィックデザインならできるのでは……と、興味を抱くようになりました。ちょうどそのタイミングで、オランダにあるプロダクトデザインで有名なデザイン・アカデミー・アイントホーフェンに通っていた人と友達になったんです。その人からアムステルダムにある美術大学ヘリット・リートフェルト・アカデミーについて教えてもらい、コンセプチュアルなことを学べるこの学校が私にはぴったりだと思い、留学を決意しました。
――ヘリット・リートフェルト・アカデミーではどのようなことを学んだのでしょうか?
在籍したのはグラフィックデザイン学科だったのですが、グラフィックデザインにまつわる直球の課題はほとんどなく、身体を使ったパフォーマンスアートや朗読、テーマに対してメディアを自分が決めて動画や本を作るなど、自由度の高い課題が多くありました。デザインのスキルを習得するというよりは「何に興味があり、何が得意なのか」という自分の個性を見つめ直し、向き合う対象との対話を重ねる環境でした。
――そのような環境の中で、新たに見つけたことはありましたか?
なにかをゼロからつくるよりも、1を100にすることの方が得意だと気付きました。既存のものを組み合わせたり対象が持つ固有の構造やルールを見出し、それに従ってデザインを生み出していく。そこから、対象に内在する構造やルールをもとにデザインする、「編集的で構造的な手法」にたどり着きました。
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心がけるのは、オーダーメイドのデザイン
――その方法にもとづいてつくられた近作はありますか?
2024年6月まで開催していた「横浜トリエンナーレ」の総合デザインです。このイベント自体に魯迅の散文詩からとった『野草』というテーマがあり、そこに着目しました。野草は大地に根を張り、権力などの強い力に対抗する存在です。その開催テーマを体現するようなデザインができないかと考え、関係者へのヒアリングや有識者へのリサーチを重ねました。そうした対話の中から、市井に生きる横浜市民の方々の手描き文字を採集し、メインビジュアルや展示会場にちりばめるアイデアが浮かびあがりました。そして、ただ手描き文字を使うだけでなく、文字が表示される場所や用途に合わせて、手書き文字から世界的に普及する書体――、ある意味で“中央集権的”ともいえる書体へとシームレスに形状が変化する仕掛けも取り入れました。
――独自の書体を制作して、会場やオンラインのビジュアルとして展開しているのですね。書体自体に「民衆/権力」という構造が内在しているのが印象的です。
オリジナルのタイピング可能なフォントををつくったのはこれが初めてでした。書体がシームレスに変化する仕組みは「バリアブルフォント」という技術を使っています。こうした書体の制作には知識やテクニックが必要なので、今回は書体デザイナー/グラフィックデザイナーの山田和寛さんにもアドバイザーとして入ってもらいながらつくりました。とはいえ、手描き文字から既存の書体に形状が変化していく文字をつくるのは書体デザイナーとしてもチャレンジングなことだったようで、方向性を一緒に考えながら半年ほどかけてコツコツと作業を繰り返しました。出来上がった書体は「野草フォント」と呼んでいます。
――展覧会のために書体をつくるというのも、特徴的なアプローチだと思います。どのような姿勢でそういった仕事に向き合うのでしょうか?
ひとつひとつのプロジェクトに対してオーダーメイド的につくる、というポリシーがあるので、仕事の話をいただいてから対象にまつわる本を読んだり有識者へのヒアリングをしたりと、地道なリサーチから始めていきます。ぱっとアイデアが思い浮かんだとしても、横浜トリエンナーレのときのようにいままで試したことのない方法にチャレンジすることも多く、実行に移すときが一番大変になりがちです。でも、隠れていた固有のルールや構造を見出して、自分自身も想像し得ないデザインが生まれるというのは面白いですね。
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見出したルールを自在に使いこなす
――横浜トリエンナーレをはじめ大規模なアートイベントに関わるなど精力的に活動されていますが、そのような仕事に携わるようになったきっかけはありますか?
2021年に京都国立近代美術館と、水戸芸術館で開催された「ピピロッティ・リスト」展(「ピピロッティ・リスト:Your Eye Is My Island -あなたの眼はわたしの島-」)の総合デザインがひとつのきっかけになっています。独立してしばらくは友人の作品集やポスターを作る仕事がメインだったのですが、私が手掛けた写真集を見て、京都国立近代美術館の学芸員の牧口千夏さんがお声がけしてくれました。
ピピロッティさんはビデオアーティストで、ソファや天井に映像を投影したりと、空間的に映像を扱う方なんです。ジェンダーや身体性に切り込むようなメッセージ性もとても強く、彼女の作品のように既成観念を壊すビジュアル制作を念頭におきました。作品や展示の様子を想起させるように、ビデオのキャプチャ画像を切り抜いて、画像同士を立体的にコラージュしました。さらに、整然とした文字組を崩すように手描き風の文字も組み合わせ、タイポグラフィーとイメージ、すべてが既成の枠組みを壊すようなビジュアルに仕上げています。このデザインから現代アートに関わる仕事が増えていきましたね。
――リニューアルを手掛けた文芸誌『文學界』のデザインも印象的ですが、ここにも何か独自のルールはあるのでしょうか?
『文學界』では、表紙にはドローイング、文字、地色の3つの要素があり、そこに一定のルールを設けることにしました。第1号のドローイングで使った黄色が2号では文字の色になり、3号では地色になる、というように自動的に色が決まっていくようなルールの上でデザインをしています。それと、編集部から「シンプルなデザインで、ドローイングを入れたい」というリクエストがあり、アーティストの下山健太郎さんの窓と月をモチーフとした作品を取り入れています。国や時代を超えてさまざまな窓辺で月を見ることが、文学という作品をそれぞれの視点から楽しむこととリンクすると思ったんです。毎回、太いペンやオイルパステル、極細ペンなど、画材を変えながら「月と窓辺」のイラストを描いてもらっています。
――アートイベントから文芸誌まで、多様なグラフィックデザインを手掛けていますね。今後挑戦したいことはありますか?
アート系のお仕事は大好きでこれからも続けていきたいですが、まったく違うジャンルの仕事にも興味がありますね。商品のパッケージデザインやブランドのアートディレクション、企業のブランディングなど、これまで携わることが少なかった新しい領域にも積極的に挑戦していきたいです。
「2024 JAGDA 亀倉雄策賞・新人賞展」
グラフィックデザインの登竜門「JAGDA 新人賞」を岡﨑が受賞した記念に開かれた作品展。ギンザ・グラフィック・ギャラリーにて2024年8月24日まで開催した。国内各地を巡回予定。(photo: Naoki Takehisa)