アントニオ・パッパーノ率いる英国ロイヤル・オペラ最後の来日公演。有終の美を飾るのは『リゴレット』と『トゥーランドット』

  • 文:植田沙羅
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1732年にコヴェント・ガーデンで創立した歴史ある英国ロイヤル・オペラが、5年ぶりに来日公演を行う。足掛け23年にわたり音楽監督を務めてきたアントニオ・パッパーノが、最後にタクトを振ることでも大きな注目を集めるこの公演。掉尾を飾るべく選ばれたのは、神奈川県民ホールとNHKホールで行う『リゴレット』と東京文化会館での『トゥーランドット』だ。

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マントヴァ公爵を美術と女性の蒐集家として表現したミアーズ版の『リゴレット』では、『ウルビーノのヴィーナス』の大きな絵画を背後に置くことで、公爵自身や物語全体のイメージを方向付けている。 photo: Ellie Kurttz / ROH

英国ロイヤル・オペラは、ウィーン国立歌劇場、ミラノ・スカラ座、パリ・オペラ座、メトロポリタン歌劇場と並び世界の五大歌劇場と称される。その歴史はウィーンに次いで2番目に長いが、いま最も勢いのある歌劇場と謳われているのは、2002年の就任以来さまざまなレパートリーに挑み、劇場のポテンシャルを高めてきた指揮者のアントニオ・パッパーノの功績によるものだろう。

ロイヤル・オペラの長い歴史において、パッパーノの音楽監督在任期間は歴代最長。歌劇場に華々しい躍進と栄光をもたらした彼は、今秋からロンドン交響楽団の首席指揮者に就任予定だ。今公演はロイヤル・オペラの音楽監督として最後の大きな公演となるだけに、日本にいながらにしてその瞬間を目の当たりにできるのは、まさに奇跡と言っても過言ではない。

パッパーノが日本のオペラファンのために自信をもって選んだ作品が『リゴレット』と『トゥーランドット』。『リゴレット』は1851年にヴェネツィア・フェニーチェ座にて初演し、ジュゼッペ・ヴェルディの中期の傑作と称される全3幕のオペラだ。ヴィクトル・ユゴーの戯曲『王はお愉しみ』を原作に、人間的苦悩と父性愛がもたらす悲劇を描いている。

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舞台を16世紀の宮廷と断定せずに現代の美術サロンの趣を添えたミアーズの演出によって、衣装なども一部が現代的に。人間の持つ普遍的な感情がよりダイレクトに伝わってくる。そしてリゴレットの「悪魔め、鬼め」やマントヴァ公爵の「女心の歌」やジルダの「慕わしい人の名は」など有名なアリアがある本作では、役の心情を見事に表現する美しい旋律に聞き惚れるだろう。 photo: Helen Murray / ROH

道化師のリゴレットが大切に隠し育ててきた一人娘・ジルダは、横暴で好色な領主・マントヴァ公爵に見初められ凌辱されてしまう。娘を取り戻し復讐を誓うリゴレットだったが、不実な男と知りつつ公爵に恋心を抱くジルダは、自らが身代わりとなって彼を守ろうとする――。登場人物の矛盾をはらんだ複雑な心の動きが、音楽を通して否応なく迫って来るのが本作品の大きな魅力のひとつ。

今回上演されるバージョンは、ロイヤル・オペラで2021年シーズンのオープニングとして初演されたもの。コロナ禍による18カ月の劇場閉鎖を経て、待ちに待った観客たちから万雷の拍手で迎えられた本作は、パッパーノの美しくスリリングな音づくりだけでなく、オペラ芸術監督のオリヴァー・ミアーズが手掛けた新演出も高い評価を得た。

来日公演のリゴレット役には、パリ・オペラ座やウィーン国立歌劇場などでヴェルディのバリトン役を務めてきたエティエンヌ・デュピュイ。そしてアンコールが原則禁止のメトロポリタン歌劇場(MET)で、パヴァロッティ、フローレスに次いでアンコールに応えた3人目の歌手となったハヴィエル・カマレナがマントヴァ公爵役を、マリリン・ホーン財団声楽コンクールで史上最年少優勝を果たし、メトロポリタン歌劇場やミラノ・スカラ座など各地で活躍するネイディーン・シエラがジルダ役を務める。

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開演前から緞帳が上がり、深紅の吹き流しが滝のように流れるステージが印象的な『トゥーランドット』。中国らしい回廊のようなセットが舞台を取り囲み、その場にいるアンサンブルたちはまるで観客のように舞台を見下ろしながら、厚みのある歌声を響かせる。 photo: Tristram Kenton / ROH

1926年にミラノ・スカラ座で初演されたプッチーニの遺作『トゥーランドット』はその音楽性だけでなく、スペクタクルでエンターテインメント性を兼ね備えた作品として、数多のオペラのなかでも高い人気を誇っている。今回上演するのは84年に初演、そして86年の日本公演でも上演され大成功を収めたアンドレイ・セルバン演出によるもの。英国ロイヤル・オペラで愛され続けて40年。この間に演出や振付に至るまで何度かバージョンアップがなされているが、意外にもパッパーノが本作品をオーケストラ・ピットで振ったのは昨年の23年が初めてだったそうで、今回の公演がいかに貴重か窺い知れる。

求婚者に3つの謎を与え、解けなければ彼らを処刑してきたトゥーランドット姫。その美しさに魅了された若き王子カラフは求婚し、見事に3つの謎を解く。それでもなお結婚を拒む姫にカラフは、夜明けまでに自分の名を明らかにできれば命を捧げると誓う。その名を知る召使いのリューは拷問を受けるが、愛するカラフのため秘密を守り抜き自害。残されたカラフは姫の頑なな心を解き、ふたりは結ばれるのだった――。

そんな氷のような心を持つ絶世の美女・トゥーランドット姫を演じるのは、パワフルな歌声でありながら繊細な心の機微をドラマティックに表現するソンドラ・ラドヴァノフスキー。メトロポリタン歌劇場の人気ソプラノのひとりであり、ヨーロッパでもその実力を広く認められる彼女の歌声は必聴だ。

そして世界で最も有名なアリア「誰も寝てはならぬ」を聴かせるカラフには、ロイヤル・オペラの『ドン・カルロ』のタイトルロールやバイエルン国立歌劇場でのカラフ役も好評のブライアン・ジェイド。そして既にリュー役として人気を誇り、24年にはワシントン・ナショナル・オペラとハンブルク州立オペラでも同役を演じるマサバネ・セシリア・ラングワナシャの出演にも期待が高まる。

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豪華な玉座や銅鑼、ミステリアスな仮面、陰影に富んだ照明など美しく壮麗な舞台装置が目を引く。初演時には太極拳からインスピレーションを受けた古代中国をイメージした振付だったが、よりスピーディで強いインパクトのある振りに変化するなど、38年ぶりの日本再演ならではの違いも見どころのひとつ。 photo: Tristram Kenton / ROH

また本公演では、社会情勢に合わせてさまざまなタイプのチケットが揃う。来日公演を支えるための寄付金が含まれ、スペシャルイベントや特典もあるオペラ・ロイヤル・シートや、寄付金付きでS席確約のサポーター席、U39シートやU29シート、横浜公演の平日マチネは特別料金になるなど、オペラを愛する往年のファンから初めて鑑賞する人まで、広く門戸が開かれている。

『リゴレット』と『トゥーランドット』はいずれも名作だが、その音楽様式や演劇的な側面はまったく異なる魅力を持つ。アントニオ・パッパーノが率いるロイヤル・オペラの最後の公演は、そんな振り幅の広い作品を見事に表現し、歴史的瞬間になること必至。一瞬たりとも見逃せない公演になるだろう。

英国ロイヤル・オペラ 2024年日本公演

『リゴレット』
公演日:6月22日(土)、25日(火)
会場:神奈川県民ホール

公演日:6月28日(金)、30日(日)
会場:NHKホール

『トゥーランドット』
公演日:6月23日(日)、26日(水)、29日(土)、7月2日(火)
会場:東京文化会館
https://www.nbs.or.jp/