東南アジアの多元的な歴史を紐解き、時間のパラレルなあり方を表現する。ホー・ツーニェン展の見どころ

  • 文:はろるど

Share:

3_HTN_IVのコピー.jpg
「ホー・ツーニェン エージェントのA」(東京都現代美術館、2024年 《時間(タイム)のT》 2023年)2面のスクリーンの後ろに素材の映像を、前方にその映像をアニメーション化したものを投影している。実にさまざまな時間にまつわるモチーフが登場するが、中にはホーが敬愛する小津安二郎の映画の一場面も引用。たくさんのエピソードが異なる時間を軸にしてつながっていく感覚が面白い。 Photo: Kenji Morita

シンガポールで生まれ、同地を拠点にするアーティスト、ホー・ツーニェン(1976年〜)。東南アジアと呼ばれる地域の歴史的な出来事や思想、個人または集団的な主体性や文化的アイデンティティに独自の視点から切り込むと、映像やヴィデオ・インスタレーション、パフォーマンスなどを制作してきた。幅広い資料や膨大な言説を参照し、再編成することで知られるホーの作品は世界各地でも取り上げられ、2011年には第54回ヴェネチア・ビエンナーレのシンガポール館の代表を担うなど活躍している。日本でも近年、山口情報芸術センター[YCAM]や豊田市美術館(ともに2021年)にて新たな作品を発表して話題を集めた。

IMG_2444.jpeg
「ホー・ツーニェン エージェントのA」(東京都現代美術館、2024年 《ウタマ—歴史に現れたる名はすべて我なり》 2003年)ウタマを演じる俳優は、その祖先といわれる支配者たちや、東西の航海者たちなどに次々とすがたを変えていく。発表時は20点の絵画と映像で構成されていたが、今回は新たに絵画を映像に組み込んだ2面の映像インスタレーションとして展示されている。 Photo: Harold 

東京都現代美術館にて開催中の『ホー・ツーニェン エージェントのA』では、最初期の作品から6点の映像インスタレーションを展示するとともに、国内初公開となる最新作を紹介している。デビュー作《ウタマ—歴史に現れたる名はすべて我なり》とは、シンガポールという国家の起源をひも解いた作品だ。13世紀末にサンスクリット語で「ライオンの町」の意味する「シンガプーラ」と名付けたとされるバレンバンの王子、サン・ニラ・ウタマを取り上げ、歴史や神話の入り混じった物語を紡いでいる。19世紀末に植民化されるはるか以前、島へやって来たウタマがとった行動とは? その諸説を検証しながら、英国東インド会社の行政官スタンフォード・ラッフルズを建国者とする近代の建国物語を解体している。

IMG_2365.jpeg
「ホー・ツーニェン エージェントのA」(東京都現代美術館、2024年 《ヴォイス・オブ・ヴォイド―虚無の声:左阿彌》 2021年)京都学派とは、京都帝国大学で教えていた西田幾多郎を中心に形成された哲学者たちのネットワーク。その思想は戦時中、内閣情報局などから反国体的と危険視された一方、戦後は進歩的知識人より侵略戦争に協力したとして批判を受ける。彼らが大戦中、何を考え、何をしていたのか?さまざまな考えの振れ幅を感じ取れる作品だ。  Photo: Harold 

 

IMG_2784.jpeg
「ホー・ツーニェン エージェントのA」(東京都現代美術館、2024年 《時間(タイム)のT》 2023年)全60分の映像作品《時間(タイム)のT》。初回の11時からタイムテーブル(https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/HTN_timetable.pdf)に沿って上映されている。  Photo: Harold 

VRと6面の映像による『ヴォイス・オブ・ヴォイド—虚無の声』とは、山口情報芸術センター[YCAM]とコラボレーションして制作された作品。テーマは1930年から40年代の初めにかけて大きな影響力を持った京都学派の哲学者たちの思想だ。彼らが戦争の倫理性と国家のための死について議論した座談会場「左阿彌の茶室」や、西田幾多郎の「無」の思想的空間を象徴する「座禅室」といった4つの空間における言説をVRを通して没入できる。一方で最新作の《時間(タイム)のT》とは、近年のホーが考察を深める時間をテーマとしたもの。かげろうの一生や素粒子の相互作用、また友人のホームビデオなど、ホーの収集した42章の映像とテキストを用い、時間のさまざまなあり方がパラレルに存在しながら共鳴する様子を表現している。

2_HTN_IVのコピー.jpg
「ホー・ツーニェン エージェントのA」(東京都現代美術館、2024年 展示風景 右は《CDOSEA》 2017年~)26のアルファベットの項目で東南アジアに関連するキーワードとイメージが、アルゴリズムによって都度組み合わされる。ホーによれば「東南アジア」という呼び名は元々存在せず、第二次世界大戦中に連合軍が日本の占領を退けるため、作戦上の用語として使いはじめられたという。  Photo: Kenji Morita 

3つの展示室において6つの作品が交互に上映される本展。開館とともに《ヴォイス・オブ・ヴォイド》の3つの映像を鑑賞し、《ウタマ—歴史に現れたる名はすべて我なり》に続いて、トラと人間を介してシンガポールの歴史における支配と被支配の関係を描く《一頭あるいは数頭のトラ》を見終わると12時近くに。一度、ランチタイムを挟んで再入場。ホーの制作の土台となる《CDOSEA》や展示室の各所に置かれた《時間のT:タイムピース》などを見て、14時スタートの《時間(タイム)のT》を60分かけて鑑賞し、予約必須のVRを体験していれば夕方近くになる。「同じところにとどまらない、常に変化する状態の展示室」を意図し、時間そのものを展覧会の構造に組み入れた、ホーの新たな表現を1日をかけて受け止めたい。

『ホー・ツーニェン エージェントのA』

開催期間:開催中〜2024年7月7日(日)
開催場所:東京都現代美術館 企画展示室 B2F
https://www.mot-art-museum.jp/