古代ローマと日本の浴場文化を体感! パナソニック汐留美術館の『テルマエ』展の見どころ

  • 文&写真:はろるど

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中央『恥じらいのヴィーナス』(ナポリ国立考古学博物館・1世紀)右手で胸を、布をつまんだ左手で恥部を隠すしぐさをする全裸のヴィーナス像。このタイプの彫像はヘレニズム時代からローマ時代にかけ、コピーや布の有無や位置の異なるヴァリアントが数多く作られた。

熱いという意味のギリシャ語テルモスに由来し、狭義には皇帝らによって建設された大規模公共浴場を、広義には古代ローマの領土内の公共浴場全体を指すテルマエ。4世紀のローマ市内には大規模な公衆浴場は11を数え、小規模なものは900軒前後も点在し、医療と健康と結びつきながら、ローマ市民が日々の仕事の疲れを癒すなどして利用されてきた。かつては日本において馴染みの薄かったテルマエという言葉だが、現在では古代ローマと現代日本のお風呂を行き来するルシウスの活躍を描く、空前絶後のタイムスリップ風呂漫画『テルマエ・ロマエ』(作者:ヤマザキマリ)の大ヒットにより、多くの人々に親しまれている。

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左:『ヘタイラ(遊女)のいる饗宴』 右:『魚のある静物』(ともにナポリ国立考古学博物館・1世紀)1組の男女がクリネと呼ばれる寝台に臥し、饗宴を楽しむ様子を描いた『ヘタイラ(遊女)のいる饗宴』。あらわとなった上半身に透けたヴェールをまとう女性は、ヘタイラと呼ばれる高級娼婦だと考えられている。

パナソニック汐留美術館で開催中の『テルマエ展 お風呂でつながる古代ローマと日本』では、ナポリ国立考古学博物館所蔵の絵画、彫刻、考古資料を含む100件以上の作品や映像、模型などを通して、テルマエを中心に古代ローマの人々の暮らしを紹介。あわせて遠くとも意外と近く、また似ていながらも異なった日本の入浴に関する美術品や資料を展示し、ルシウスが浴場を通して日本とローマを往復したように、それぞれの入浴文化を比較することができる。過去に国内で古代ローマ展やポンペイ展は度々開かれてきたが、テルマエというひとつのテーマに絞った展覧会は極めて珍しい。

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『アポロとニンフへの奉納浮彫』(ナポリ国立考古学博物館・2世紀)左端にマントをまとったアポロが竪琴を手に、足元にグリュプスを従えて立ち、右には3人の半裸姿の泉のニンフが並んでいる。治癒効果のあるニトローディの温泉では、治癒神であるアポロと泉を守護するニンフたちが祀られていた。

 

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ローマでよく使われた軽量器具の『秤』やカラカラ帝の『銀貨』などが並ぶ展示風景。こうした資料を通して古代ローマ人の生活が浮かび上がる。一番右に見えるのは炭化して黒焦げになったパンのレプリカだ。

テルマエのルーツは古代ギリシャの運動施設の水風呂や、医療行為として神域に設けられた入浴場にあったといわれる。それをローマ人は水道敷設のための高い技術力や膨大な富をもって、大衆の娯楽のために驚くほど大規模な施設へと発展させていく。そしてローマ人にとってテルマエとは単なる体を洗う場所でなく、付随する運動場などで身体を動かし、いくつも部屋で多くの人々と歓談しながら、心身の健康を保つための場所でもあった。またローマの大きなテルマエには数多くの大理石彫刻も飾られ、皇帝や浴場の建設者の肖像のほかに、神々の像や古代ギリシャの有名作品のコピーなどが壁面や円柱の間の台座の上に並んでいるなど、人々が一流の美術品を間近に楽しむことができた。

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三浦宏『湯屋模型』(個人蔵・1980年代)江戸時代後期の湯屋の模型。外観から内部まで極めて精巧に作られていて、当時の入浴文化の一端を伺うことができる。

水道の管理や大量の燃料、それに労働力を必要とした大規模なテルマエ。それらはローマ帝国の混乱などによって維持することが難しくなり、古代ローマの風呂文化はビザンチン帝国を通してイスラム圏に継承されるものの、中世には消え去ってしまう。一方で古くから各地の温泉が重要な資源として守られてきた日本では、町の中に湯屋の整備された江戸時代に入ってお湯に浸かるという現代にいたる入浴スタイルが確立。さらに明治以降は各地の温泉をレジャーとして楽しむなど、日常の生活習慣を超え、人の移動や地域の歴史と結びついたひとつの文化を築いている。「入浴は人間の内部インフラを逞しくする」とも語るヤマザキマリ。『テルマエ・ロマエ』があってからこそ実現した展覧会にて、東西の豊穣な入浴文化を体感したい。

『テルマエ展 お風呂でつながる古代ローマと日本』

開催期間:開催中〜6月9日(日)
開催場所:パナソニック汐留美術館
https://panasonic.co.jp/ew/museum/
※神戸市立博物館へ巡回。会期:2024年6月22日(土)~8月25日(日)