イギリスを代表する現代アーティスト、ダミアン・ハーストが『The Light That Shines(輝く光)』と題した大規模な個展を開催中。舞台になったのは南フランスの歴史あるワイナリー、シャトー・ラ・コストだ。レンゾ・ピアノやオスカー・ニーマイヤー、リチャード・ロジャースら世界中にその名を轟かせる名建築家たちが手掛けた5つのパビリオンをはじめ、500エーカーの広大な敷地にハーストの彫刻や絵画作品が居並ぶ。

ダミアン・ハーストといえば2022年に国立新美術館で開催された『桜』シリーズの展覧会が記憶に新しいが、30年以上にわたる創作活動において絵画や彫刻、インスタレーションなど多彩な表現方法を模索してきた。そしてそのテーマも美や宗教、科学、生と死の関係など実にさまざま。今回の展示ではハーストの代表的なシリーズから初公開の作品まで網羅的に揃い、見ごたえ抜群だ。
まず注目したいのが、ハーストの代表作『ナチュラルヒストリー(博物学)』シリーズだ。動物の屍をホルマリン漬けにしてガラスケースに閉じ込めた、このセンセーショナルな作品を鑑賞できるのは、パリのポンピドゥー・センターや関西国際空港旅客ターミナルを手掛けたレンゾ・ピアノが設計したパビリオン。生命力にあふれるワイン畑の地中に埋まった、コンクリートとガラスで構成された無機質な空間で、ハーストが表現した“生と死”に真っ向から向き合えるだろう。

そして今回初めて公開されるのが、『ザ・エンプレス・ペインティング(女帝の絵)』シリーズ。ハーストを語る上で欠かせない蝶をモチーフに、歴史上の女性君主を表現した作品群は、蝶のはねで万華鏡のようなパターンを生みだしている。このシリーズが展示されているのは、プリツカー賞も受賞した建築家リチャード・ロジャースが手掛けたギャラリーだ。氏の遺作でもあるこの建築は、リュベロン山脈を望む小高い丘から突き出したような細長い形状。一端だけを土地に固定し接地面積を極限まで抑えており、浮遊感漂うギャラリーになっている。

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ルーブル美術館の内装やオルセー美術館の改装も手掛けたジャン=ミシェル・ヴィルモットがデザインしたオールド・ワイン・ストアハウス内に展示されているのは、『コスモス・ペインティング(宇宙の絵)』と『サテライト(衛星)』、および『メテオライト(隕石)』の彫刻シリーズだ。
地球上に存在しないものを表現したいという思いから、黒く塗りつぶしたキャンバスに絵の具を塗り重ねて制作した『コスモス・ペインティング』や、ドガの蝋人形をブロンズに鋳造した像から着想を得た『サテライト』の彫刻、そしてハーストがさまざまな博物館で観察した隕石を基に制作した『メテオライト』は、いずれも初公開の作品。その質感まで間近で感じることができる。


ブラジルの巨匠・オスカー・ニーマイヤーが手掛けたオーディトリアムも、氏が亡くなる以前に設計した遺作となるプロジェクト。美しい曲線を描くこの建物内で鑑賞できるのは、2017年にヴェネツィアで公開された『難破船アンビリーバブル号の宝物』シリーズの彫刻とライトボックスだ。「ハーストが私財を投じて、海底から引き揚げた難破船の財宝」という設定でつくり込まれた作品群は必見だ。
ほかにも『ザ・シークレットガーデン・ペインティング(秘密の花園の絵)』と題した最新シリーズも展示される。鮮やかな絵の具が飛び散ったキャンバスに、色とりどりの花々が描かれた作品は、訪れた者の目を惹くだろう。さらにグッゲンハイム美術館を手掛けたフランク・ゲーリー設計のミュージック・パビリオンや安藤忠雄のアートセンターを含め、敷地内には屋外彫刻も展示される。
1682年から歴史が続いてきたシャトー・ラ・コスト。有機栽培の広大なぶどう畑とワイン醸造所のほかに、敷地内にはヴィラ・ラ・コストという名のホテルや数軒のレストランも構えており、自然と名建築、そして美食やアートが共存し、唯一無二の世界が広がっている。これまでもアーティストの展覧会は開催されてきたが、敷地全体を使って大規模な個展が開かれるのはこれが初めて。シャトー・ラ・コストとダミアン・ハーストの素晴らしいマリアージュは、味わい深いものに違いない。

『Damien Hirst: The Light That Shines(ダミアン・ハースト:輝く光)』
開催期間:3月2日(土)~ 6月23日(日)
開催場所:Château la Coste(シャトー・ラ・コスト)
2750 Route de la Cride, 13610 Le Puy-Sainte-Réparade, France
www.chateau-la-coste.com