ダミアン・ハーストの大規模個展が、自然と名建築が共存する南仏のワイナリーで開催中

  • 文:植田沙羅
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イギリスを代表する現代アーティスト、ダミアン・ハーストが『The Light That Shines(輝く光)』と題した大規模な個展を開催中。舞台になったのは南フランスの歴史あるワイナリー、シャトー・ラ・コストだ。レンゾ・ピアノやオスカー・ニーマイヤー、リチャード・ロジャースら世界中にその名を轟かせる名建築家たちが手掛けた5つのパビリオンをはじめ、500エーカーの広大な敷地にハーストの彫刻や絵画作品が居並ぶ。

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ダミアン・ハーストは1990年代にサメの死骸を断面化した『生者の心における死の物理的不可能性』や牛の親子の死骸でつくった『母と子、引き裂かれて』などのホルマリン漬けの作品で一躍有名になり、1995年にはターナー賞を受賞した。 photo: Prudence Cuming Associates Ltd. © Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS/Artimage 2023

ダミアン・ハーストといえば2022年に国立新美術館で開催された『桜』シリーズの展覧会が記憶に新しいが、30年以上にわたる創作活動において絵画や彫刻、インスタレーションなど多彩な表現方法を模索してきた。そしてそのテーマも美や宗教、科学、生と死の関係など実にさまざま。今回の展示ではハーストの代表的なシリーズから初公開の作品まで網羅的に揃い、見ごたえ抜群だ。

まず注目したいのが、ハーストの代表作『ナチュラルヒストリー(博物学)』シリーズだ。動物の屍をホルマリン漬けにしてガラスケースに閉じ込めた、このセンセーショナルな作品を鑑賞できるのは、パリのポンピドゥー・センターや関西国際空港旅客ターミナルを手掛けたレンゾ・ピアノが設計したパビリオン。生命力にあふれるワイン畑の地中に埋まった、コンクリートとガラスで構成された無機質な空間で、ハーストが表現した“生と死”に真っ向から向き合えるだろう。

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ホルマリン漬けのシリーズは彼の代表作。鋭い歯や尾びれなど死してもなおサメの強い生命力が感じられる。ダミアン・ハースト『Heaven』2008年 photo: Prudence Cuming Associates Ltd. © Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS/Artimage 2023

そして今回初めて公開されるのが、『ザ・エンプレス・ペインティング(女帝の絵)』シリーズ。ハーストを語る上で欠かせない蝶をモチーフに、歴史上の女性君主を表現した作品群は、蝶のはねで万華鏡のようなパターンを生みだしている。このシリーズが展示されているのは、プリツカー賞も受賞した建築家リチャード・ロジャースが手掛けたギャラリーだ。氏の遺作でもあるこの建築は、リュベロン山脈を望む小高い丘から突き出したような細長い形状。一端だけを土地に固定し接地面積を極限まで抑えており、浮遊感漂うギャラリーになっている。

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女性君主をイメージしてつくられた『ザ・エンプレス・ペインティング(女帝の絵)』シリーズは蝶のはねで文様がつくられており、力強さと同時に神秘的で妖艶な雰囲気も漂う。ダミアン・ハースト『Koken / Eleanor / Livia / Ying / Mentewab』2023年 photo: Prudence Cuming Associates Ltd. © Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS/Artimage 2023

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ルーブル美術館の内装やオルセー美術館の改装も手掛けたジャン=ミシェル・ヴィルモットがデザインしたオールド・ワイン・ストアハウス内に展示されているのは、『コスモス・ペインティング(宇宙の絵)』と『サテライト(衛星)』、および『メテオライト(隕石)』の彫刻シリーズだ。

地球上に存在しないものを表現したいという思いから、黒く塗りつぶしたキャンバスに絵の具を塗り重ねて制作した『コスモス・ペインティング』や、ドガの蝋人形をブロンズに鋳造した像から着想を得た『サテライト』の彫刻、そしてハーストがさまざまな博物館で観察した隕石を基に制作した『メテオライト』は、いずれも初公開の作品。その質感まで間近で感じることができる。

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ハッブル宇宙望遠鏡が長時間露光した空の暗い一角の画像にヒントを得てつくられたのが、『コスモス・ペインティング』シリーズ。キャンバスをアトリエの床に固定し、色彩を塗り重ねていくことで、広大な宇宙空間の奥行が感じられる。ダミアン・ハースト『Starlight』 2021年 photo: Prudence Cuming Associates Ltd. © Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS/Artimage 2023
 
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『サハラ隕石』と名付けられた作品は断面によって色や質感が異なり、ハーストの観察眼が窺える。ダミアン・ハースト『Sahara Meteorite』2014年 photo: Prudence Cuming Associates Ltd. © Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS/Artimage 2023

ブラジルの巨匠・オスカー・ニーマイヤーが手掛けたオーディトリアムも、氏が亡くなる以前に設計した遺作となるプロジェクト。美しい曲線を描くこの建物内で鑑賞できるのは、2017年にヴェネツィアで公開された『難破船アンビリーバブル号の宝物』シリーズの彫刻とライトボックスだ。「ハーストが私財を投じて、海底から引き揚げた難破船の財宝」という設定でつくり込まれた作品群は必見だ。

ほかにも『ザ・シークレットガーデン・ペインティング(秘密の花園の絵)』と題した最新シリーズも展示される。鮮やかな絵の具が飛び散ったキャンバスに、色とりどりの花々が描かれた作品は、訪れた者の目を惹くだろう。さらにグッゲンハイム美術館を手掛けたフランク・ゲーリー設計のミュージック・パビリオンや安藤忠雄のアートセンターを含め、敷地内には屋外彫刻も展示される。

1682年から歴史が続いてきたシャトー・ラ・コスト。有機栽培の広大なぶどう畑とワイン醸造所のほかに、敷地内にはヴィラ・ラ・コストという名のホテルや数軒のレストランも構えており、自然と名建築、そして美食やアートが共存し、唯一無二の世界が広がっている。これまでもアーティストの展覧会は開催されてきたが、敷地全体を使って大規模な個展が開かれるのはこれが初めて。シャトー・ラ・コストとダミアン・ハーストの素晴らしいマリアージュは、味わい深いものに違いない。

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『難破船アンビリーバブル号の宝物』シリーズの作品は、大昔の難破船から引き揚げられたという設定。サンゴのようなものも付着しており、長年海底深くに置かれていたかのよう。ダミアン・ハースト『Children of a Dead King』2010年 photo: Cuming Associates Ltd. © Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS/Artimage 2023

『Damien Hirst: The Light That Shines(ダミアン・ハースト:輝く光)』

開催期間:3月2日(土)~ 6月23日(日)
開催場所:Château la Coste(シャトー・ラ・コスト)
2750 Route de la Cride, 13610 Le Puy-Sainte-Réparade, France
www.chateau-la-coste.com