スイス現代美術界の異才イヴ・ネッツハマーが放つ、不可思議な世界

  • 文:久保寺潤子
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本展のために会場で制作された竹のインスタレーション。『筏』Floss 2024年 (c) Yves Netzhammer

スイス現代美術を代表するアーティスト、イヴ・ネッツハマーの日本初となる個展『ささめく葉は空気の言問い』が5月12日まで宇都宮美術館で開催中だ。会場では本展のために制作されたインスタレーションと、デジタルアニメーションを中心とする代表作が展示される。見る者を深層の世界へと誘う、作品が語りかけるものとは?

抑制された線と形が紡ぐ心象風景

スイス北部の街シャフハウゼンに生まれたネッツハマーは、建築製図やデザインを学んだのち、1997年から作家活動を開始。2007年のヴェネツィア・ビエンナーレではスイス館の代表を務めた。これまでにサンフランシスコ近代美術館やベルン美術館など各地で個展を開催し、大学や病院など公共建築と一体化したプロジュエクトで話題を呼んだ。

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『ささめく葉は空気の言問い』展のためのコンセプトデジタルドローイング。2023年 (c) Yves Netzhammer

今回、宇都宮美術館で個展を開催するにあたり、ネッツハマーは県内の大谷石採掘場や足尾銅山、大田原市の竹工房「無心庵」を訪れ、土地の記憶の奥にゆらめくものと呼応しながら作品を制作。『筏』と題された作品は、無心庵の協力のもと竹やドラム缶を用いた巨大なインスタレーションだ。空中に吊るされた竹はときおりぶつかりながら空虚な音を立て、鑑賞者は迷路のような空間で異界への入り口に立たされることになる。

 『筏』と同じ空間に展示されている巨大な屏風作品は、シンプルな線で描かれたヒトや動物が絡み合いながらパノラマを繰り広げている。タイトルは『世界は美しく、こんなにも多様だ。本当なら皆、愛し合ってもおかしくないはずなのに』。2024年に制作されたこの作品は現在世界で起こっている不穏な社会情勢を喚起させるが、パステルに彩られたポップな色調と単純な線の組み合わせが感傷的な気分を突き放す。いっぽう、会場中央にある吹き抜けの天井から吊るされた竹の回転オブジェには無機質な人像のオブジェが投影され、ここでも鑑賞者は宙吊りになった存在の不安定さに対峙する。

 

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2012年、ミラノのギャラリー・ビアンコーニでも発表された展示映像。作品中には『筏』に通じる表現が見られる。『身体の外縁』Vororte der Körper 2012年 (c) Yves Netzhammer

 

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『身体の外縁』Vororte der Körper 2012年 (c) Yves Netzhammer

中央ホールを抜け、別の展示室では代表作ともいえる4点の映像作品が並ぶ。コンピューターによるデジタル・ドローイングを創作の原点とするネッツハマーのアニメーションはミニマルな無言劇によって進行し、鑑賞者の想像力を限りなく広げてくれる。顔を持たず性別も定かでない抽象的な人像や風変わりなオブジェ、単純化された兵器、海から打ち上げられた哺乳類や四つ足の動物‥‥これらアイコン化されたモノたちは時代や国境を超えて世界の起源や人間の深層心理を浮かび上がらせる。先入観なしに見始めた鑑賞者は、いつしか記憶に眠っていた人やコトを映像に投影し、自分だけの夢を見るのだ。

 

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2007年のヴェネチア・ビエンナーレで発表された映像展示。『反復するものが主体化する(プロジェクトA)』Die Subjektivierung der Wiederholung(Projekt A)2007年 (c)Yves Netzhammer

会場を出ると中庭に面したアプローチのガラス窓にネッツハマーの素描がさりげなく描かれている。一筆描きのようなその線画は、人のようでもあり動物のようでもあり、今しがた見た夢のかけらのように奇妙な様子で佇んでいた。この展覧会は宇都宮美術館のみの単館展示となるが、ここを訪れた人は、土地に固有の記憶と人類の記憶を結びつける、一度限りの夢のような時間を体験することができるだろう。

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広大な森に囲まれた宇都宮美術館。ネッツハマーは今回の展示準備のために宇都宮周辺の土地を訪れた。

イヴ・ネッツハマー 『ささめく葉は空気の言問い』

開催期間:開催中〜2024年5月12日(日)
開催場所:宇都宮美術館
栃木県宇都宮市長岡町1077
TEL:028-643-0100(代)
開館時間:9時30分〜17時 ※入館は16時30分まで
休館日:月(4/29、5/6は開館)、4/30、5/7
http://u-moa.jp