プロサーファー・五十嵐カノア「3年前の悔しさを胸に、パリ五輪の舞台に挑む」【創造の挑戦者たち#87】

  • 文:高野智宏
  • スタイリング:野上翔太
  • ヘア&メイク:山口恵里子
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五十嵐カノア●1997年生まれ。父の影響で3歳からサーフィンを始め、早くから才能が開花。2016年、アジア人で初めて最高峰のWSL CTに参戦し、19年には初優勝を飾る。21年の東京五輪で銀メダルを獲得した。昨年にはパリ五輪の出場も確定し、悲願の金メダル獲得を狙う。木下グループ所属。

2022年、ISAワールドサーフィンゲームスを制しワールドチャンピオンに輝き、パリオリンピック日本男子の出場枠も獲得。WSL(世界プロサーフィン連盟)ランキングは14位と、世界を転戦するトップサーファー、五十嵐カノア。インタビューは、年末年始を日本で過ごすため来日したクリスマスイブに行われた。

「明日から家族で行く温泉がとても楽しみです」――そう屈託なく笑う彼にまず聞きたかったのが、惜しくも銀メダルとなった、21年の東京オリンピックのことだ。

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スウェット¥9,350、デニム¥13,200/ともにクイックシルバー(ボードライダーズジャパン TEL:0120-32-9190)

準決勝で繰り出した360度回転する最高難度の大技、フルローテーションエアー。残り8分でこの技を完璧に決め、過去2度のワールドチャンピオンに輝く強豪を撃破、決勝進出を決めた。

「プレッシャーのかかった場面で成功できうれしかった。一生忘れられないエアリアルのひとつです」

その勢いのまま決勝戦に臨むも、相手がターンで確実にスコアを伸ばす一方、カノアは終始波選びに苦戦。思うようなライディングができぬまま試合は終了した。

「母国開催のオリンピックで金メダルを獲れなかったのは本当に悔しい。作戦の失敗。波を待つ場所を間違えました。準備は万全でも波に恵まれなければ勝つことができない。それがサーフィンです」

終了直後は波打ち際で膝をついてうなだれるも、すぐ立ち上がり、笑顔と悔しさが入り混じった表情でスタッフと抱擁を交わす姿が印象的だった。

「悔しい結果だけど、オリンピックでメダルを獲れたのは誇るべきことだと気持ちを切り替えました。最後はスタッフや応援してくれた人と喜び合い、ハッピーな雰囲気で終わりたかったから」

「サーフィンは対戦相手との戦いではない」とカノアは言う。

「海のコンディションに合わせ作戦を立て、波に向かう。なら海との戦いかといえばそれも違う。海とつながり、波に乗ってパフォーマンスする。それは波と踊るような感覚で、ライディング自体がアート作品のようなイメージです」

サーフィンというアート作品を創造する上で、重要なキーワードとなるのが自由と驚きだ。

「よくライン取りが正しいとか間違いなどと言われるけど、間違ったラインなんて存在しません。乗ったラインで自由に表現することが大切で、それこそがクリエイティブなこと。そして僕は、この波ならこの技だよねという、みんなの先入観を裏切るような技に挑んだりと、魅せることも心がけている。『カノアのサーフィンは読めない!』。そう驚かれるのが、最もうれしい反応です(笑)」

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勝てなくてよかった、そう思える時が待ち遠しい

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カノアがパフォーマンスを“描く”キャンバスである海。競技に加え、彼はスポンサーでもあるSHISEIDOが行う、「SHISEIDO BLUE PROJECT」のアンバサダーを務めている。プロジェクトの一環としてビーチクリーンやサンゴ移植活動への参加、海への悪影響が少ない日焼け止めの啓蒙など、海洋保護のメッセージを発信する。

「サーファーである僕にとって、海を保護するのは当然のこと。僕が海の大切さを発信することで、海洋保護への意識が高まり、ゴミ拾いがニューノーマル(新常態)となればうれしいです。シンプルな行動こそ、パワフルで大きな結果につながると思うから」

人生の目標を「人間として成長すること」と語る彼は、サーフィン以外の分野にも果敢に挑戦。昨年、ハーバード大学大学院のビジネススクールで経営学を学んだ。

「学んだことをどう活かすかはまだわからないけれど、カフェなどの経営には興味があります。どんなお店でどんなメニューを提供し、どう利益を出すのか。スポーツ選手に経営はできないという偏見を覆してみたいのです(笑)」

今年のパリオリンピックへの出場権を得ているが、練習のモチベーションとなっているのが、やはり東京オリンピックでの敗北だ。

「あの悔しさは忘れていないし、その気持ちが練習のガソリンになっている。そして、いつか『あの時、勝てなくてよかった』と言える日が訪れると思っているし、その時がとても待ち遠しいのです」

それが、タヒチで行われるパリ五輪男子サーフィンの決勝戦後であることを望むのは、彼自身だけではないはずだ。

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WORKS
東京2020オリンピック

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写真:ロイター/ アフロ

2021年7月27日に行われた東京オリンピック決勝では、ワールドチャンピオンでもあった強豪、イタロ・フェヘイラ選手(ブラジル)と対戦するも惜敗。「作戦の失敗でチャンスがなかった」と、悔しさをにじませた。

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2022年ISAワールドサーフィンゲームズ

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写真:ZUMA Press/ アフロ

パリオリンピック選考大会となった同大会で、初の金メダルを獲得。日本男子に出場枠が与えられた。「今回は100%作戦通りにできた。日本の出場枠を確保し、誰かがタヒチへ行けるのは大きな意味があります」と語った。

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SHISEIDO BLUE PROJECT

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SHISEIDOが実施する海洋保守・保全活動を中心としたプロジェクト。海洋保全活動には2019年から現在まで計35回、延べ1600人以上が参加している。写真は子どもたちと行ったビーチクリーン活動。

※この記事はPen 2024年4月号より再編集した記事です。