ふたりの化学反応で多様な価値を創造する、新世代の舞台作家「小野彩加 中澤陽 スペースノットブランク」

  • 文・監修:富田大介
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「舞台芸術の在り方を探求し、新しい仕組みを作りたい」。そう語るふたりの舞台作家は、既視感のあるものを拒み、さまざまな要素を取り込みながら、「舞台」を更新してきた。

Pen4月号の第2特集は『ダンスを観よう』。
社会におけるデジタル化が進むにつれ、フィジカルな体験や「場」の共有が重要性を増している。写真や映像といった二次元の複製可能な芸術作品でさえ、今日ではそれが発表される方法や受け手と共有される空間が意識された上での展示がなされている。その意味では、代替えの効きづらい身体をメディアとするダンサーの表現は、個性を消しづらいぶんだけ、受け手との一期一会の“出会い”を、「いま、ここ」という“時代性”を浮き上がらせる。そして、ダンスが面白いのは、音楽、美術、照明、映像、衣装などさまざまな要素が絡み合った複合的な芸術であるということだ。20世紀のバレエとダンスの歩みを振り返りつつ、プロデューサーやアーティストなど、さまざまな視点から「ダンスのいま」を捉え、その魅力を紹介する。

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まるでお笑いのコンビを想起させるような、長いカンパニー名。「スペノ」の愛称を持つ「小野彩加 中澤陽 スペースノットブランク」は、舞台芸術界で着実に評価を高めている。ふたりの間が「スペースノットブランク」になるとなにかが生じる、という実は示唆に富む名前のカンパニーは2012年に設立。転機は15年の夏に訪れる。ふたりは別々の舞台を経験し、後の大きな糧となる発見を得た。

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小野彩加 中澤陽 スペースノットブランク
小野彩加と中澤陽のふたりからなるコレクティブとして2012年にカンパニーを設立。22年のヨコハマダンスコレクションで「城崎国際アートセンター賞」と「若手振付家のための在日フランス大使館・ダンス リフレクションズ by ヴァン クリーフ&アーペル賞」を受賞。 https://spacenotblank.com

小野は、日本のコンテンポラリーダンス界のゴッドマザーと称される黒沢美香の作品に参加し、その制作過程で、舞台の進行や振付が決まっていても出演者が「能動性」という心の弾みを持つ方法を知る。一方中澤は、元ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団のダンサーたちが集まる作品に参加し、メンバー間の関係性を育む上でも有効な「質問」という方法を経験する。ふたりはそれらを合わせ、独自の仕組み──動きやテキストの生成方法──を形成していく。

肩書について尋ねると「舞台作家」という答えが返ってきた。

「振付や演出をする時もあれば、舞台に立つ時もあります。公演を主催する際にはプロデューサー的なこともします。だから、シンプルに『舞台を作っています』と言うほうが合っている。それに、ダンスや演劇というジャンルに縛られることなく、なにか新しい舞台を作りたいと望んでもいます」

彼らの活動は一見コンセプチュアルでアウトローなようだが、本人たちは人気バンドやスターも好み、その精神性に惹かれている。

「ふたりともBUCKーTICKが好きなんです。彼らは時代に沿って新しいものをどう取り込んでいくかを真剣に考えていて、常に変革していくアーティスト精神は見習うべきところがあります」

そして、これまで見たことのない舞台を作るために、先人にならうことを厭わない。また、この若さで自分たちが築いたものを後人に手放すことまで想像している。

「上演というのは人と人が出会う場ですよね。私たちはその『あう』という特性を活かしたい。私たちがピナ・バウシュや黒沢美香さんの手法を参照したり、『松井周と私たち』みたいにジェローム・ベルのやり方を実践したりするのは、それらのノウハウを基に応用して作り出す独自の仕組みを次の世代にも渡していきたいと考えているからです。先達のアイデアとの交流の中で徐々に自分たちの軸になるものが見えてきた。スペースノットブランク独自の仕組みやその方法論が確立されれば、私たちがいなくなっても『〇〇 スペースノットブランク』としての器だけが残るのはアリだと思っています」

スペノはこの感覚をもって当たり前を疑い、既存の舞台の仕組みや慣習へ切り込んでいく。今後も目が離せない存在だ。

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『セイ』
2023年6〜7月に神奈川県立青少年センター・スタジオHIKARIで公演。1990年代前半生まれの同世代作家、池田亮(原作)、額田大志(音楽)との創作で、第一部『ウエア』、第二部『ハワワ』に続くスピンオフ版。出演者の発話が背面のスクリーンにAIでテキスト(誤)変換されるかのような演出が話題になった。 photo: takaramahaya
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『松井周と私たち』
2023年11月にこまばアゴラ劇場で公演。1972年生まれの岸田國士戯曲賞作家の松井周との共作。フランスの振付家ジェローム・ベルとタイの伝統舞踊家ピチェ・クランチェンが出演・演出する『ピチェ・クランチェンと私』を原案とした、相互インタビュー形式での上演。ベルに小野・中澤が連絡し原案の利用許可を得た。 photo: takaramahaya

 

文・監修:富田大介
明治学院大学准教授
研究領域は美学、芸術社会論、ダンス史。レジーヌ・ショピノの振付作品に多く出演するほか、芸術選奨や文化庁芸術祭の推薦・審査委員なども務める。編著に『身体感覚の旅』、共著に『残らなかったものを想起する』など。

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※この記事はPen 2024年4月号『ダンスを観よう』特集より抜粋・再編集したものです。


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