現代アートを通して、椅子が持つ多様な意味を考察。『アブソリュート・チェアーズ』が面白い!

  • 文・写真:はろるど
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ジム・ランビー『トレイン イン ヴェイン』(2008年 公益財団法人アルカンシエール美術財団 / 原美術館コレクション)スコットランドのアーティスト、ジム・ランビー(1964年〜)が、かつての原美術館での個展のために制作した作品。椅子は作家が拠点とするグラスゴーで入手した中古品が使われ、カラフルに塗装されて日本に運ばれると、設営現場で即興的に組み上げられた。

身体を休めるだけでなく、仕事や勉強、あるいは食事や社交など、生活のあらゆる場面と深く関わる椅子。それは多くのデザイナーや建築家の創造性を刺激するだけでなく、アーティストにとっても魅力的なモチーフとして扱われてきた。玉座のように権威の象徴になることもあれば、車椅子のように身体の補助になることもあり、また電気椅子のように死や暴力とも無縁ではない。そしてアーティストたちは椅子のもつ意味をとらえ、作品を通じて社会の中の不和や矛盾、個人的な記憶や他者との関係性などを浮かび上がらせてきた。アートにおける椅子は、日常で使う椅子にない逸脱したようなあり方によって、人々の思考にも揺さぶりをかけている。

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ミシェル・ドゥ・ブロワン『樹状細胞』(2024年) 彫刻やインスタレーションなどのメディアを通して、社会や産業システムに対する問いを投げかけてきたミシェル・ドゥ・ブロワン(1970年〜)。来日して滞在制作された『樹状細胞』は、2005年制作の『ブラック・ホール・カンファレンス』を原型としている。

埼玉県立近代美術館で開催中の『アブソリュート・チェアーズ』とは、道具やデザインとしての視点ではなく、現代アートを通して椅子がもつ多様な意味や象徴性を考察するユニークな展覧会だ。会場では国内外の28組の作家による、平面や立体、映像作品をあわせて83点を公開。このうち吹き抜けのセンターホールには、カナダ出身のミシェル・ドゥ・ブロワンが、約40脚の会議椅子を用いて作った『樹状細胞』が展示されている。これは木の枝のような突起に覆われた免疫細胞の一種の外見を模した作品で、球体の形態にはヒエラルキーや中心もないが、椅子の脚が棘のように突き出す様子は、まるで外部からの侵入者を拒んでいるようにも見える。

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左:アンディ・ウォーホル『電気椅子』(1971年 滋賀県立美術館)アンディ・ウォーホル(1928〜87年)は、1963年から有名無名の人々の死を扱う「死と惨禍」のシリーズの一環として、電気椅子を繰り返し主題とした。イメージはニューヨーク州のシンシン刑務所の処刑室を撮影した報道写真に基づいている。

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YU SORA『my room』(2019年 作家蔵)衣服が畳まれず、無造作に置かれた椅子を白い布と黒い糸を用いて描いている。本来的に座るはずの椅子が、時折、物置台として使われることを思い出す。

マルセル・デュシャンの『自転車の車輪』やジム・ランビーの『トレイン イン ヴェイン』は、既製の椅子を素材に取り込みつつも、座ることは叶わない作品だ。いずれも椅子という形を借りながらも、独自の手法で機能を変容させ、コンセプチャルな問いを発している。一方でアンディ・ウォーホルの連作「電気椅子」や、内戦終結後に大量に残された武器を用いたリストヴァオ・カニャヴァート(ケスター)の『肘掛け椅子』などからは、死や暴力、権力に対して椅子がどのように表現されていたのかを見ることができる。このほか、家具や日用品を糸で再現するYU SORAのミシンによるドローイング『my room』や、ナフタリンで象られた椅子が樹脂に封入された宮永愛子のオブジェなど、日々の生活の延長上にある椅子の記憶や物語を呼び起こす作品も見どころといえる。

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石田尚志『椅子とスクリーン』 2002年 線を描いて1コマずつ撮影する「ドローイング・アニメーション」の手法で映像制作を行う石田。本作では椅子とスクリーンと起点に、絵画と映像、実在とイメージを錯綜させながら作品を作り上げている。

展示室内には山田毅と矢津吉隆によるユニット・副産物産店が、作品輸送用のクレートや過去作品の残材などを再利用して作った風変わりで楽しい椅子が置かれ、来場者は自由に座ることができる。1982年の開館時より近代以降の優れたデザイン椅子を収集し、館内に設置してきた埼玉県立近代美術館。当初のコレクションは約30種だったものの、現在は約70種類まで増え、教育普及事業や展覧会の開催を通して椅子の魅力を発信し続けてきた。その「椅子の美術館」がデザインの文脈を離れた視点で挑む展覧会にて、「アブソリュート=絶対的・究極的」から導かれるアートにおける椅子の絶対的な魅力とは何かを考えてみたい。

『アブソリュート・チェアーズ』

開催期間:2024年2月17日(土)〜5月12日(日)
開催場所:埼玉県立近代美術館
https://pref.spec.ed.jp/momas/
※愛知県美術館(会期:7月18日〜9月23日)との共同企画