
連載「腕時計のDNA」Vol.3
各ブランドから日々発表される新作腕時計。この連載では、時計ジャーナリストの柴田充が注目の新作に加え、その系譜に連なる定番モデルや、一見無関係な通好みのモデルを3本紹介する。その3本を並べて見ることで、新作時計や時計ブランドのDNAが見えてくるはずだ。
パネライの歴史は、1860年にイタリア・フィレンツェで始まった。時計販売や工房のほか、時計学校も運営し、やがてイタリア海軍との結びつきが現在のブランドにつながる礎となった。海中における究極の実用道具として、革新的な技術やスタイルを確立。だが、質実剛健を追求しながらも武骨になることはない。そこにはドイツの機能主義とも異なる、イタリアらしい洒脱で艶のある機能美を感じさせるのだ。歴史に培われ揺らぐことなく継承するスタイルと、時代の先進技術を絶妙にミックスした3本のタイムピースを通じて、その真価を探る。
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新作「ラジオミール アニュアルカレンダー プラチナテック」

新旧の"ハイテク"が巡り合う
パネライは、イタリア海軍の依頼で高精度の計器を手掛けるなか、1916年に暗闇での視認性を確保する発光物質「ラジオミール」を開発し、特許を取得した。35年にはこの技術を用いたプロトタイプを発表、これが現在の基幹コレクションである「ラジオミール」につながっている。
クッションケースにワイヤーラグを備えたスタイルはそれを受け継ぎ、3時位置にデイデイト表示の小窓と、その横にある三角マーカーで文字盤外周の回転リングに記した月を表示する。しかも年間の30日までの月と31日までの月を認識し、2月末日に調整するだけで正確に日捲りするアニュアルカレンダー機構を搭載。さらに、ケース素材には「プラチナテック」を採用する。プラチナを独自配合し、その深い光沢を維持しながらより硬く、傷つきにくい特徴を備える。社内の開発研究拠点である「アイデアの工房(LABORATORIO DI IDEE)」が生み出したハイテク素材である。
オリジナルに基づくデザインながら、複雑機構のアニュアルカレンダーやプレシャスなプラチナテックを採用する。いずれもより高いパフォーマンスを求めた結果であり、シックなサンブラッシュの新色グリーンダイヤルがその美学を伝えるのだ。
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定番「ルミノール ロゴ」

独創的なリューズプロテクター
「ラジオミール」以降、実績を重ねたパネライは、1949年に原料をトリチウムに変更した発光素材「ルミノール」の名称使用の特許を取得。これはブランドを代表する新たな技術になった。50年代に入ると独創的なリューズプロテクターを開発し、それを搭載したコレクション名にも「ルミノール」が用いられるようになったのである。
「ルミノール ロゴ」はまさにその定番スタイルだ。クッションケースに、ラグは「ラジオミール」のワイヤー式から堅牢なタイプに変わった。シンプルな2針表示と、9時位置にはムーブメントの作動を確認する秒針を設ける。そして弧を描いたユニークなリューズプロテクターは、衝撃からリューズを守るとともにストッパーとして誤動作を防ぎ、気密性も保つ。
これらの特徴に加え、目を引くのがモデル名の由来である6時位置のロゴだ。70年代に「オフィチーネ パネライ」への社名変更に合わせ、イニシャルのOPをロゴマークにした。このロゴは、97年にヴァンドームグループ(現在のリシュモングループ)傘下に入るまで、おもに民生モデルに使われたものだ。そうした歴史をいまに伝えるベーシックなデザインはマニアからの支持も高い。
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通好み「サブマーシブル カーボテック」

独創的なケース素材が魅力
これまでの2モデルは、イタリア海軍で特に潜水工作で使われた、いわゆるダイバーズウォッチだ。それにも関わらず、現代のダイバーズ必携の回転式積算ベゼルを搭載していないのは、その機構が一般的になるのが1950年代半ば以降だったからだ。パネライが初採用したのも56年発表の「エジプシャン」で、その直系となるのが99年に登場した「サブマーシブル」だ。
「ルミノール」の派生モデルから現在は単独コレクションになり、回転式ベゼルをはじめ、本格ダイバーズウォッチの機能に磨きをかける。大きな特徴のひとつが先進的なケース素材だ。2011年にはブロンズを採用して人気素材の先駆となったが、カーボテックもそのひとつ。
カーボンファイバーの薄いシートを管理温度下で高分子ポリマーPEEKと高圧圧縮し、合成素材を結合させる。さらにこのシートを繊維の方向性が異なる角度になるように積層する。こうして生まれる独自の筋目はそれぞれ固有で、同じものはふたつとない。そのユニークな見た目だけでなく、セラミックやチタンより軽量かつ、耐衝撃性に優れ、耐食性も高く、低アレルギー性も備える。これも機能美の本領発揮と言えるだろう。
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ブレない姿勢が熱狂的ファンを生む!
かつてはデカ厚時計で知られたパネライだが、そのサイズも海という過酷な環境での精度や堅牢性、視認性に不可欠なものだった。こうしたブランドの歴史や伝統をパネライは重んじ、その唯一無二の個性を時計づくりの根幹に据える。スタイルもオリジナルにこだわり、けっして逸脱することはない。一方で自ら課した制約のなかで、ムーブメント技術や素材革新を進め、より完成に近づける。そのブレない姿勢が"パネリスティ"と呼ばれる熱狂的なファンはじめ、多くの時計愛好家を魅了するのだ。

柴田 充(ライター)
1962年、東京都生まれ。自動車メーカー広告制作会社でコピーライターを経て、フリーランスに。時計、ファッション、クルマ、デザインなどのジャンルを中心に、現在は広告制作や編集ほか、時計専門誌やメンズライフスタイル誌、デジタルマガジンなどで執筆中。
オフィチーネ パネライ
TEL:0120-18-7110
www.panerai.com
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