2009年よりスタートし、東京都写真美術館を中心とする近隣地域の各会場で、展示や上映、ライブ・パフォーマンス、トーク・セッションなどを複合的に行ってきた恵比寿映像祭。毎年、地域連携プログラムを企画してきたアートライターでTRAUMARIS主宰の住吉智恵が、今年のテーマ「月へ行く30の方法」にちなんだ刺激的な展示をかたちにした。会場は代官山のAL。2月1日から11日まで開催されている。住吉は5組の出展アーティストについてこう語る。
「恵比寿映像祭の今年のテーマが発表された時に、『わからなさ』が通底しているテーマだと伺いました。それってまさにコンテンポラリーアートの大きな命題ですよね。わからないから模索し、探究したくなるから作家たちは制作を続ける。そのなかでも、鑑賞者の意識を転換してくれて、表現を通して人間の意識をどこまで遠くに飛ばすことができるか、と考えて制作している5組の作家に参加していただきました(2名の物故作家も含む)」
入口すぐの左手には天井から吊られたモビールが揺れ動き、壁面には月を映すスクリーンを屋外で眺めているようなドローイングが掛けられている。モビール作品のタイトルは『a tree as a city (Dark side of the moon)』。ピンク・フロイドの曲名が副題に付いた狩野哲郎による作品と、「世界中同じ月が本当に見えるのだろうか?」という素朴な疑問に端を発する篠田太郎の「月面反射通信技術」プロジェクトのドローイングが月をテーマに共鳴する。
会場中央に位置するのは、狩野哲郎の新作立体作品である『系(水平の車輪、マーブル、集中線)』。人間以外の生物からの視点で自然や世界を捉える試みから作品を手掛ける狩野は、18世紀につくられた惑星の動きを表す機械仕掛けの模型「太陽系儀」をモチーフに新作のモビールをつくった。また、ガラスのオブジェを海に沈めてエイジングを施し、半年ほどでそこにフジツボが付くなどして、時間の堆積が具現化されたともいえる作品も発表した。
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“同時代人が捉えきれないスケール感”で物事を考えている人
篠田太郎による平面作品は、2017年にニュージーランドで滞在制作をした際、使われなくなった螺旋階段を見て着想したブロンズ彫刻のコンセプトドローイングだ。その中央の吹き抜けを貫き、階段と並行に上昇する高さ5メートルの二重螺旋のブロンズ彫刻を着想したが、技術的にも予算的にも叶わず頓挫した企画のイメージのみが残された。2022年に急逝した篠田は、造園を学んだのちにアーティストになった異色の経歴をもち、その自然観や宇宙観に根ざした独自のアプローチは海外でも注目されていた。生前の作家と親しくしていた住吉は、今回の出展意図を次のように説明する。
「篠田さんは、不可思議さゆえに同時代人が捉えきれないスケール感で物事を考えている人でした。そんな彼は、詳しい説明のない謎めいたドローイングをいくつも残しています。それらは、作家の明確なイメージに裏打ちされた概念図なはずなんですね。もしかしたら後世、彼が考えていたスケールで自然や宇宙について考えることが、すごい意味をもつかもしれない。彼のような作家の研究はきちんと続けられるべきだと思い、今回は多くの人に見てもらいたくて出展を決めました」
空間奥には、大学で日本画を学び、広義の顔料を用いた作品制作を続ける大舩真言の作品が4点並ぶ。いずれも造形的であるが、あくまでも顔料でペインティングした絵画作品だと考えていると大舩は話す。
「(左右両端の2点は)石に岩絵具で描いたので、自然物だけで構成された作品です。見た人は自然の石だと感じるかもしれませんが、このような石が存在するわけではありません。この作品のように作者の存在を感じさせず、石と顔料の間に残された人間の行為の痕跡が立ち上がってくるようなものがアートだと考えていて、今回もそれを作品に昇華させたいと考えました」
7000万年前に現在の琵琶湖東岸で起きた噴火で生まれた湖東流紋岩(ことうりゅうもんがん)という石を支持体とする作品や、火星からの隕石を顔料とした作品などを発表した大舩。鉱物には生物と比較にならないほどに長い時間が内包されており、時間の記憶や宇宙との距離といった作品の背景を持つ深遠な佇まいが、鑑賞者の想像力を大いに刺激する。
山田春奈と小林弘和によるクリエイティブ・ユニットSPREADは、2点のグラフィック作品を出展。右の大きな作品には日本が国交をもつ196カ国の政府ウェブサイトの、左の作品には、日本と国交がない12カ国のサイトのQRコードが敷き詰められている。色鮮やかな曼荼羅のような作品にスマートフォンを向けると、作品が国境を超えた異文化への窓のような役割を果たしてくれる。
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赤塚不二夫が遊ぶ極楽浄土のミーティングポイントも
最後の作家の作品は、空間の奥まったところに設置されている。赤塚不二夫による『天才バカボン』は、週刊少年マガジン1973年6月3日号の1見開き。実寸大で描かれたこの週の『天才バカボン』は、ひとコマで顔を描くか、ページをコマ割りすると鼻毛や目のアップにしかならず、文字もあまり載せられなかったため、ほとんどストーリーが進まずという超実験的な伝説の回となった。住吉は子どもの頃から赤塚漫画の大ファンで、「最初に自分の固定観念を転覆させてくれた人」として心酔する。
そして『天才バカボン』の横の幕をくぐると、そこには、愛娘である赤塚りえ子が極楽浄土で遊ぶパパとのミーティングポイントとして手がけた仏壇『あかつか』が鎮座する。死者と対話できるミーティングポイントという仏壇の発想がファンキーであり、つくり込まれたディテールにも目を見張る。
5組それぞれに、出展作品は遠い時空との邂逅への想像力を広げさせるものばかり。恵比寿映像祭の「月へ行く30の方法」というテーマを皮切りに、宇宙とのつながりはもちろんのこと、死後の世界との交流までもが作品テーマとなった意欲的な企画展にぜひ足を運んでほしい。「わからなさ」と向き合うと、とんでもない次元への飛躍と向き合えるという現代アートの魅力を実感できるはずだから。
恵比寿映像祭2024 地域連携プログラム
『彼方の世界:篠田太郎 狩野哲郎 大舩真言 SPREAD 赤塚不二夫&赤塚りえ子』
開催期間:〜2月11日(日)
開催場所:AL(代官山)
東京都渋谷区恵比寿南3-7-17 1F
TEL:03-5722-9799
開館時間:11時〜19時
※最終日は18時まで
無休
料金:一般¥500
www.yebizo.com/program/1018
https://al-tokyo.jp