流れ星や皆既日食といった自然現象や超常現象をモチーフに認識の不確かさを問いかける、ローラン・グラッソの作品群

  • 文:長谷川香苗
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Laurent Grasso『Orchid Island』Digital film LED screen 190×320cm 
All photographs ©︎Laurent Grasso / ADAGP Paris, 2023. Courtesy of the artist and Perrotin.

未開拓と思われる緑豊かな山稜を捉えた映像。しかし、やがてスクリーン画面の上空にこの世のものとは思えない暗黒の長方形が現れ、黒い雨のような霧がカーテンのように画面を覆う。そこには私たちが一般に風景描写から認識する牧歌的な雰囲気はなく、ただならぬ空気を漂わせている。

これは六本木のギャラリー、ペロタン東京で始まったフランスの現代美術家、ローラン・グラッソの展覧会名にもなっている映像作品『オーキッド・アイランド(Orchid Island)』の一部だ。

 

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View of the exhibition "Orchid Island" at Perrotin Tokyo.  photo: Keizo Kioku.  Courtesy of the artist and Perrotin.

 

グラッソは雲や流れ星、皆既日食などの自然現象、さらにふたつの太陽が見える超常現象などをモチーフとして引用しながら、私たちの認識する“当たり前”をふるいにかける。歴史学者や科学者からの知見を得ながら、入念なリサーチを行い、映像や絵画、彫刻など多様な手法を用いて、未来から過去へ、過去から未来へと、時空を行き来しながら、まだ見ぬ未来へと照準を飛ばして世界を描写する。その世界は東洋と西洋、現実と非現実的が同居するハイブリッドな世界だ。

先述の映像作品『オーキッド・アイランド』は、ランが自生していたことで知られ、現在では放射性廃棄物貯蔵施設があることでも知られる台湾の島、蘭嶼(ランユー)島で撮影されたフィルムを基に制作された。映し出された台湾の島は紛れもなく存在する。繁茂する草花の映像は熱帯地域の湿度を感じさせ、楽園のようだ。しかし、やがて異次元空間への窓のように上空に現れた非現実的な黒い窓枠から、黒い雨が降り始め、放射性廃棄物が貯蔵されているという歴史を暗示させるのだ。

ランという花の裏にある歴史に惹かれて

西洋においてランは18世紀頃からおもにアジアの亜熱帯から輸入され、珍重されるなか、さらに交配されることでさまざまな種類が生まれて愛好家の間で需要を広げていった。そこにはランという花、ランが自生する亜熱帯――多くの場合は植民地となっている地域――に対する異国趣味も漂う。日本でランというと胡蝶ランを思い浮かべることが多いが、そもそもは台湾で発見されたランがさまざまないきさつを経て、日本の品種改良技術によって現在のような胡蝶ランへと変化したことは、日本と台湾との政治経済を含めた関係について考えを巡らせることになる。

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Laurent Grasso『Lagoon of the Guayaquil River』2023, Oil on wood, plexiglass 107.5×152.5×6cm

ランという存在に着目したいきさつについて、グラッソは次のように話す。

「アーティストとして、さまざまな文化や影響が結節した状態、ハイブリッドという状態に興味があります。胡蝶ラン=台湾産と受け止められていますが、実際は日本とのハイブリッド(交配技術)から生まれたもの。現在の胡蝶ランは台湾で自生していた質素なランが日本に渡り、ハイブリッドによって華やかな現在の胡蝶ランに変容したわけで、そこにいたる政治的、文化的要因に惹かれています」

グラッソ作品に見られるのは、私たちは多くの認識を他者と共有しているが、長い文明史のなかではこうした認識も時代とともに揺らいできたのであり、絶対的な認識はないという姿勢だ。

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認識の揺れの間にある、"あわい"が気になる

グラッソはさらにこう続ける。

「自然というものを扱おうと思ったのもそうした認識からです。自然というのは人間が生み出した“概念”であり、その概念は時代とともに揺れ動いてきました。“人”に対しての“自然”という二項対立の概念は、人間の側からの見方です。自然は計り知れない存在だと恐れや畏怖の念を抱き、また、恵みを与えてくれる対象として敬い、尊ぶこともある。時代、文化によってさまざまな受け止め方がされてきました。その“あわい”が気になるのです」

だから、同一作品の中に人が現実的と認識する描写と、人が非現実的と認識する超常現象のような世界が溶け合うのだろう。

 

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Laurent Grasso『Studies into the Past. 』Oil on wood 30×50×2.5cm 

 

_MG_5639.jpegView of the exhibition "Orchid Island" at Perrotin Tokyo.  photo: Keizo Kioku.  Courtesy of the artist and Perrotin.

展覧会では、メイン作品の『オーキッド・アイランド』を起点に、その世界から飛び出したように雲と認識できるかたちをしながらも、漆黒で、持ち上げられない重さの大理石の彫刻や、理想郷を描いたような歴史的風景画を下敷きにこの世のものではない黒い長方形が空に浮かぶ絵画作品『過去についてのスタディ』などが展示されている。雲は作家にとっては大きな存在だ。

「固定した形をもたない雲は、触ることができない。かつて日本とニューヨークでの展示のために、雲が動く映像を制作しようとしたとき、入道雲のように雲が立ち上がる映像に、それぞれ大きな災害を受けた土地では、心理的に受け入れられないというリアクションが寄せられました。雲という自然現象でも、それに対する認識は一定ではありません」

私たちは既存の認識をどこまで飛躍させることができるだろうか。むしろ幼い子どものほうが自由に捉えることができるのかもしれない。

 

Portrait of Laurent Grasso. Photo by Claire Dorn.jpg

ローラン・グラッソ⚫︎1972年、フランス・ミュルーズ生まれ。パリとニューヨークを拠点に活動中。映像、彫刻、絵画、写真を用いながら、神話や超常現象に言及し、現実と非現実が同じ作品内に同居するグラッソの作品は観る者の認識や理解の限界に挑んでくる。フランスのオルセー美術館、グラン・パレ、ポンピドゥー・センター、パレ・ド・トーキョーなどの主要な美術館での個展開催とともに、ソウルの国立現代美術館、北京のレッドブリック美術館、ワシントンDCのハーシュホーン美術館と彫刻の庭など海外での展示も多数。日本では2015年に銀座メゾンエルメスで初めての個展を開催。 photo: Claire Dorn. Courtesy of the artist and Perrotin.

LAURENT GRASSO
ローラン・グラッソ展『Orchid Island』

開催期間:〜2/24(土)
会場:ペロタン東京(港区六本木6-6-9 ピラミデビル1F)
開館時間:11時〜19時 
休館日:日・月
問い合わせ:03-6721-0687
https://www.perrotin.com