辻仁成、甲斐まりか、……4人のクリエイターが語る「私の好きなバンコク」

  • イラスト:マイーン
  • 編集:宮島麻衣
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多くのクリエイターたちからも愛される、タイ・バンコク。作家やモデルなど、異なる分野で活躍する4人に「私の好きなバンコク」というテーマでエッセイを書いてもらった。

Pen最新号は『バンコク最新案内』。再開発が進み、新たな価値を創造するタイの首都・バンコク。本特集では、各分野の最前線で活躍するキーパーソンに話を訊くとともに、訪れるべき旬のスポットを紹介。驚くべきスピードで進化を続けるバンコクには、「いま」しか見られない姿がたくさんある。

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仏陀の光の中で描いた、人間の表裏

海外を舞台にした小説の執筆依頼を受け、ぼくはバンコクを選んだ。20年以上遡ることになるが、当時、宿泊した「マンダリン オリエンタル ホテル」が、経済成長期に入ろうとしている騒々しいバンコクの中にあって、別世界だったことにまず驚いた。光りあふれる長閑な空域もさることながら、すべてのホテルマン・従業員たちが非常に礼儀正しかった。すれ違うたび、彼らはいちいち立ち止まり、手を合わせ、お辞儀をする。それが実に自然で、無垢で、誰もがほほ笑んでおり、癒やされた。なのにぼくはその誠実なホテルであのような不道徳な性愛小説を書いてしまう。人間の裏表が交差するホテルだからこそ、作家特有のひねくれた角度で、人間の複雑な愚かさを描きたいと思ったのかもしれない。ぼくはあのホテルで、タイ人の純朴さや優しさを知った。その仏陀の光の中にあっても、人間は欲望や裏切りや悲しみを見つめないと生きてはいけない生き物なのだ。実は、渡仏してから20年の歳月が流れたが、ぼくはその後、一度もバンコクには降り立っていない。もう一度、あのホテルのテラスから、光り輝くチャオプラヤー川を眺めたいと思いながら、時ばかりが過ぎ去ってしまった。当時の光が懐かしい。

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作家、ミュージシャン

辻 仁成

1959年生まれ。現在は拠点をフランス・パリに置き、ウェブマガジン「デザインストーリーズ」を主宰。2001年、バンコクを舞台にした恋愛小説『サヨナライツカ』を上梓。のちに映画化され、大きな話題に。

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郷愁にかられる、南国の朝ごはん

朝から湿度ある中でホテルを出て毎回向かうのは、バンコクでしか味わえない朝食の喫茶店「オン・ロック・ユン」。日本でいうところの昭和感さえ漂う狭い店内には、朝からひっきりなしにお客さんが入ってきてはみな同じメニューを頼んでいる。ふわっふわのトーストにあま〜いコンデンスミルク味のオレンジ色のソース、コーヒー、ソーセージ、ベーコンと目玉焼き。文字にすると普通だけど、お店って面白いなと思うのは、体験するとここでしか味わえないことがわかる。毎回バンコクへ行くと、ここに行かないと落ち着かない身体にすっかりなってしまった。味もだけど雰囲気込みでここの魅力となっている。紹介してくれたのはバンコクに住んでいた元自分の会社にいたことのある人で、長年の付き合いからか、ここをぼくが気にいるのはわかっていたらしい。

ここのトーストを食べると鹿児島の実家でいつも子どもの頃食べていたトーストを思い出す。同じふわっふわのトーストを祖母が焼いてバターを塗ってくれて食べていた。違いはこのオレンジ色のソース。甘いというのは南国の特徴かもしれないが、ここのソースにはバンコクで有名なタイティーのような感覚を覚える。店頭ではトーストとこのソースを持ち帰りする人も多い。オールデイモーニングな喫茶店として、バンコクではなくてはならないお店です。 

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コンランショップ・ジャパン代表

中原慎一郎

1971年生まれ。ランドスケーププロダクツ代表も務める。バンコク通の中原さんイチ推しのインテリアショップが「チャニンクラフト」。「いまのバンコクのライフスタイルの高まりを感じることができます」

 

私が育った地、第二の故郷にて

誰かに自分のルーツについて話す時、母親がタイ人というと、「タイ楽しかった!」「タイ料理好き!」「タイに行ってみたい!」と言われることが多く、そのたびに少し誇らしくなる。そんな私は、5歳から中学校1年生の夏休みまで、タイの首都バンコクで育った。幼少期の思い出が詰まった地であり、第二の故郷。空港から出た瞬間にモワッとする湿気、甘くて冷たいスイカジュースとレモンジュースが定番メニューである南国感、絶対に渋滞になるってわかっているのになぜかクルマで移動するところ、マイペンライ(大丈夫、なんとかなる)精神ですべて解決する楽観さ、タイの嫌いになれない好きなところだ。しかし、そんな大好きなタイとは、年に一度、家族で遊びに帰るくらいの距離感になってしまった。人にバンコクの最新レストランやお薦めスポットを聞かれても、意外と詳しくなかったりするのが、私の本音。もうひとつ言い訳するならば、住んでいるとあまりその街を観光しないっていうのもあるけれど。

コロナ前の2018年に家族で過ごした年末年始の時。いつもはチェンマイやリゾートへ旅行に行ったりするのが、甲斐家の年末年始の過ごし方だが、この年は珍しくバンコクで家族ディナー。しかも、チャオプラヤー川沿いのタイ料理レストランという、改まると、なんだか恥ずかしいシチュエーションだった。東京でたとえるとしたら、東京タワーが見えるレストランで、といったところだ。でもそんなシチュエーションが、忘れられない景色として色濃く残っている。チャオプラヤー川には観光客がマストで訪れる三大仏教寺院が立ち並び、景色も抜けているので、時々吹くそよ風が心地よく感じる。夕日が徐々に薄ピンクからオレンジに変わり、寺院のライトアップがキラキラ水面にゆれる。ガヤガヤした街中とは真逆な魔法がかかったような幻想的な景色だった。いままででいちばん観光っぽいことをしたかもしれない、それもいい意味で。

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モデル

甲斐まりか

1995年生まれ。タイと日本にルーツをもち、イギリス・エジンバラ大学を卒業後、日本で活動を開始。40カ国以上を旅した視点の豊かさを活かし、J-WAVEのナビゲーターとしても活躍中。

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涅槃仏の足指に見た、タイらしさ

もともと極端なものに惹かれる質で、京都の三十三間堂なんてたまらない。あのおびただしい数の観音像をどういう思いで設置したんだろうなどと、あれこれ考えをめぐらせることが好きなのだ。

それでいうと今年の夏、初めて訪れたバンコクで見たワット・ポーの涅槃像にも大変な衝撃を受けた。全長46mという巨大な金色の像は、一目で視界に収めることができない。とにかく大きい。どうしてこんな大きさにしたんだろう……などと考えながら頭から足のほうへ向かって歩き、足の裏にたどり着いたところでまたハッとさせられてしまった。足の裏は真っ黒でそこには螺鈿細工で細やかな仏教にまつわる絵が描かれている。頭から身体はどこかぬるっとした金ピカの像なのにいきなり繊細な美術が現れる、その技術のコントラストにもすっかり痺れてしまった。しかしよく見ると、足の指の長さは10本ビシッと揃っている。日本なら、ここはもう少し写実的に指の節や長さを描くところだ。そこには特にこだわらない大らかさも愛らしく感じた。金色の像自体も、日本ならばある程度朽ちていくことも歴史として重んじながら修繕するところだが、タイの人たちは躊躇なくピカピカに塗り直しているように見える。歴史を塗り替えていくことに臆病でない、特に気にしていなそうな気楽さもいいなと思った。

バンコクでの刺激からなにかつくりたい欲が湧いてきて、帰国後予定されていた展示会は「足の裏の宇宙」と名付け、ワット・ポーの涅槃仏をモチーフにした作品をつくった。もちろん足の指は10本ビシッと揃えて。

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グラフィックデザイナー

髙田 唯

1980年生まれ。東京造形大学教授。バンコクのお薦めスポットは、映像と写真の表現に感銘を受けたギャラリー「ノヴァ・コンテンポラリー」と、ラープがおいしくて3日通った食堂「ハイソムタム」。

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