ダイソン社インテリジェンスエンジニアが語る、新製品のBig+Quietによる空気清浄機の再発明

  • 文:林信行

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ダイソン社が10月から発売を開始した空気清浄機、Dyson Purifier Big+Quiet。

元々は掃除機のメーカーとしてスタートしたダイソン社。転換点を迎えたのは2006年だった。この年、同社はハンドドライヤーのAirbladeを発表。続いて2009年に羽根の無い扇風機Air Multiplier(エア・マルチプライヤー)を発表し話題を呼んだ。掃除機で培ったモーターの技術と空気を操る技術が、掃除機以外の幅広い製品に応用できることが露わになり始め今日のヘアケア製品を含む幅広い商品ラインアップにつながっている。そんなダイソン社だが、コロナ禍以後、特に真剣に取り組んでいるのが空気の質の改善だ。

空調家電製品群では、空気清浄機は2011年の温風ファン、2015年の加湿器に続いて発表された最後発の製品だが、その後は花粉や黄砂、ハウスダストばかりかウイルスまで除去する性能への理解を広めるべく大学教授などを招いてハウスダストや花粉対策のセミナーも開催していた。

その後、コロナ禍に入りWHOが「大気汚染が世界中で健康不良を引き起こす主な原因になること」を報告すると、オーストラリアで小学生の通学バッグに空気の質を測るセンサーを取り付けて大気汚染を自覚し解決策を考えてもらうプログラムを実施したり、ヘッドホンと個人用空気清浄機を一体化した「Dyson Zone」を発表するなどして大きな注目を集めた。

そんな2023年の秋、同社が満を持して発表したのが、これまでの製品と大きく見た目も異なる「Dyson Purifier Big+Quiet 空気清浄機」だった。この独特の形状に、一体どんな秘密があるのか?空調家電カテゴリー インテリジェンスエンジニアのテオ・ジョーンズが本誌独占インタビューに応えた。

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既存の空気清浄機の4つの課題を解決

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テオ・ジョーンズ:ダイソン社空調家電カテゴリー インテリジェンスエンジニアのテオ・ジョーンズ(Theo Jones)。マレーシアを拠点に製品プランニングチームに所属し、空調家電カテゴリーの今後の展開を監督(2023年 7 月から半年間は韓ソウルオフィスに赴任中)。2017年、創業者ジェームズ・ダイソンが英ダイソン社内で開校したDyson Institute of Engineering and Technology(DIET。通称ダイソン大学)の2期生。
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ホワイト/シルバーの通常モデルに加え、同じ形状でホルムアルデヒドの検知分解に対応したニッケル/ブルー色の上位モデルDyson Purifier Big+Quiet Formaldehydeの2モデルがある。

ダイソンが2016年から7年間にわたって出してきた空気清浄機は、いずれも先行していたファン製品に似た形をしていたが、2023年10月に発表されたDyson Purifier Big+Quiet(ダイソン ピュリファイアー ビッグアンドクワイエット。以下、Big+Quiet)は、これまでとはまったく異なる形状だった。製品名の通り大きく静かなことが特徴で、形にも大きさ的にもどこか親の顔を見上げる幼児のような印象を覚える。

このファンは一体どのようにして生まれ、どうしてこの形になったのか。

インテリジェンスエンジニアのテオ・ジョーンズ氏が答える。「ダイソンの他の製品についても同じですが、我々の製品開発はいつも課題設定から始まります。」そう答えるのはテオ・ジョーンズ氏。ダイソンのマレーシアのオフィスで製品のプランニングをしたインテリジェンスエンジニア。7月からは韓国ソウルのオフィスに赴任しているという。

「開発を始めるに当たって、さまざまな空気清浄機を検証して4つの大きな問題があることを発見しました。1つ目は空気の循環です。多くの空気清浄機が、強力なモーターと高性能なフィルターを搭載し空気を清浄していたのですが、風力が足りずきれいな空気が部屋の隅まで届くことも、汚染された空気が清浄機に吸い込まれることもなかったのです。空気清浄機の周辺にだけきれいな空気のバブルができている状態でした。これでは清浄機の隣に座った人以外は恩恵を受けられません。Big+Quietで最初に取り組んだのは、清浄した空気を(10m先の)遠くまで届けて部屋を循環することでした。2つ目の課題はフィルタがしっかりと密封されておらず、効果が低かったことです。多くの製品が、非常に高性能な空気清浄フィルタを搭載しながら、それらをしっかり密封していなかったために、フィルタで吸収した汚染物質を再び空気中に放出してしまっていたのです。また製品によっては半年に1回など頻繁にフィルタ交換が必要でした。これでは安心して使い続けることができません。

3つ目の課題は、先ほど話したバブルと関係あります。バブルを作らず部屋全体にきれいな空気を届けるには、多くの製品ではファンを最強にする必要があったのですが、そうすると、それに応じて製品の騒音も大きくなってしまいました。これはユーザーにとって大変、不快なものです。これは妥協して受け入れてはならない問題です。我々は、使う人をいらだたせることなく最高のパフォーマンスを発揮する製品を目指すことにしました。
 そして最後の4つ目の課題は製品のテスト環境です。市場に出回っている多くの空気清浄機はその性能を業界標準の方法で検証しています。ただ、それは1980年代に作られたテスト環境なのです。これは今日の我々の生活環境を反映したテストとは思えません。そこで我々は今日のリアルな生活環境を想定して製品の検証を行いました。

こうして誕生したのが、我々にとって最初の大型空気清浄機、Dyson Purifier Big+Quietです。かなり広い部屋でも効果的かつ効率的に空気清浄できます。最大の風力にしてもなお静かな製品で、HEPAフィルタを搭載し一度吸収した汚染物質が中に留まり二度と外に還流しません。既存製品と比べても5倍長持ちするフィルタを搭載。その上で実は非常にエネルギー効率も高い製品に仕上がっています。」

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Big+Quietの独特なカタチの秘密

Dyson Purifier Big+Quietの形状は製品の心臓部と言えるモーターバケットを中心にデザインされている。

 

モーターバケットから勢いよく噴き出された2つの空気が製品の上面でぶつかり合い10m先まで届く気流になる。

家電新製品の多くが単純に、性能を既存製品よりも何倍よくするといったスペックだけで開発される中、一度立ち止まって問題の本質を徹底的に分析し、解決していくというアプローチは長年「デザインエンジニアリング」を標榜してきたダイソンらしく説得力がある。それにしてもあのユニークな形状はどのようにして生まれたのだろう。

「これまでの空気清浄機は、ダイソンの空調家電を象徴するエア・マルチプライヤーという技術を使って、吸い込んだ空気をループ状の狭い隙間を通すことで勢いよく放出する仕組みを採用していました。ただ、この方法で10m先まで空気を飛ばすには製品を大人一人分くらいの大きさにしないといけないことがわかり、別の方法を探る必要がありました。」

試行錯誤の末にダイソンがたどり着いたのが、低圧で高速な空気を放射する方法だった。

「我々はまず製品の心臓部とも言えるモーターバケットの開発をすることから始めました。モーターバケットというのは、モーターとそれによって回転するインペラ(製品内で回転する羽根)が設置され気流を発生させているパーツです。たくさんの空気を吸い込みながら回転できるようにファンの周囲には十分な空間を持たせ、その周囲を360度、従来の製品と比べても大きくそれだけに長期間使い続けられるHEPAフィルタで囲いました(従来製品の5倍で最長5年間使用できる)。ここからモーターバケットに吸い込まれた大量の空気は本体上部から勢いよく噴き出されます。この時、噴出口が上側と下側に2つあって、両方から勢いよく出た空気がちょうど真ん中のあたりでぶつかるのですが、この衝突点で凝縮された空気が強力な気流となって10メートル先まで届くのです。」

この原理は「円錐の空気力学」と呼ばれているそうで、ダイソンのこれまでの空気清浄機の2倍以上の風量をエネルギー効率よく生み出すのだという。言葉ではわかりにくいが、ダイソン社が提供しているアニメーション映像を見るとわかりやすい。

いずれにしても製品名にもある「big」な形状は、この空気を遠くに届けるために大量の空気を吸い寄せることが理由だったようだ。

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では、製品名の残り半分「quiet」はどのように実現しているのか。

「製品の心臓部であるモーターバケットは一方で、製品にとっての一番の騒音の源でもあります。だから、我々は全てを見直して緻密に調整する必要がありました。主に行ったことは3つあります。まず1つ目はモーターバケットをソフトマウントにしたことです。バケットの中ではインペラが極めて高速に回転しており振動が発生します。ソフトマウントにするというのは、その振動をバケットの外には伝えないということです。2つ目はヘルムホルツ・サイレンサーという技術です。空洞の中で起きるヘルムホルツ共鳴という物理現象を利用して、耳障りな特定の周波数に狙いを定めて空洞の中に留めてしまいます。単に静かにするだけでなく、耳障りの良い音にすることができるという技術です。そして3つ目が独自のラビリンスシールという技術です。製品内で回転するインペラの周りには空間があるので、そこから余分な風が通り抜けてしまうのですが、これが振動を生み出し騒音を発生させる原因の1つになっています。ただし、インペラ周辺に隙間は必要です。そこで我々がしたのが、この隙間部分を複雑な形状にして空気が単純に通り抜けられないようにすることで騒音を劇的に抑えたのです。」

ラビリンス(迷宮)と聞き最初は何のことかと思ったが、どうやら余計な空気が簡単に抜け出せない迷宮という意味だったようだ。

ちなみに製品にはホルムアルデヒドを検知し分解する機能を持つモデルと、この機能を省略したモデルがあるが、上位モデルに当たるDyson Purifier Big+Quiet Formaldehydeは「ニッケル/ブルー」と言う配色になっている。この青色は最近のダイソン製品の多くで採用されている「プルシアンブルー(Prussian Blue)」と呼ばれる色で「我々が他社とは本質的に異なるものづくりをしていることを強調するための色であり、伝統的な外観に挑戦する色でもある」とジョーンズ氏。まさに従来の空気清浄を根本から見直し、再発明した本製品に相応しい色と言えそうだ。

「ダイソンの製品では、製品の形状は常に機能によって生み出されていたり、意味があります。」と語るジョーンズ氏も言う。

ただし、目で見えている部分は製品の魅力の半分に過ぎない。実はこれに加えて同製品には粒子、ガス、ホルムアルデヒドのレベルを検知するセンサーが搭載されており1秒ごとにデータを再確認、空気の状態を分析し、環境の変化に自動的に反応して空気を浄化するなどセンサーやそれと連動したソフトウェアも製品の効果を高めるのに一役買っている。

「このソフトウェアの部分が、ダイソンの清浄機をよりインテリジェントにし、自己改善を促し、最終的にはオーナーの生活をより快適にし、環境を可能な限り良いものにしてくれるのです。これはダイソンの次の章だと思いますし、この分野でも革新を続けることにとても興奮しています。」とジョーンズ氏。

21世紀の大きな社会課題の1つである「空気の質の改善」。ダイソンの新たな挑戦がこの製品から始まったようだ。

ダイソン

https://www.dyson.co.jp/