アートや建築以上に、バンコクがいま世界から注目を集めているのが食文化だ。「アジアのベストレストラン50」の上位を独占するなど、独創的なファインダイニングが急増している背景にあるのは、多様な食文化が融合した地域性と“タイらしさ”の追究だ。本記事では、その中でも特筆すべき3つのレストランを紹介する。
Pen最新号は『バンコク最新案内』。再開発が進み、新たな価値を創造するタイの首都・バンコク。本特集では、各分野の最前線で活躍するキーパーソンに話を訊くとともに、訪れるべき旬のスポットを紹介。驚くべきスピードで進化を続けるバンコクには、「いま」しか見られない姿がたくさんある。
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バーン・テパ
洗練されたひと皿に息づく、奥深きタイの食文化
バンコクのファインダイニングといえば以前はフレンチやイタリアンが中心だったが、近年はモダンにアレンジしたプログレッシブタイ料理が増えている。背景にあるのは若い世代のシェフによる“タイらしさ”の探求だ。なかでも注目のレストランが、タイ各地の食材や伝統的な調理法を取り入れた「バーン・テパ」。その料理を味わうため、世界各国からバンコクを訪れる人も少なくない。シェフのシュダーリー‘タム’テパカムは、バンコクのフードシーンの変化をどう見ているのか。
「近年、海外で修業経験のあるタイ人シェフや外国人シェフが、タイの地域性や食材の個性を再発見し、それを活かす環境が育ってきました。結果、従来なかったアイデアが誕生し、新たなイノベーションが生まれていると感じます」
タム自身も、ロンドンで栄養学を学んだ後、ニューヨークの人気レストラン「ブルーヒル」で修業した経験を、店づくりに活かしている。たとえば、彼女が同店で食のサステイナビリティに触れたことから生まれたのが、敷地内で育てるオーガニックハーブ農園だ。
「バンコクの中心部に住んでいる人は、食材そのものを見る機会が少ない。農園で育った野菜がどう調理されテーブルに届くのか知ってもらうため、キッチンのバックヤードツアーやガーデンツアーも行っています。他にはない体験として多くの人に喜ばれています」
また、店を語る上で欠かせないのがタイ料理への強いこだわり。
「タイ料理は、北部、東北部、東部、南部、中央部という5つの地域によって、素材や調理法、調味料の使い方が全然違います。店で提供する料理には、各地で私が学んだことが詰め込まれている。料理の中に息づくタイを感じてもらえればうれしいです」
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ポトン
築120年の家屋で供される、独創的なタイ・チャイニーズ
バンコクで最も予約が取りづらい店のひとつとなった「ポトン」。中華系移民という祖先のルーツを凝縮した料理で表現するシェフのピチャヤー‘パム’スントーンヤーナキットは、華系タイ人の5代目というバックグラウンドをもつ。
「昔はバンコクのファインダイニングといえば、ホテルのレストランが中心でした。昨今は、ジャンルやカタチにとらわれない店も増え、食の多様性が広がっている。それが、バンコクがフードトリップの旅先として世界中から注目される要因ではないでしょうか」
タイを含むインドシナ地域ではその名の通り、インドと中国の文化的影響を受けており、その国の料理の骨格をなしていることも少なくない。事実、カオマンガイやカオパッド(炒飯)のように中国とタイの料理が融合し、独自に発展した「タイ中華」というジャンルもある。
「店のコンセプトは、タイ・チャイニーズの文化をはじめ、私を取り巻く歴史を多くの人に〝体験〞してもらうこと。この店はヤワラート(中華街)の路地にあるのですが、ファインダイニングとしては珍しい立地です。築120年のこの建物は先祖がタイに移り住んだ時から住み続けた家で、以前は祖父が薬局を営んでいました。家族の歴史が詰まった建物です」
提供される料理も、パムが家族で食べたアヒルのローストや幼少期の好物だった蟹など、家族のストーリーが色濃く反映されたタイ中華が中心だ。そこにフレンチの名店「ジャン・ジョルジュ」などニューヨークでの修業で得た、自身の知見を見事に融合させている。
「先祖代々の家で、思い出の料理や受け継がれてきた家庭のレシピを、モダンにアレンジして再現する。そんな食の体験を通じて、文化や歴史についても理解を深めてほしいと思います」
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ル・ドゥ
アジアNo.1の称号を手に、タイ文化を世界に発信
タイのローカルフードをファインダイニングに昇華させ、2023年「アジアのベストレストラン50」で1位を獲得した「ル・ドゥ」。2013年の創業以来、モダン・タイ料理の草分けとして、世界的にも活躍するティティッ‘トン’タッサナーカチョンは、バンコクの食の進化をこう分析する。
「いまバンコクは、香港や東京に次ぐ食の都として注目されています。理由は人の流入の増加や、他国より安い開業コストに目をつけた投資家が増えているからです」
また、タイ国内でシェフという職業への意識が変化し、多様なバックグラウンドをもつシェフが生まれているのも要因だという。
「私自身、家族に料理の道に進むことを反対されたことから、大学で経営学を学び、銀行に就職した経歴をもっています。でも、やはり料理への想いが諦められず、この業界に入り直しました。以来、『シェフを名誉ある仕事にしたい』と、努力を重ねてきました」
バンコクのレストラン業界をリードし、世界的に高い評価を集める「ル・ドゥ」。店名は、タイ語で「季節」を意味し、店では季節の食材、それも国産しか使用しない。そのコンセプトの裏にあるのは「タイの味を伝えること」だ。
「大切にしているのが、タイの味覚のベースとなる『塩味』『甘味』『酸味』『辛味』『苦味』のバランスです。店の料理には、タイのローカルフードをベースに、世界各国で出合った調理法を盛り込んでいますが、どんなモダンな見た目や味付けでも、いざタイ人が食べた時に、『これはタイ料理だな』と感じられる味つけを心がけていますね。伝統は発展しなければ続きません。私の料理を通じてタイの魅力を知り、『タイに来たい』と思ってくれる人が増えることを、心から願っています」
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