最愛の妻との関係から、ナポレオンの真実に迫る『ナポレオン』ほか【今月の映画3選】

  • 文:細谷美香(映画ライター)
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今月のおすすめ映画①『ナポレオン』
最愛の妻との関係から、ナポレオンの真実に迫る

①ナポレオン:メイン.jpg
『ジョーカー』を観たリドリー・スコット監督は、「ホアキンを見つめながら、『この小さな悪魔はナポレオンそのものだ』と思った」と語っている。

リドリー・スコット監督とホアキン・フェニックスが『グラディエーター』以来のタッグを組んで描き出すのは、皇帝ナポレオン・ボナパルト。彼らが顔を合わせたからには、英雄をたたえるだけの伝記映画になるはずがないことは約束されている。舞台となるのは、マリー・アントワネットも断頭台の露と消えた革命の時代。監督は、ナポレオンの最愛の妻であったジョゼフィーヌとの複雑な関係をひも解くというアプローチでひとりの人間としての皇帝の姿に迫っている。

夫を亡くして再婚したジョゼフィーヌは浮気もすれば、自分の意志をはっきりと伝える勝ち気な女性で、ナポレオンを翻弄し続ける。残虐な戦いの指揮を執り、戦地から「君の気高さが恋しい」と想いを手紙に綴る夫。エネルギーを激しくぶつけ合う夫婦はときにバランスを崩しながらも、ふたりだけの特別な関係を築いていくのだ。

リドリーは夫婦のつながりを見つめる一方、ナポレオンが取り憑かれたように軍人としての快進撃を続けるさまを壮大なスケールで描き出した。11台のカメラを回した戦いのシーンの映像は臨場感にあふれ、あっという間に観客を戦場の最前線へと引きずりこむ。アウステルリッツの戦いで、馬と兵士が割れた湖の氷の下へと沈んで水中で血が流れるシーンなど、その凄惨で美しいイメージはまぶたに焼き付けられることになる。“誰もが知る”はずの英雄、ナポレオンと、彼の戦績など知らない無邪気な子どもたちとの流刑地でのやりとりはあまりにも皮肉だ。人が人の命を奪い尽くした戦争の先になにが残るというのか。ナポレオンが率いた戦いで亡くなった兵士の数が静かに虚しく、けれども鮮明に映し出されるラストにこそ、監督がいまこの映画を撮った意味が込められているのかもしれない。 

②ナポレオン:サブ1.jpg
ホアキン・フェニックスは愚かさと賢さ、弱さと強さを併せもつややこしい人物としてナポレオンを演じ切った。

 

『ナポレオン』

監督/リドリー・スコット
出演/ホアキン・フェニックス、ヴァネッサ・カービーほか
2023年 アメリカ・イギリス映画 12/1より全国の劇場にて公開
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。

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今月のおすすめ映画②『枯れ葉』
名匠カウリスマキが描き出す、孤独な男女の現実的なロマンス

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© SPUTNIK OY 2023

不当な理由でスーパーの仕事を解雇された女と、アルコールに依存しながら工事現場で働く男。眼差しを交わして惹かれ合ったふたりだが、ロマンチックには事は運ばない。フィンランドの名匠、アキ・カウリスマキの新作は、孤独な魂を抱えた中年男女のラブストーリー。ローファイな音楽に郷愁を誘う風景とインテリア、さりげなく人生に寄り添ってくれる犬。ウクライナ侵攻のニュースが流れる日々のその先に、ほのかな希望の気配が漂っている。

『枯れ葉』

監督/アキ・カウリスマキ
出演/アルマ・ポウスティ、ユッシ・ヴァタネンほか
2023年 フィンランド・ドイツ合作映画 1時間21分 12/15よりユーロスペースほかにて公開
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。

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今月のおすすめ映画③『PERFECT DAYS』
繰り返しの日々の中から、人生の奇跡が立ち現れる

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© 2023 MASTER MIND Ltd.

カセットテープで聴く音楽と古書店で出合う文庫本。馴染みの銭湯に酒場、フィルムで切り取る木漏れ日。寝る寸前まで読書をして、朝がくればトイレ掃除の仕事に向かう。清貧かつ豊かな暮らしを送る男を演じた役所広司が人生の本質を伝え、カンヌ国際映画祭最優秀男優賞を受賞。繰り返しのように見えて、二度と同じ瞬間は訪れない人生の奇跡を体現する。小津安二郎を愛するヴェンダースから東京へのラブレターとも言える詩情あふれる1本。

『PERFECT DAYS』

監督/ヴィム・ヴェンダース
出演/役所広司、柄本時生ほか
2022年 日本映画 2時間4分 12/22よりTOHOシネマズ シャンテほかにて公開
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。

※この記事はPen 2024年1月号より再編集した記事です。