インド・ムンバイにて生まれ、17歳にてロンドンへ渡って美術を学び、現在はイギリスを代表する彫刻家として知られるアニッシュ・カプーア(1954年〜)。1990年のヴェニス・ビエンナーレ英国館での個展、同年のターナー賞の受賞、1992年のドクメンタへの出展など、主な国際展への参加や欧米の美術館にて個展を開催してきた。また日本においても2013年から東日本大震災の復興支援のため、建築家の磯崎新と協同して移動式コンサートホール「アーク・ノヴァ」を制作し、被災地の松島、仙台、福島、東京にて公開。さらに国内のギャラリーでの個展を開いてきたほか、『シンプルなかたち展:美はどこからくるのか』(森美術館、2015年)に出展するなどして活動している。
東京・表参道のGYRE GALLERYでは、同ギャラリーとしては6年ぶりの展覧会、『アニッシュ・カプーア_奪われた自由への眼差し_監視社会の未来』が開催されている。ここで展示しているのは、赤を基調にしたいくつかの絵画と、床へ断片的に置かれた巨大な肉塊のようなオブジェだ。ともに生々しい赤の迫力に圧倒されるが、その赤や色についてカプーアは「赤は暗く、もちろん血ですが、内臓的な深みがあります。赤はそれ自体が詩的な存在であり、生命と死を支えるものとして神秘的です。私は常に色を表面ではなく『様相』として探求してきました。水に浸るのと同じように、色に浸りたいと思っています。色は空間を拡張します」とステートメントにて記している。
この異様、あるいは奇態とも受け止められるオブジェへと目を向けたい。時折、白も混じる暗い赤の表面の質感は血塗られた肉の塊のようで、ぐちゃぐちゃに切り刻まれた内臓を連想させる。またしばらく見ていると、マグマが噴き出して固まっているとも、得体の知れない怪物が排泄物をまき散らしているようなイメージも頭に浮かび上がる。さらに目を凝らすと一部は壁に顔料が飛び散っていて、キャンバスの地のような布に絵具が大量に塗り込まれていることも見てとれ、ソフト・スカルプチュア的な性質を帯びていることもわかる。よく知られた漆や鏡を用いた作品においても、カプーアは視覚認識や空間の概念を揺さぶってくるが、より心がダイレクトに掻き乱される。
「監視下にある人々が芸術表現をどのように解釈し、各人自ら内在している心の有り様をカプーアの作品を通していかに映し出されるのかを問いかけている」(本展キュレーター 飯田高誉)をテーマとする本展。「天井の無い監獄の誕生」、「ビッグブラザー」、「全体性という怪物」など、ミシェル・フーコーやジョージ・オーウェル、ロラン・バルトらの作品を引用した3つの章から構成されている。またGYREのアトリウムでは本展のコンセプトからインスピレーションを得て、アーティストチームのC田VA(小林丈人+ 髙田 光+ 太田 遼)が手がけたインスタレーションも設置されている。ホワイトキューブを侵食するようにインパクトのある作品を並べ、カオスに満ちた状況を生み出した事件とも呼べる展示を見逃さないようにしたい。
『アニッシュ・カプーア_奪われた自由への眼差し_監視社会の未来』
開催場所:GYRE GALLERY丨東京都渋谷区神宮前5-10-1 GYRE 3F
開催期間:2023年11月23日(木) 〜2024年1月28日(日)
https://gyre-omotesando.com/artandgallery/anish-kapoor/