ヴィム・ヴェンダース監督インタビュー 「ルーティーンが与えてくれる幸せな人生」とは

  • 写真:興村憲彦 文:長畑宏明
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11月初旬、都内某所のビルにて。窓から東京の風景を眺めるヴェンダース監督。

アンダーカバーの高橋盾が自身のインスタグラムで「生涯ベスト10に入る」と投稿するなど、ヴィム・ヴェンダース監督の新作『PERFECT DAYS』が公開前から映画業界の枠を超えて話題を呼んでいる。

主人公は、東京・渋谷でトイレの清掃員として働く平山(役所広司)。淡々と同じことを繰り返す毎日だが、音楽と読書、そしてフィルムカメラでの撮影を趣味とする彼は、平穏な日々にささやかな喜びを見出していた。そんなとき、彼は思いがけない再会をする。それが彼の過去に少しづつ光を当てていくがーー。

本作は、渋谷区17カ所のトイレをきれいに生まれ変わらせるプロジェクト「THE TOKYO TOILET」を発端としているが、ヴェンダース自身がトイレを見学した際に大きなインスピレーションを得て、平山という一人の清掃員の物語をつくり上げた。トイレを舞台とした映画がここまでの傑作になるなんて、誰が想像しただろうか。ヴェンダース監督に、彼の東京観と、映画が観客に問いかけるものについて聞いた。

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寝る前に文庫本を読むのが平山(役所広司)の日課だ。(映画『PERFECT DAYS』から)

『東京画』から40年、変わったものと変わらないもの

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ヴィム・ヴェンダース⚫︎1945年、ドイツ・デュッセルドルフ生まれ。70年に長編監督デビューし、『都会のアリス』(74年)、『まわり道』(75年)、『さすらい』(76年)の3部作で注目を集める。『ことの次第』(82年)で、ベネチア国際映画祭の金獅子賞を受賞。『パリ、テキサス』(84年)でカンヌ国際映画祭のパルムドールに選出。『ベルリン・天使の詩』(87年)で同監督賞を獲得し、『時の翼にのって ファラウェイ・ソー・クロース!』(93年)で同審査員特別グランプリを受賞。『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』(99年)、『Pina ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』(2011年)などドキュメンタリー映画もアカデミー長編ドキュメンタリー賞にノミネートされている。

──本作『PERFECT DAYS』の舞台として押上という街を選んだ理由はなんですか。東京では、東側と西側で雰囲気が異なりますが、そのあたりは考慮されましたか?

ヴィム・ヴェンダース監督(以下、ヴェンダース) たしかに、隅田川を渡ると、世界がガラッと変わります。私はスカイツリーの影にある、小さな通りと木造家屋のある古い町並みが大好きです。前回東京に来た時はまだスカイツリーがなかったので、私にとっては新鮮で。今回はその界隈を探索してみようと思いました。それに、そもそも川が大好きなんです。特に、徒歩か自転車でしか通れない橋がいいですね。

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東京スカイツリーの下にある橋を自転車で渡る平山と姪のニコ(中野有紗)。(映画『PERFECT DAYS』から)

──主人公の平山が、自宅がある押上から仕事場である渋谷方面へ高速道路で移動するところを俯瞰でみせるシーンが印象的です。

ヴェンダース そう、高速道路は私の専門分野ですから。(笑)

──かつて小津安二郎が撮った東京をたどるドキュメンタリー映画『東京画』から40年、東京に対する印象はどう変わりましたか?

ヴェンダース 『東京画』は1983年の映画なので、だいぶ昔の話ですね。その時は小津安二郎が亡くなってちょうど20年後のタイミングでした。そして2023年は『東京画』から40年。当時撮影した東京をいま見つけようとしても難しいですね。いま観るとまるでイノセンスな時代のようで、もはや存在しない都市のように思えてきます。『東京画』に映っている東京は、今日のそれよりも小津時代のものに近いですからね。

──そうですね、東京も変わりましたね。

ヴェンダース でも、世界有数の大都市であるのにもかかわらず、とても住みやすい街であることは昔から変わりません。スリにあったり、危険な目に遭う心配も少ないし、私はいまでもこの街を楽しんでいます。街を散歩するのも、地下鉄に乗るのも大好きです。他人に対して敵対的で、冷酷な他の大都市よりもずいぶん平和的な感じがします。80年代、90年代の東京はSFの街という印象が強かったですが、いまは違いますよね。いまSFといえば上海あたりでしょうか。でも、とても住みやすいとは言えません。東京はいまだ市民のための都市であり、ビジネスのためだけの都市ではない。実際、街の中で生活圏と商業圏が隣り合っています。その隣り合った感じがいい。

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多忙なスケジュールを縫っての取材にもかかわらず、サービス精神も旺盛なヴェンダース監督。

──東京に住んで仕事をしている身からすると、この都市の立ち位置がよくわからなくなることがあるんですが、他の都市とは明らかに違う、ということなんでしょうか?

ヴェンダース パリはもっと慌ただしい。ロンドンには60年代の古い感覚が残っていながら同時にSF的だし、エッジーで物価が高い。ローマやサンフランシスコ、ニューヨークについてもいろいろ言えると思います。ただ、正直いうと、私は比較してものを語ることが苦手です。比較をすることで、自然ではないものや対立軸を生み出してしまうから。

──本作では、日本人独特の癖みたいなものがとても細かく描かれています。たとえば、日本人は知らない人と目が合うと、すぐに目をそらす傾向がありますが、平山もまさに代々木八幡宮のベンチでサンドイッチを食べている時に隣の女性と目があって気まずそうにする場面がありました。

ヴェンダース そのシャイなところが、私にはとても愛おしく見えます。もしかすると、なかには「オープンさが欠けている」と見る人もいるかもしれません。一方で私の見方では、この恥ずかしがり屋さんは、なにかを他人に共有せず自分だけのものにしておきたいのかもしれない。これがもしロサンゼルスだったら、みんな笑顔で、赤の他人にも「元気かい?」と声をかけて、誰もがすぐに友達になる。でも、それってどこか嘘っぽいじゃないですか。日本人はすぐに心を開かず、自分を保つ傾向がありますが、その方が現実に近いと思います。

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代々木八幡のトイレ掃除を終えて、束の間の休憩。木漏れ日を見上げながら話をする平山とニコ。(映画『PERFECT DAYS』から)

ルーティーンが「自由」を与えてくれる

──平山のような人は、資本主義社会においてスポットライトが当たりにくい存在だと思います。もちろん、質素ながら充実した暮らしを送っている人たちがいることは多くの人が認識していると思いますが、それでもいまはみんな経済的に余裕がないし、アッパーな人たちに目が行きがち。私はこの映画を観て、「彼のように生きたい」と強く感じました。ただ、それができない。彼の人生を描写することはすなわち、この時代に対する批評になると感じたのですが、いかがでしょうか?

ヴェンダース あなたはいま、「こんな風に生きてみたい」と言いましたよね。同時に、「こんな風に生きることはできない」ということにも気付いた。これは重要なステップです。そこから、彼の在り方に一歩近づきました。私たちの人生は「なにが必要か」ではなく「なにに満足するか」ということによって定義されているのです。私は、平山がなにに満足しているのかをこの映画の中で明らかにしていません。だからこそ、観る者に感動を与えるのだと思います。これが必要だと社会に信じ込まされているものよりも、本当に自分を満足させてくれるものについて考えるべきです。たとえば、私たちは、成長することでしか満足できないと思い込まされていますが、本当は逆で、成長することでより不満を感じるようになっているのかもしれない。

──そのことに気付いたのはいつ頃でしたか?

ヴェンダース 十分に歳をとってから、ですね。役所(広司)さんの力で平山がまるで実在する人物のように見えますが、おそらくこんな人はなかなか見つけられないでしょう。彼は私たちが憧れる存在です。それゆえ、私たちにもなりうるもの、あるいはなろうとしているものを思い出させてくれる、素晴らしいキャラクターなのです。彼には日課があって、そのなかで多くの自由を満喫しています。

──私たちはどこか、ルーティンを退屈なものとして否定的に捉えがちです。

ヴェンダース そうなんです。でも実は、ルーティンはある種の構造を与えてくれます。そして、その構造の中にこそ、本当の自由を見出すことができる。自分自身を解放してくれるスペースが生まれる。だから、日課を重荷としてではなく、自分を助けてくれる構造として理解するならば、多くの人がもっと人生を楽しむことができるのではないでしょうか。

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「東京で好きな店は?」と聞くと、「みんな行っちゃうから秘密」とヴェンダース監督。

『PERFECT DAYS』

監督/ヴィム・ヴェンダース
出演/役所広司、柄本時生、中野有紗、アオイヤマダ、麻生祐未、石川さゆり、田中泯、三浦友和
配給/ビターズ・エンド 
※12/22(金)よりTOHO シネマズ シャンテほか全国ロードショー 
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