戦後間もない闇市を舞台に、戦争や暴力をめぐる映像詩『ほかげ』ほか【今月の映画3選】

  • 文:森 直人(映画評論家)
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今月のおすすめ映画①『ほかげ』
戦後間もない闇市を舞台に、戦争や暴力をめぐる映像詩

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主演の趣里は、この10月から放送開始された2023年後期NHK連続テレビ小説『ブギウギ』でもヒロインを務める(戦後、ブギの女王と呼ばれた笠置シヅ子がモデル)。森山未來ともども塚本組には初参加。若い復員兵役の河野宏紀はPFFグランプリ受賞作『J005311』で監督を務めた。

戦争の焼け跡、闇市の風景。まだ1945年8月15日から間もない時期だろうか、誰もが汗だくになる酷暑の夏、バラックの小さな居酒屋を独りで営む女(趣里)がいる。やがてその狭い店に、空襲で家族を亡くした孤児の少年(塚尾桜雅)が入り浸るようになる。女は生き抜くために身体を売ることを余儀なくされ、少年は盗みを繰り返していた。さらに戦場で狂気を目の当たりにしてきた復員兵の青年(河野宏紀)も住み着き、三人は疑似家族のような日々をしばらく過ごすことになる……。

インディペンデント映画を代表する異才にして巨匠、塚本晋也監督の最新作は、『野火』と『斬、』を受け継ぐ主題──戦争や暴力をめぐるシネエッセイ調の映像詩に仕上がった。たとえば野坂昭如の「焼け跡闇市派」小説なども思わせる。東京に生まれ育った塚本は、「僕の原体験としての闇の記憶は、祖父母の家に遊びに行く途中、母に連れられて通る井の頭線のガード下でした」(『塚本晋也読本』キネマ旬報社)と、かねてから語っている。傷痍軍人がアコーディオンを弾いたり、まだ街に残っていた戦時下の日本の傷跡。塚本は『鉄男』などで独自の探究を続けてきた「都市と人間」の相関──その歴史の下に埋められた我々のルーツでもある「闇」を掘り起こしていく。

大人たちが起こした争いの残骸を見つめるのは、孤児の少年の透徹した眼差しだ。彼は素浪人のようなテキ屋の男(森山未來)から仕事をもらったと言い残し、厳しい自立の道へと踏み出す。タイムトンネルを潜るような過去への旅から未来形の希望をつなぐこの傑作は今年9月、第80回ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門に出品され、NETPAC賞(最優秀アジア映画賞)を獲得。日本人監督初の同賞受賞となった。

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©2023 SHINYA TSUKAMOTO / KAIJYU THEATER

『ほかげ』

監督/塚本晋也
出演/趣里、森山未來ほか
2023年 日本映画 1時間35分 11/25より渋谷ユーロスペースほかにて公開
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。

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今月のおすすめ映画②『パトリシア・ハイスミスに恋して』
伝説的作家の素顔に迫る、貴重なドキュメンタリー

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© 2022 Ensemble Film / Lichtblick Film

『太陽がいっぱい』や『見知らぬ乗客』など、多くの著作が映画化されている伝説的なミステリー作家、パトリシア・ハイスミス。本作は彼女の素顔に迫るドキュメンタリーだ。もともと別名義で書いた『キャロル』は同性愛者の女性の恋愛を描いたことで、当時のLGBTQ+コミュニティで話題になった。だが順風満帆なキャリアの一方、やがて孤独により心身が蝕まれていく。これはクィア史を反映する、時代や社会に抑圧された表現者の貴重な記録だ。

『パトリシア・ハイスミスに恋して』

監督/エヴァ・ヴィティヤ
出演/マリジェーン・ミーカー、モニーク・ビュフェほか 
2022年 スイス・ドイツ合作映画 1時間28分 11/3より新宿シネマカリテほかにて公開
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。

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今月のおすすめ映画③『理想郷』
移住先の田舎で起こる、実話をもとにした心理スリラー

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© Arcadia motion pictures,S.L.,Caballo Films,S.L.,Cronos Entertainment,A.I.E,Le pacte S.A.S.

なんて皮肉なタイトルだろう。スペインの村に、都会からやってきたフランス人夫妻。スローライフを夢見て田舎での有機農業を始める彼らだが、閉鎖的な地元民の兄弟が夫妻をヨソ者と敵視して追い詰めていく。ホラーばりの恐怖と暴力に解決策はあるのか? 実際の事件をもとに社会や人間の分断を寓話的に語りきるドラマ運びが見事。監督はマドリード出身の気鋭ロドリゴ・ソロゴイェン。第35回東京国際映画祭でグランプリほか計3冠に輝いた。

『理想郷』

監督/ロドリゴ・ソロゴイェン
出演/ドゥニ・メノーシェ、マリナ・フォイスほか 
2022年 スペイン・フランス合作映画 2時間18分 11/3よりBunkamuraル・シネマほかにて公開
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。

※この記事はPen 2023年12月号より再編集した記事です。