時計好きなら知っておきたい、腕時計のデザイン史をキーワードを交えて解説

  • 文:並木浩一
  • イラスト:岡田成生
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20世紀初頭に花開いた腕時計のデザインはいくつもの節目を超えて、時代ごとに多様性を獲得してきた。その歴史と潮流の変遷をキーワードでたどる。

Pen最新号は『腕時計のデザインを語ろう』。腕時計の「デザイン」に焦点を当て、たどってきた歴史やディテールを振り返るとともに、プロダクトとしての魅力をひも解く。同時に、つくり手である人気ブランドのデザイナーにも話を訊いた。デザインの“本質”を知ることで、腕時計はもっと面白くなるはずだ。

『腕時計のデザインを語ろう』
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黎明期(19世紀末〜)

腕時計の始まりは1900年前後のことだ。その起源として、1902年に終結したボーア戦争の戦場で、兵士が懐中時計を腕に革紐で結び付けたのが最初であるという説がある。事実はともあれ黎明期の腕時計には、デザインの意思を見ることは難しい。

しかし腕時計はすぐに、懐中時計との差異をデザイン化した。主要なポイントは、リューズが12時位置の天側から3時位置に移動したことだろう。そして、ストラップで上下を支持するかたちだ。紐や鎖でぶら下げ、必要な時だけポケットから引っ張り出される懐中時計と異なり、腕時計は身体に密着し、つけたままで操作される。高い身体性と原初的な人間工学が、自ずと備わっていた。

Keyword:懐中時計から腕時計へ
腕時計の原型が登場し始める19世紀の末から1910年代は、かたちも一定には決まらない腕時計の黎明期であり、トランジション=過渡期でもあった。ポケットに忍ばせて必要な時にだけ引き出す「持ち物」である懐中時計との差は大きく、懐中時計から転用された意匠はやがて失われていく。 

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初期の腕時計では懐中時計を流用し、リューズが横にくるように文字盤を90度傾けて革紐を付けたものが多い。金属製カバーが付いた、ジラール・ペルゴが1880年頃に製作したドイツ海軍将校用の腕時計が知られる。

アールデコ(20世紀初期〜)

腕時計がはっきりと自律的なデザインを採るようになった時期は、アールデコに重なっている。アールデコは20世紀初頭から1930年代にかけて登場した、腕時計が経験する初めてのデザイン潮流だった。幾何学的なデザイン要素を多用するアールデコは、建築、工業製品、ファッションなどにも幅広く影響を及ぼしたが、特に腕時計ではその傾向が顕著である。

腕時計のアールデコは直線的で幾何学的なフォルム、抽象的なデザイン要素、白色金属の使用などが特徴で、自然のモチーフを使ったアール・ヌーヴォーとは対照的。また、古代ギリシャ・ローマの要素も含まれ、クラシシズムが取り入れられた。レイルウェイ型のミニッツトラックも、アールデコの代表的なディテールである。

Keyword:アールデコ
20世紀初期のアール・ヌーヴォーと入れ替わるようにヨーロッパを席巻した芸術潮流で、語源は1925年のフランス・パリで開催された万国博覧会、通称「アールデコ博覧会」。その後はアメリカに伝播し、ニューヨークのクライスラー・ビルの建築などを代表とする「アメリカン・デコ」は30年代に最高潮に達した。 

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アールデコに直接関わった時計ブランドといえばカルティエ。1904年にルイ・カルティエが有名な飛行士アルベルト・サントス=デュモンのために製作した「サントス」(11年に製品化)には、そのデザインの特徴が見える

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アールデコの腕時計は欧州からアメリカへ。活気あふれる「狂騒の20年代」を象徴する、ドライバーのために文字盤を傾けた時計もヴァシュロン・コンスタンタンで製作された(「ヒストリーク・アメリカン 1921」として復刻)。

バウハウス(1910年代〜)

同時期にドイツで誕生したデザイン潮流がバウハウスである。1919年にヴァイマールに設立された造形学校バウハウスはモダニズムの芸術とデザインの発展に寄与した。合理性を重視する理念はモダンデザインの原点であり、33年にナチスの圧力により閉鎖されたが、同時期以降の時計デザインにも決定的な影響を与えている。

有名なモットーである「機能がフォルムを決定する」は多くのブランドが取り入れた。シンプルな丸型のフォルム、装飾を排除した文字盤、実用性を強調した視認性の高い針、直線的なバー型アワーマーカー、幾何学的なタイポグラフィ、正確な時間表示など、整理された要素で構成されるモダンデザインは、バウハウスが原点である。

Keyword:バウハウス
ヴァイマールに設立された造形学校バウハウスで発祥した芸術・デザインにおけるモダニズムが、その後世界を席巻。合理性を追求したデザイン理念は同調者を増やし、ナチスの圧力により1933年に閉鎖された後も、迫害を逃れて他国に亡命した教員らによって継承され、現在でも信奉者は多数。

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1932年に誕生したパテック フィリップのドレスウォッチ「カラトラバ」コレクション。「機能がフォルムを決定する」という、バウハウスの理念に従って装飾的要素を極力排除したデザインを採用、現在まで息づいている。

ミッドセンチュリー(1940年代〜)

40年代から60年代にかけては、ミッドセンチュリーデザインが花開く。第2次世界大戦後、新素材を用いた形状や鮮やかなカラーの工業製品が大量生産されたが、腕時計も例外ではなかった。ミッドセンチュリーの腕時計デザインには、時期によって多様性がある。

代表的な50年代の流儀は凸型のボンベダイヤル、下向きに曲げた時分針と秒針、ドーム型の風防ガラスなど、今日よく復刻されるレトロモダンなデザインだ。

Keyword:ミッドセンチュリー
イームズに代表されるように、おもに家具デザインなどで顕著になったモダンデザインのブーム。中心地となったのは第2次世界大戦後のアメリカで、この国が戦場とならなかったために余力をもっていた工場が、FRPやアルミなど当時の新素材でモダンな形状、ビビッドなカラーの製品の大量生産を行った。 

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ミッドセンチュリー期に発達したエレクトロニクス技術は、腕時計デザインの可能性を拡張。電池駆動の腕時計は丸型に依存せず、フォルムは自在。ハミルトン「ベンチュラ」は俳優エルヴィス・プレスリーも愛用。

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1960年代を代表するデザインのひとつが、オーバル型のケースフォルム。ラドーの「ジ・オリジナル」のルーツである、62年誕生の「ダイヤスター」は、面積の広い楕円形ベゼルが特徴の“バレルライン”を採用した。

機能主義・近未来主義(1950・60年代〜)

一方では初めて音叉で精度をコントロールするエレクトリックウォッチが登場し、50年代、60年代の近未来的なデザインと結びついた。これらの腕時計は、今日レトロフューチャーとして再評価されている電子回路を露出させた文字盤や、初期のLEDデジタルウォッチに特徴的である。

モダンデザインは一部で先鋭化し、70年代以降は極めてファンクショナリズム=機能主義的な腕時計の誕生にもつながっていく。装飾的要素を廃して機能を最優先した腕時計が一世を風靡し、異形の腕時計は機能が美を生み出すという理論武装を行ったのである。

Keyword:機能主義
機能性を最優先したデザインが必要であるという考えは20世紀に広く通じた。装飾にはなんの機能もないとして否定的な立場をとる、建築の分野で多く使われる用語。バウハウスのスローガンにも採用された「機能がフォルムを決定する」は、そもそも機能主義の建築家であるルイス・サリヴァンの言葉に由来するもの。

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「落としても壊れない丈夫な時計」という一点突破のコンセプトで誕生したカシオの「G-SHOCK」は、強さのために一切の無駄を省いた角型フォルムを採用した。腕時計としては異端のデザインが、今日にまで続く大ベストセラーに。

Keyword:近未来主義
1950年代後半から60年代にかけて、それまでの文脈からはまったく異なった未来的(フューチャリスティック)デザインが誕生した。まだクオーツが登場する以前に、電池で駆動するエレクトリックウォッチは、針すら不要のデジタル表示が可能で「時刻を知らせる」表現方法すら根本から変えた。

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LED式デジタルウォッチは、スペースエイジを代表する未来の時計と目された。宇宙時代のギアを思わせるデザインの「ハミルトンパルサー」は多くのセレブリティやファッショニスタを虜にした名品で、2020年に復刻。

ポップアート&ポストモダン(1960年代〜)

その反面、ポップアートもしくはポストモダン的な腕時計が一般の支持を受けたことも見逃せない。クオーツ時計の普及は革命的で、大量生産によって存在感を増し、デザインの自由度を高めた。80年代にはキース・ヘリングのグラフィックを採用したスウォッチがブームとなったように、ポップアート、ポップカルチャーとも結びついて大成功を収めたのである。機能主義やモダニズムに反発する動きとしての腕時計のポストモダニズムからは、デザイナーが次々とスポットライトを浴びた。

Keyword:ポップアート・ポストモダン
大量生産・大量消費の社会をテーマとした現代美術の潮流であるポップアートと、脱近代主義としてのポストモダン。どちらも20世紀の半ば以降に盛り上がったムーブメントであるが、腕時計のデザインに関しては機能主義・合理主義に対するアンチテーゼとして、色やかたちの多様性や装飾性が主張されていた。 

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他のプロダクトデザインと同様に、機能主義一辺倒への反動として始まった腕時計のポストモダニズム。 赤、青、黄の三原色を取り入れた、カラフルなアラン・シルベスタインの腕時計が話題を呼んだ。

北欧ミニマリズム(1980年代〜)

80年代から90年代にかけて、まったく異なる視点から注目を浴びたのが北欧をルーツとするミニマリズムだ。家具やインテリアを得意分野とするような北欧ミニマリズムのデザイナーやブランドが、腕時計シーンのフロントラインに登場した。

伝統的な時計ブランドのデザイン思想とは異なる、装飾を排除したミニマルデザインと腕時計との融合は、小型で薄型で軽量なクオーツ腕時計と調和した。

Keyword:北欧ミニマリズム
シンプルで機能的なデザイン哲学を特徴とするスタイル。スカンジナビア諸国で発展し、20世紀半ば以降には国際的に注目された。室内デザイン、家具、テキスタイル、建築、工業製品などさまざまな分野にわたり、無駄を削ぎ落とし、クリーンでミニマルな形状、機能性と美しさの調和を重視する。

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インテリアデザインに始まったスカンジナビアン・デザインが腕時計に波及し、ブームをつくったのが1990年代。北欧ミニマリズムの大御所ブランドであるジョージ ジェンセンも参入し、現在も人気を集めている。

デカ厚&ラグスポ、新古典主義、DX(1990年代〜現在)

20世紀の終盤に一大ブームを起こしたのは“ラグジュアリースポーツ”の一群である。上品なドレスウォッチ、控えめなビジネスウォッチといった美意識の先入観をあざわらうかのように、スポーティでゴージャスな腕時計が時代の最先端に立った。〝デカ厚〟が腕時計のジャンルとされ、褒め言葉であったのもこの時期である。

そして今日の腕時計では、アップルウォッチに代表されるスマートウォッチが重要な位置にある。制約から解放され、DXの一環として位置付けられた腕時計は、プロダクトデザイナーらに制作の機会を提供した。またエコロジー、SDGs、スーパーノーマルなどの概念が多様性も促進している。

一方でゆり戻しのようにレトロデザインの見直しや復刻、古典の再評価=腕時計の新古典主義ともいえるものが進行中だ。過去の腕時計の多くは決して失われたものではなく、何度でも蘇ることが可能である。腕時計のデザインは現在と過去、未来を交差させながら膨大なデザインのアーカイブを築き上げ、さらに拡張を続けているのである。  

Keyword:デカ厚・ラグスポ
貴金属製のドレスウォッチという従来の高級腕時計観をくつがえす、ステンレス・スチール製高級スポーツウォッチの概念がラグジュアリースポーツ(ラグスポ)。オーデマ ピゲの「ロイヤル オーク」が起源といわれる。「デカ厚」はケースの直径が大きくて厚みがある時計を指す用語で、1990年代に登場し話題を呼んだ。

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1990年代に突如到来したデカ厚ブームの主役となったのがパネライ。「ルミノール」や「ラジオミール」の大きさと厚さに世間は驚いたが、イタリア海軍の特殊潜水部隊用の秘密装備ギアがルーツというヒストリーで納得。

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アイコニックなデザインはラグスポの絶対的要素であるが、その中でも突出して目立つ“押し出し”をもつのがリシャール・ミル。ケース形状、ダイヤルのオープンワーク、大胆なカラーリングなど独創的なフォルムが圧巻。

Keyword:新古典主義(ネオ・クラシシズム)
新古典主義は歴史的な伝統への回帰と、現代的な創造性の融合を追求する運動。調和、対称、秩序、理性、美学の規範を重視する。本来は古代ギリシャと古代ローマの古典的な要素と価値観を再評価する、美術、文化、建築、音楽などの分野の用語。

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ブレゲの「トラディション」のデザインルーツは、18世紀に活躍していた創業者アブラアン-ルイ・ブレゲの考案した懐中時計「スースクリプション」。インスピレーションを得て製作された、21世紀作の“古典”だ。

Keyword:DX(デジタルトランスフォーメーション)
DXは、デジタルテクノロジーを活用して既存の社会モデルを変革し、効率性を高める取り組み。クラウドコンピューティング、ビッグデータ、人工知能などを含む。スマートウォッチの機能では音声アシスタントなど他のデバイスとの連携が注目される。

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立体としての文字盤ではなくスクリーン上で多様な情報を表示するアップルウォッチなどのスマートウォッチ。多機能のウエアラブル端末だが、それでも手首につけて時刻を表示するDX時代の腕時計でもある。

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