プロデューサー・小林武史が考える百年後とは? 千葉県で開催中の百年後芸術祭をレポート【インタビュー】

  • 文:小松香里
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小林は、プロデューサーに就任のきっかけとなった芸術祭、いちはらアート×ミックスを訪れた際、都市の発展を支えている工業地帯である、千葉県・内房総地域の独特な“ノスタルジー”に魅力を感じたそう。 写真:岩澤高雄(以下同)

千葉県誕生150周年記念事業の一環として、9月30日から来年6月まで千葉県内の複数の場所で開催されている、『百年後芸術祭』。千葉県の豊かな自然環境や東京都の隣接性を活かし、アートや音楽などにテクノロジーやSDGsを取り入れた新たな芸術祭だ。

その前身は、2014年から3年に一度のペースで開催され、アートの力を通じて人口減少や少子高齢化、若者の域外流出といった問題に相対する課題型の千葉県・市原市の芸術祭『いちはらアート×ミックス』。2021年の『いちはらアート×ミックス』に小林武史が訪問した後、千葉県誕生150周年記念事業として内房総の広域で芸術祭を開催する話が持ち上がった流れで、小林が150周年記念事業総合プロデューサーに就任。『瀬戸内芸術祭』や新潟の『大地の芸術祭』、『奥能登芸術祭』を手掛けてきた北川フラムを総合ディレクターに迎え、『百年後芸術祭』は発足した。

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同日、ライブ会場となったKURKKU FIELDS内では、地域の食の魅力が集う、EN NICHI BA(エンニチバ)も開催。約20店舗の屋台が出店した。 

この百年後芸術祭の一環である、内房総地域(市原市、木更津市、君津市、袖ケ浦市、富津市)の各地域を舞台にした「百年後芸術祭~環境と欲望~内房総アートフェス」では、、[OA1] 国内外からアーティストやクリエイターが参加し、多様なアート作品が展示されるほか、ライブアートパフォーマンスや食をテーマにした体験型プログラムも実施。 目玉のひとつが、10月21日に開催された小林と岩井俊二による音楽映画3部作『スワロウテイル』、『リリイ・シュシュのすべて』、『キリエのうた』の劇中アーティストであるYEN TOWN BANDのグリコ(Chara)、Lily Chou-Chou(Salyu)、Kyrie(アイナ・ジ・エンド)が一堂に会した「円都LIVE」である。ライブが行われる直前、会場となった小林が代表を務める千葉県・木更津市のKURKKU FIELDSにて百年後芸術祭の目的とヴィジョンを聞いた。

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開催のきっかけは、新潟の大地の芸術祭だった

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『百年後芸術祭』の目玉である10月21日に開催された、円都LIVE。一夜限りの特別なライブに約2500人のファンが集結した。 

小林は「経済合理性のことばかり考えて投資をやる人間ばかりでは、未来はディストピアにしかならない。次の世代に対して響くことのためにお金を使う人間が必要なんです」と力強く言い切った後、「2012年にフラムさんが手がけた新潟の大地の芸術祭を訪れた時に、世界は地域の繋りや営みでできていると実感しました。その手ごたえが百年後芸術祭に繋がる大きなきっかけのひとつになった」と語った。

「フラムさんがこれまで手がけられてきた瀬戸内芸術祭や新潟の大地の芸術祭、奥能登国際芸術祭は都心から遠いということもあり、旅情が感じられる。センチメンタルな気分を感じられることで、アートに詳しくない方でも足を運ぶ動機が生まれる芸術祭だと思います。しかし千葉県は比較的都心に近いので、そういう要素を植え付けるのはなかなか難しい。そこで、映像作家の柿本ケンサクさんや舞台美術監督の種田陽平さん、彫刻家の名和晃平さんといった最先端のクリエイターとクリエイティブ/プロデュース/パフォーミングチーム、Butterfly Studioを結成し、瀬戸内芸術祭や大地の芸術祭、奥能登芸術祭とは違うアプローチの芸術祭にすることにしました。9月30日に市原市の上総更級公園で『en Live Art Performance』と名付けた約50分間のプログラムを行いましたが、11月にはKURKKU FIELDSで公演を予定していて、内房総アートフェスの中でButterfly Studioを育てていこうと思っています。日々さまざまな準備をしているのですが、とてもおもしろいです」

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クリエイティブとテクノロジーの世界は繋がっている

“百年後”というワードを聞いて、希望を抱く人もそうでない人もいるだろう。

「この千年は世界規模で考えても“奪い合い”が加速した時代です。ハマスとイスラエルの衝突ももちろんそのひとつです。今夏の異常な暑さも人間同士の“奪い合い”が生んだもの。すべては繋がっています」と小林は語る。

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ライブのクライマックスには、ドローンによる満天の星空を彩った演出も。 

百年後芸術祭は今世界で起きていることに警鐘を鳴らす意味で、ディストピアを感じさせるエッジの立ったクリエイティブを内包しているのだ。小林はLIVEの演出について、こう言及した。

「Butterfly Studioにはドローンチームもいます。ドローンはショーに利用すればエンターテインメントになりますが、他方でウクライナ軍がドローン軍を擁する等、兵器にもなります。付き合い方次第なんです。百年後芸術祭にはえぐみみたいなものを入れた方がいいと考えています。そして、最先端のテクノロジーを導入した作品が複数ある一方で、Butterfly Studioのスペシャルコンテンツとして開催する円都LIVEには、今年公開された『キリエのうた』に主演したアイナ・ジ・エンドがいる。アイナ・ジ・エンドはBiSHという器を通った後、いまひとりのアーティストとしての表現に向かっています。技術や機能をプログラムしていく中でAIがデータを表すのは鏡のようなものだと思っているのですが、アイナ・ジ・エンドもおそらくBiSHというグループをひとつの鏡にして自らのシャーマン的な役割をおのずと理解している。そういうクリエイティブとテクノロジーの世界は通じるものがある。それは岩井監督も感じていることだと思う。円都LIVEではその化学反応を見せられると思っています」

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今後の『百年後芸術祭』の展望とは

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Lily Chou-Chou(Salyu)は、圧倒的な歌唱力で会場を魅了。スクリーンに映る、時空を超えた演出を思わせる映像作品も印象的だった。 

『百年後芸術祭』は2024年の3月半ばから5月までの約2カ月間をメインの期間として位置づけ、さまざまな催しを予定している。

「フラムさんのディレクションにより、いちはらアート×ミックスのエリアを広げて、内房総にアートを置きます。僕も何人かのアーティストに声かけさせてもらっていて、新たな演目も考えています。百年後芸術祭は、博報堂ケトルにいた大木秀晃くんが考えたネーミングなんですが、百年後に向けていろいろなものを繋ぐことで新たな何かが生まれると思っています。Lily Chou-Chouの『呼吸』というアルバムがいまアメリカでバズっていて、複数の場所からライブのオファーがあるような状況になっている。そして、Butterfly Studioに参加してもらっているダンサーの高村月さん、アオイヤマダさんといった新世代の素晴らしいアーティストもたくさん出てきている。広義の芸能の解釈においてもさまざまなことを繋げられると思っています。たとえば、時代や世代を超えたミュージシャンを集めてカバー曲でアートパフォーマンスを行うのもおもしろいかもしれない」

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すべては“円”と“縁”で繋がっている

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Kyrie(アイナ・ジ・エンド)は、特設ステージを目一杯に使い、ダンスも交えたパフォーマンスを披露した。

インタビュー中、小林は何度も“繋ぐ”という言葉を口にした。そしてもうひとつ、頻繁に口にしていたのが“重なり”という言葉だ。

「種田陽平さんが美術監督を務めているButterfly Studioの円都LIVEのステージはお面がひとつのテーマになっています。なぜお面かというと、現代の都市には“個の自由”とか“あなたの夢を叶えます”ということが看板のように打ち出されていて、“個の自由”がところかしこに標榜されているような状況です。しかし、人がいくら集まったとしても、重なり合ってみんなが豊かになれているかというとそうではありません。集まっているように見えてもセパレートしている。マルクス・ガブリエルが著書の『なぜ世界は存在しないのか』で書いているように、細かい複数の断片が重なり合っているだけで、本当の世界はどこにもないのではないか、ということです。でも僕は本来、命は重なり合うものだと思っています。だからKyrie(アイナ・ジ・エンド)の『キリエ・憐れみの讃歌』という楽曲で《世界はどこにもないよ だけど いまここを歩くんだ 希望とか見当たらない だけど あなたがここにいるから 何度でも 何度だっていく 全てが重なっていくために》という歌詞を書きました」

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YEN TOWN BANDのグリコ(Chara)は、楽曲中にステージを降りるなどパフォーマンスを見せ、会場を大いに盛り上げていた。

インタビューの直後に行われたYEN TOWN BANDのライブ中、小林は『百年後芸術祭』についてこう語っている。

「YEN TOWN BANDが生まれてから4半世紀が経つ。そう考えると、100年後はそんなに遠い未来でもない。僕らはどこか低いところで繋がってる。百年後芸術祭ではそういうことをやっていきます。だから、円都LIVEにはYEN TOWN BANDとLily Chou-ChouとKyrieが出ている」

いま起きていることと100年後は繋がっている。その後、グリコ(Chara)が「誰しもが誰かのお腹から生まれてきた」と言ってから演奏されたのは、命と思いを繋いでいく楽曲『小さなてのひら』だった。

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世代を超えたアーティストたちによって繋がれたステージは、小林の言う百年後を表現していた。

《世界はどこにもないよ だけど いまここを歩くんだ 希望とか見当たらない だけど あなたがここにいるから 何度でも 何度だっていく 全てが重なっていくために》

27年の時を超えてYEN TOWN BANDからバトンを渡されたKyrie(アイナ・ジ・エンド)。エンディングの「キリエ・憐れみの讃歌」を歌う、その上空にはドローンによって描かれた無数の光の連なりが輝いていた。

LIVEでは全体を通して、随所にLily Chou-Chou(Salyu)の楽曲、「飽和」のチェロの旋律が挟み込まれ、時代も世代も背景も違う3組を繋いでいたのも印象的だった。すべては“円”と“縁”で繋がっている。『百年後芸術祭』は、ここからどんな未来を繋いでいくのだろうか。

『百年後芸術祭』

100nengo-art-fes.jp