井野将之(いの・まさゆき)デザイナーのファッションブランド、ダブレット。最初のヒットアイテムは、2016年春夏の“重ね刺繍スカジャン”だ。世のスカジャンのモチーフをすべて集めて一箇所に刺繍したような、誰も見たことのないスカジャンだった。合同展示会での発表だったが、目ざといバイヤーが買付けて人気が爆発。これによりダブレットのデザインの軸が定まった。
2018年にLVMHグループ(ルイ・ヴィトンらを傘下に持つ世界最大規模のファッション系コングロマリット)の支援ブランドに選ばれ、モード界での評価を確率。パリファッションウィーク(通称パリコレ)でランウェイショーも行い世界へと舞台を移した。
唯一無二の個性が愛されるダブレットだが、服への関心を「自分が着る服だけ」に絞っている人には馴染みが薄いかもしれない。奇妙な服と思う人もいるだろう。ところが井野デザイナーをアーティスト、ダブレットをアート作品と捉えると、アイテム1点1点の創作の奥深さに気づく。社会における常識的なモノの見方を覆し、無価値に思える存在にスポットライトを浴びせる。世界を相手にするいまでも、自身のルーツである日本ローカルの目線を崩さずに。
いわば「着られるアート」でもあるダブレットには、もうひとつ特筆すべきポイントがある。素材や仕立てといった服づくりでも他を圧倒する斬新な試みを行っていることだ。これが服好きに支持される理由の一翼である。ここでは2023-24年秋冬コレクション「モンスター」から、エッセンシャルなアイテムをピックアップ。見る人を笑わせるユーモアの裏に隠されたアートの真価を探っていこう。
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目が動く!ホラーのパンダジャケット
動物園、遊園地の花形の人気者パンダが、これほど不気味な様相になるとは!顔の目の位置に穴が開けられ、裏地のその部分にリアルな目がプリントされている。身体を動かすと裏地が揺れて目が動く仕掛けだ。服の特性をフル活用したアートである。図案は絵師がエアブラシとハンドペイントで描いている。工芸的な手仕事も味わい深い服だ。
パンダも野生では動物を食べることがあるらしい(タンパク質不足のとき)。動物を襲い肉食する姿を見たら、子どもたちの顔から笑顔が消えるだろうか。パンダを“かわいい”とする見方は、一方向だけの偏った社会通念なのかもしれない。
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狼の顔に変身するフーディ
「肉食動物=凶暴というイメージがついているかもしれません。しかし見た目や種族で決めつける必要はありますか?漫画『ビースターズ』のように、草食動物に恋をしてしまう心優しい『怪物』もきっとあなたの近くにいるはずです」とダブレット。フードは寒さを防ぐと同時に顔を隠せるパーツでもある。その特性を押し広げたデザインだ。
服としても工夫が多く、とろみと光沢の素材は表面がキュプラ。身体に沿う布のドレープが美しい。リメーク風に見せた切りっぱなしの裾や袖といったディテールにも抜かりがない。
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クモと仲良しの男が着るシャツ
一見するとベーシックなアメカジのネルシャツ。でもよく見ると普通でないことに気づく。胸ポケットに立体刺繍の大きなクモがいて、袖口や左胸にも小さなクモが。クモを愛する人、共存して生きる人、昆虫の化身のごとき人物像がここにある。
家のなかに出現するクモは害虫を駆除してくれることから、昆虫をよく知る人は決して嫌わない。それなのに悪のイメージがつきまとう不遇な存在だ。そんなクモをハードな自己演出のモチーフでなく、親しみを持って日常的な服に溶け込ませるのがダブレットのセンスである。
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狼人間の毛が覗くシャツ
「もし半人半獣の狼人間がいたら、その生き物が怯えていても理解されないだろう」という物語が想定されたシャツ。ワークウェアの破けたシャツから狼の素肌が飛び出ている。人が狼に変身するときに服が破れていく瞬間のように。
仕立てのテクニックではまず、本体をビンテージ風に退色加工。破いた箇所に裏からファイクファーを当て、縫い付けて立体的に形づくっている。ファンタジーやSF映画のようなストーリーに基づく、デイリーにコーディネートしやすいシャツだ。
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缶コーヒー片手に休憩タイムのフーディ
着て顔を出すと、着ぐるみの頭を外して休憩するテーマパークの1シーンに見えるだまし絵のフーディ。実際に着ると顔との大きさの比率もありリアリティが薄いのだが、コンセプトがよく伝わるユーモアアイテムだ。
ダブレット一流の庶民愛から華やかな舞台の影に隠れた裏方にフォーカスしたのかと思いきや、テーマはやや異なる。「愛らしさ全開の人気者にも背中にファスナーがあり、頭は取り外せる。中に入っているのは人間ではないかもしれないし、あなたかもしれない」とのこと。確かに着ぐるみに笑顔で手を振ったり、抱きつく人を見ると不安に駆られることがある。「中にあなたの知らない誰かがいるんだよ」と。現実を直視するのも、目を背けるのもその人しだいだ。
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着ぐるみの頭を逆さにしたバッグ
着ぐるみをファンタジーな生き物でなく、現実の衣裳として捉えたとき、頭をひっくり返せば容器にすぎないことに目を向けたアイテム。着ぐるみは中が空洞だ。外側しか物質がないのなら、バッグとして別の役割を与えてしまっても問題ないはず。
製造をバッグの縫製工場に依頼したのがさらなるダブレットのこだわり。デザインは意図的にチープにしても、仕立てがよくないとモードの本質が失われることをよくわかっている。
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パリ・メンズでのランウェイショー
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ダブレットが今季秋冬のテーマに掲げたワードは「モンスター」。
「映画や小説の中では他人種を超えた異人種との共存の世界がある。そして現実に異人種が共存する場所は、テーマパークに遊園地。そこにいる巨大なネズミや黄色いクマはとても人気もの。なぜだろう。“怪物”と呼ばれるはずなのに。自分と違うものに怯えるはずなのに。そんな間違いだらけの世界が広がりますように。皆が“怪物”でありますように」(コレクションリリースより抜粋)。
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井野デザイナーに以前、若い時期に影響を受けた事柄について尋ねたところ、「アートや写真などより、日本の漫画やドラマです」と答えが返ってきた。生真面目な服づくりだった初期ダブレットから現在の前衛スタイルに切り替わったときは、「どうせそんなに売れないなら、好きなようにやろうと考え方を変えました」と語っていた。これは本人に確認していないことだが、おそらく井野さんは自身をアーティストと名乗ることも、コレクションをアート作品と呼ぶこともしないだろう。アカデミックな系譜に属するより自由人でいたいはずだ。着て生活する服というプラットフォームで活動する人だからこそ、ユーモアのオブラートに包んだ説教臭くない社会メッセージが心に深く響く。
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【画像】現代美術かパロディか!? モノに別の価値を与えるダブレットの真価に迫る【着る/知る Vol.164】
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目が動く!ホラーのパンダジャケット
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狼の顔に変身するフーディ
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クモと仲良しの男が着るシャツ
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狼人間の毛が覗くシャツ
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缶コーヒー片手に休憩タイムのフーディ
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着ぐるみの頭を逆さにしたバッグ
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パリ・メンズでのランウェイショー
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ファッションレポーター/フォトグラファー
明治大学&文化服装学院卒業。文化出版局に新卒入社し、「MRハイファッション」「装苑」の編集者に。退社後はフリーランス。文章書き、写真撮影、スタイリングを行い、ファッション的なモノコトを発信中。
ご相談はkazushi.kazushi.info@gmail.comへ。
明治大学&文化服装学院卒業。文化出版局に新卒入社し、「MRハイファッション」「装苑」の編集者に。退社後はフリーランス。文章書き、写真撮影、スタイリングを行い、ファッション的なモノコトを発信中。
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