【Penが選んだ、今月の音楽】
『カルペ』
全米脚本家組合と全米俳優組合の同時ストライキは、未だ合意に至るまでの道筋が見えずにいる。華やかなスポットライトを浴びるほんのひと握りのスターを除き、夢舞台を支える大多数の人が待遇改善を求める現実を目の当たりにし、改めてクリエイティブな世界に生きる困難を思い知らされた気がする。
音楽の世界も現実は甘くない。今回、『カルペ』でメジャー・デビューを果たしたコーシャス・クレイのような才人でさえも、ジョージ・ワシントン大学を卒業後、音楽活動に専念せずにニューヨークで2年、不動産業者として働き、さらに1年間広告業界に勤務したという。奨学金を返済する必要があったのだ。
そんな状況を一変させたのが、ビリー・アイリッシュのデビュー曲のリミックスを手がけ、自信を深めた彼が2017年にSoundCloudにアップした最初のシングル「コールド・ウォー」だった。このオルタナR&Bの美曲に魅了されたテイラー・スウィフトが、「ロンドン・ボーイ」で同曲をサンプリング。大いに話題を集めた彼は、その後、インディR&Bのライジングスターとして着実に階段を上り続けた。
そうして発表された『カルペ』が、ジャズの名門ブルーノート作品であることは注目に値する。フルートやサックス、ベースなどのマルチ奏者であり、大学ではジャズを副専攻として学んだ彼のR&Bとジャズを越境する才能を見出した名門の慧眼にはただただ脱帽せざるを得ない。
クレイ自身もレーベルの期待を原動力に、幻想的な音色と美しい旋律で胸に迫る持ち味のオルタナR&Bだけでなく、ジュリアン・ラージら現代ジャズの俊英たちを迎え入れ、猛々しくサックスを吹き、真正面からジャズに取り組む新境地を開拓してみせた。名門との邂逅が生んだ飛躍の一枚に拍手を送りたい。
※この記事はPen 2023年11月号より再編集した記事です。