ミュシャのメッセージを体現する新ブランド「MUCHA」について、ミュシャのひ孫が語る

  • 文:小長谷奈都子

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連作「四つの花」から生まれたオードトワレ4種。それぞれの花を擬人化した異なるタイプの女性像が視覚と嗅覚で楽しめる。左から「オードトワレ ローズ 1898」、「オードトワレ カーネーション 1898」、「オードトワレ リリー 1898」、「オードトワレ アイリス 1898」各95ml ¥15,950

19世紀末にヨーロッパを中心に花開いたアールヌーヴォーを代表する芸術家、アルフォンス・ミュシャ。優美な女性像とやわらかな色彩、草花や幾何学模様などを配したデザイン力の高さで一世を風靡。作品は絵画にとどまらず、ポスターや装飾パネル、カレンダー、商品パッケージなど幅広く制作した。

今秋、そのミュシャの世界観を表現した新ブランド「ミュシャ」がデビューした。ミュシャ財団が公認する世界初のブランドだ。ルミネ有楽町、京都高島屋S.C.[T8]のショップオープンに合わせて来日した、ミュシャのひ孫であり、ミュシャ財団のエグゼクティブ・ディレクターのマーカス・ミュシャに話を聞いた。

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ミュシャ作品とフレグランスの高い親和性

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オードトワレやディフューザーなどブランドの核となるフレグランスコレクション。
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連作「四つの花」から生まれたオードトワレ4種のミニスプレーを収めた「オードトワレ ミュージアムボックス」2.8ml×4 ¥9,790
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美しいパッケージやボトルデザインはインテリアとしても楽しめる。

「マッシュスタイルラボが運営するジェラート ピケとのコラボレーションを2019年からスタートし、同社がミュシャの世界観をよく理解して服や小物をつくってくれたので、成功を収めることができました。その後、ミュシャのブランドを立ち上げる話をいただき、ぜひ実現させましょうということになりました」。

ブランドデビューの経緯を流暢な日本語で語るマーカス・ミュシャ。コロナ禍で4年ぶりの来日となるが、それ以前には展覧会などのため毎年来日していた。早稲田大学に留学経験もある。

「お店を構えるのは、曽祖父のアルフォンス・ミュシャのフィロソフィーにも合っています。『優れた芸術はすべての人の日常生活の中にあってほしい』というのは曽祖父が遺した言葉で、自分の作品は人々の生活をよくするためにあるという考えでした。『ミュシャの絵やプロダクトが家にあると嬉しくなる、多くの人が嬉しくなると世界がよくなる』と考えていたのです。そのフィロソフィーを受け継いでいきたいと思っています」

ブランドの核となるのはオードトワレやディフューザー、ハンドソープといった全33種類のフレグランスアイテムだ。香水の都として名高いフランス・グラースと、日本で活躍するパフューマーが調香を担当した。ボトルやパッケージデザインにはミュシャの原画アートが使われている。ミュシャ作品とフレグランスには、女性性、優美、官能といった共通ワードが見つかるし、1896年にはスプレー式香水「ロド」の商品ポスターを手がけており、切っても切れない関係性があるようだ。

「ミュシャ作品にとって、花はとても大切なモチーフです。花と香りは密接な関係なので、ミュシャ作品とフレグランスの親和性も高いのでしょうね。どれもすばらしい香りですが、特に好きなのが『四つの花』シリーズのローズです。ミュシャのパリのアトリエだった場所にはもう別の住人がいますが、いまでも庭にたくさんのバラの花が咲いていて、この香りを嗅ぐとパリのアトリエを思い出します」。ブランドのコンセプトである「蘇る情景を身に纏う。」をまさに表すようなエピソードだ。

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上:MUCHA ルミネ有楽町店。ファッション・ビューティの混合フロアで際立つクラシックな構え。 下:MUCHA 京都高島屋S.C.[T8]。フロア中央にあり、回遊しながら買い物を楽しめるゆったりしたスペース。

雑貨類では、今治タオルによる特許技法、五彩織で繊細にミュシャ作品を描いたタオルシリーズや、約200年の歴史ある米沢織のジャカード生地を用いたバッグなど、日本の職人技を用い、素材からデザインまで緻密にこだわり抜いたアイテムが揃う。

ルミネ有楽町と京都高島屋S.C.[T8]の店舗デザインのベースとなっているのは、かつてミュシャがデザインしたパリのジョルジュ・フーケによる宝飾店。深く落ち着きのあるウッドと、やわらかな曲線が特徴の空間にミュシャ作品が配され、一気に“ミュシャワールド”へと引き込まれる。

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各国の文化から影響を受けたミュシャの想い

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スキーが趣味で、留学時代には白馬や北海道・ニセコでスキーを楽しんだというマーカス・ミュシャ。

マーカス・ミュシャは生前のミュシャに会ったことはないが、ミュシャの息子である祖父によく話を聞いたそうだ。1960〜70年代のテレビ番組からもミュシャへの理解を深めたという。

「私の目から見ると、もちろん上手な画家なんですが、すばらしいと思うのは彼の平和主義のフィロソフィー。自分の絵を通して異なる国や人、文化と対話し、国々の架け橋となれば、世界はもっとよくなると考えていました。いまの世の中でも役に立つ考えだと思います」

ミュシャの芸術様式は、生まれ故郷のチェコ、パリを中心とするヨーロッパ、日本、ビザンチン、イスラムなどさまざまな国の影響を受けている。中でも、古来より自然を大切にしている日本は、自然豊かな村で生まれ育ったミュシャと響き合うものがあると分析する。 

「パリ時代にはお金が集まるとさまざまな国のものを買っていて、日本のものも多く残っています。ミュシャが描いたユリは日本の陶器に描かれていたユリと同じで、日本の芸術からインスピレーションを得て、自分の作品に落とし込んでいたのでしょうね。1970年代には日本のアーティスト、天野喜孝氏や出渕裕氏などがミュシャに影響を受けてグラフィックを手がけていますが、ミュシャと日本がインスピレーションを与えたり、受けたりしているのはよい話だと思います」

「芸術の目的は美を祝福することである」。これもミュシャのメッセージ。アートを日常のライフスタイルに取り入れて楽しめる「ミュシャ」のプロダクトは、ミュシャが願ったとおり、私たちの生活をより豊かに彩ってくれそうだ。

MUCHA

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