年代記を無理やり「一晩の物語」に脚本化。異色のジャズ映画『白鍵と黒鍵の間に』冨永昌敬監督インタビュー

  • 文:細谷美香

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本作では池松壮亮がジャズピアニストの博と南を一人二役で演じる。©️2023 南博/小学館/「白鍵と黒鍵の間に」製作委員会

昭和末期の夜の銀座を舞台に、ジャズピアニスト志望の青年と夢を諦めた男の運命が交錯していく映画『白鍵と黒鍵の間に』。刺激的な日本映画には欠かせない存在である池松壮亮を主演に迎え、『素敵なダイナマイトスキャンダル』の冨永昌敬監督が“狭間”で生きる人間たちの一夜の物語をリアルとファンタジーが交錯する世界観で描き出した。原作はエッセイストとしても活躍するジャズミュージシャン、南博による回想録『白鍵と黒鍵の間に−ジャズピアニスト・エレジー銀座編−』。ジャズと映画づくりの関係、俳優とのセッションについて冨永監督に聞いた。

ジャズから影響を受けた映画づくり

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冨永昌敬●1975年、愛媛県生まれ。1999年、日本大学芸術学部映画学科を卒業。卒業制作「ドルメン」がドイツのオーバーハウゼン国際短編映画祭の審査員奨励賞、続く「ビクーニャ」(2002年)が水戸短編映画祭のグランプリを受賞。「パビリオン山椒魚」(06年)で商業映画デビュー後、「シャーリーの転落人生」(08年)、「パンドラの匣」(09年)、「乱暴と待機」(10年)などでメガホンをとる。その後も、「ローリング」(15年)や、「南瓜とマヨネーズ」(17年)、「素敵なダイナマイトスキャンダル」(18年)といった劇映画を監督するほか、ドキュメンタリー映画「アトムの足音が聞こえる」(10年)や、「マンガをはみだした男 赤塚不二夫」(16年)を手がける。演出に参加したTVドラマに「ノーコン・キッド ぼくらのゲーム史」(13年)や、「ディアスポリス 異邦警察」(16年)などがある。最新監督作は、オリジナル脚本も担当したオダギリジョー主演の連続ドラマ『僕の手を売ります』(FOD、Amazon Prime Video)が10月27日(金)0時より配信される。

――監督は20代の頃から10年以上ジャズ喫茶でアルバイトをしていたそうですね。その前からジャズには興味があったのでしょうか。

冨永:10代の頃に一番有名なジャズ映画である『死刑台のエレベーター』(1958年)などの映画を観ているうちに、興味をもつようになりました。それでライブハウスかレコードを聴けるところでアルバイトをしたいな、と思うようになって。ジャズ喫茶で働いていた頃とほぼ同じ時期に、ライブイベントの撮影をする仕事もしていて、ミュージシャンの方たちのリハーサルでのやりとりを見たり、菊地成孔さんのレコーディングの様子を撮影させてもらっていました。

――当時の経験は、監督の映画づくりにも影響を与えていますか?

冨永:影響を受けていると思います。ジャズって曲そのものよりも、それをどう演奏するかが肝心な音楽ですよね。映画だと同じ原作が映像化されたり、リメイクされたりすることはありますが、同じ台本を違う監督が何度も撮るってことはないじゃないですか。でもジャズはデューク・エリントンならこう弾くけど、別のミュージシャンが演奏するとまた違うものになるよねっていう楽しみ方をする。映画をつくるときにもその意識があって、あまり完璧に構想を決めて現場に入らなくてもいいのかなという気持ちでいます。

――それは演出に関しても同じですか?

冨永:はい。だから俳優さんには細かいことを言わないですし、何テイクも重ねるようなこともしません。編集でつながらないことはわかっているのに、アングルを変えるときには芝居も変えたりするくらい。平均すると2テイクくらいなので、プロデューサーに「全然回していないけど、大丈夫?」って聞かれたこともあります(笑)

――演者が用意してきたプランと、監督が思い描いていた方向性が異なる場合もありますよね。

冨永:その場合は俳優さんがもってきたお芝居のプランを見て、僕の方が吸収するようにしています。自分が考えてきたことをちょっと直して、「じゃあ、 座りじゃなくて立ってお芝居してみましょうか」とか。実際、頭の中は大混乱していますけどね(笑)。でも現場はその方が絶対に楽しいんですよ。

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森田剛が独特の存在感で"あいつ"を演じる。©️2023 南博/小学館/「白鍵と黒鍵の間に」製作委員会

――一人二役を演じた池松さんは、完璧に準備をして現場に入る俳優というイメージがあります。

冨永:今回もピアノの特訓をして撮影に入ってくれて、『ゴッドファーザー 愛のテーマ』は現場で池松くんが演奏したものを同録しています。ピアノを弾きながら会話をするという難しいことをやってもらっていますし、池松くんにはとにかく好きにやってほしいという気持ちが大きかったです。

実際にご一緒して感じたのは、人物がその場面でどこを見るのかがわかっている人だな、ということでした。例えばサックス奏者のK助(松丸契)という人物が忍び込んできて勝手に演奏に加わるシーンで、サックスの音が聞こえてきたら上を見るとか、ソロパートの中でもお互いを刺激し合ってチラッと見るとか。そういうシーンを見て、すごく安心しました。

――刑務所から出てきて、主人公と“二人三脚”をするチンピラの“あいつ”を森田剛さんが演じて強烈な印象を残していますね。

冨永:森田さんは最初にお会いした時に少しお話ししただけで役をつくってきてくださって、嬉しかったです。あとは僕が現場で思い浮かんだことを伝えさせてもらったシーンなので、すごく面白かったですね。

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“ノンシャラント”が実は一番難しい

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博の同僚K助役には、サックス奏者の松丸契がキャスティングされている。©️2023 南博/小学館/「白鍵と黒鍵の間に」製作委員会

――原作と出会ってから、10年以上温めていた企画だとうかがいました。

冨永:南さんの10代から20代後半までのことが書かれているエッセイなので、最初は連続ドラマとして映像化しようと思っていました。脚本の高橋(知由)くんにも10話分くらいのプロットを書いてもらったのですが、途中から映画にしようという話になって。

2015年くらいから製作委員会に入っている会社の代表と3人で南さんにお話を聞いたり、銀座を歩いてみたりしながらチャンスをうかがっていたんです。次第に映画にするなら年代記ではなく、短い時間の中に色々な出来事が凝縮された方が面白いだろうという方向性になっていきました。

――一晩の物語の中に、時制の違う主人公が出てくるアイデアはどのようにして生まれたのでしょうか。

冨永:『死刑台のエレベーター』がロールモデルとも言えますが、単純に一晩とか二晩の物語ってかっこいいよねという思いもあったんです(笑)。そのままクロニクルとして描くのではなく、無理やり強引に一晩の物語にしてこそ脚本化と言えるんじゃないのか、みたいな。主人公が一人の設定でアイデアを練っていたときもありましたが、途中から違う時制に生きる2人を同じ空間に存在させることを思いついて、脚本が完成に近づいていきました。時制が交差する作品は『ブルーバレンタイン』など色々な作品を観ましたね。

――昭和が舞台ですが、ビルの壁と壁の間で物語が描かれている不思議なシーンもあり、ファンタジーの世界に引き込まれていくような楽しさも味わえました。

冨永:原作にはないシーンなのですが、ちょっとヘンなことをして空気を変えてみようという思いがあったので、楽しんでもらえたらうれしいです。現場でもそうなんですけど、とにかくみんなが退屈していないかな? ってことを気にしちゃう方なので(笑)

――あの場所は“白鍵と黒鍵の間”でもあるわけですよね。

冨永:ピアニストは白鍵と黒鍵の間を押したいと感じていると思うけれど、そこには音がないことになっているし、フィルムに置きかえると1秒は24コマでそれ以上のものを入れることは計算上できない。でも、狭間にこそなにか大事なものがあると僕は思っているんです。だからこの映画でも“なにかの隙間”に行ってもらおうと思って、あの設定を考えました。どうすればあの場所で生きていけるのか、リアルに考えるとおかしなことばかり起こるのですが、作中の色々なところで“between”というものを意識していたと思います。

――劇中に頻出する“ノンシャラント”という言葉は、直訳すると“無頓着”や“のほほんとした”みたいな意味になると思います。監督はどのように捉えていますか?

冨永:原作にも出てくる言葉なのですが、実は最初に読んだときはそんなに気になる言葉ではなかったんです。でもずっと映画を撮り続けているうちに、これこそが一番難しいことなんじゃないかと思えてきました。映画づくりをノンシャラントに、気ままにやっていたら崩壊しますよね(笑)。丁寧に準備をして現場でみんなが約束を守らないと、撮影は終わりません。でも、「無理なものは無理だよ、まぁせめて楽しくやろうぜ!」って気持ちも大事なんじゃないかな、と。

ものづくりをしていてなまじ経験を積んでいくと、自分の中で考えや方法をパターン化してしまいがちなのですが、それではつまらない。万全の準備をして仕事に行っても同じことしか起こらない可能性が高いのなら、絶対に忘れちゃいけないものを忘れて仕事に行くくらいの方が面白いんじゃないかな、という気持ちにさせてくれる言葉です。

『白鍵と黒鍵の間に』

監督/冨永昌敬
出演/池松壮亮、仲里依紗ほか 2023年 日本映画
1時間34分 10月6日よりテアトル新宿ほかにて公開。