若き才能が集結したデザインラボ・HONOKA、次世代の製法で伝える自然素材の魅力

  • 写真:齋藤誠一
  • 文:猪飼尚司

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時代の変遷とともに「畳離れ」が進むなか、いかに最先端の技術と新鮮な発想力をもって、現代に合う新しい畳文化が構築できないか。6人の若者で構成されるデザインチーム、HONOKAが手がける「TATAMI ReFAB PROJECT」の誕生のきっかけ、海外のデザインイベント参加の経緯、そして彼らが目指す未来のかたちを聞いた。

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BREAKING by Pen CREATOR AWARDS 2023
ユニークな才能で存在感を強める、いま注目すべきクリエイターをいち早く紹介。アート、デザイン、エンターテインメントなど、各界のシーンで異彩を放つ彼らのクリエイションと、そのバックボーンに迫る。

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「TATAMI ReFAB PROJECT」

日本古来の床材として長年親しまれてきた「畳」。芳しい香り、落ち着きのある色調、均一で美しい編み目に加え、弾力があり、調湿や消臭にも優れる機能的なアイテムだ。一方で、生活環境や住宅様式の変化から、現代の暮らしと畳の距離はどんどん離れている。TATAMI ReFAB PROJECTでは、廃棄される畳や原料を生分解性樹脂と混ぜ、大型3Dプリントテクノロジーによって、家具のかたちに転換。次世代の畳の可能性を追求していく。協力企業として、3Dプリンターメーカーのエクストラボールド(技術協力)と、畳メーカーのイケヒコ・コーポレーション(素材提供)が参画している。

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背景の異なる6人のデザイナーが集結

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デザインラボ HONOKA

6名のプロダクトデザイナーによるデザインラボ。上段左から時計回りに、ビューリー・薫・ジェームス、栃木盛宇、藤原和輝、原田真之介、横山翔一、鈴木 僚。3Dプリントを基軸に、次世代のデザインを研究。手触り、香り、色彩など、自然素材の魅力を“ほのか”に感じさせるものづくりに挑戦している。写真はサローネサテリテ・アワードの受賞風景(提供:HONOKA)

──インハウスやフリーランスなど、別々に活動をされているみなさんが、どのような経緯で「HONOKA」としてチームを結成したのでしょうか。

原田真之介(以下、原田) HONOKA結成のきっかけは、イタリアで毎春開催されている35歳以下の若手デザイナー限定の展示会「ミラノサローネサテリテ」に僕が2022年に出展したことです。世界的なイベントに参加する意義を感じつつも、世界の舞台でもっと人々の関心を引き、クオリティの高い骨太な内容を展開するには、総力としてもっと仲間が必要だと実感したのです。そこで、学生時代から付き合いのあった横山に相談をもちかけました。

横山翔一(以下、横山) 僕は畳の材料であるい草を樹脂に混ぜて、3Dプリンティングができないかという実験を前から繰り返していました。原田からの話を聞いて、もっと大きな枠で自分の取り組みを捉えれば、世界に発表できるプロジェクトになるかもしれないと思ったのです。

ビューリー・薫・ジェームス(以下、ビューリー) 個人的に進めていた福岡の畳メーカー、イケヒコ・コーポレーションとの素材プロジェクトに、さまざまな視点を掛け合わせて発展させられることに期待しました。

──畳やい草に対して、どのような感覚をもって取り組まれたのですか。

横山 当時僕が住んでいた家の近所に、畳屋さんがあったんです。店先には、使い古された畳がいつも並んでいて、それらはいずれ廃棄されてしまうものでした。日本人が長年親しんできた伝統的な建具。リサイクルもでき、香りもよくて、消臭・調湿といった機能を持つ優秀な素材なのに、そのまま捨てられてしまう。あまりにももったいないので、現代の技術をもって新しい価値を見出せないだろうかとずっと考えていたんです。

ビューリー 僕の場合は、廃棄されてしまうい草の再利用法にプロダクトデザイン的視点を持ち込めないだろうかと、畳メーカーから直接相談を受けたことがきっかけです。3Dプリンターで積層していくさまざまなタイプの樹脂(=フィラメント)にい草を混合することで、市場拡大の可能性を模索していました。

原田 横山とビューリーの立場は、ある種、競合関係でもあるのですが、新たな価値の創造を目指すのであれば、一緒に活動したほうがより可能性も広がる。そこで、3Dプリンターメーカーのエクストラボールドに所属している藤原と栃木にも協力を要請しました。そして、学生時代から僕や横山と交流のあった鈴木にも参加してもらうことにしたのです。

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左:鈴木 僚(すずき・りょう)1993年、山形県生まれ。金沢美術工芸大学卒業。東芝にて家電やインフラのデザインを経験し、現在はヤマハにて楽器のデザインに従事。震災遺児とのものづくり、地場産業のデザインなど個人活動を行っている。 右:原田真之介(はらだ・しんのすけ)1993年、福岡県生まれ。日本大学藝術学部デザイン学科卒業。CASIOにて電子機器のプロダクトデザインに従事し、現在はデザインスタジオTMにて家電、家具、雑貨など幅広い領域のデザインを手掛ける。日本大学藝術学部デザイン学科非常勤講師。
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左:横山翔一(よこやま・しょういち)1993年、広島県生まれ。日本大学藝術学部デザイン学科卒業後、セイコーエプソンに入社。2023年に東洋大学福祉社会学部人間環境デザイン学科助手に就任。3Dプリントに特化したCMFデザインの研究を独自に行う。 右:栃木盛宇(とちぎ・もりたか)2001年、宮崎県生まれ。桑沢デザイン研究所プロダクトデザイン専攻科卒業。ExtraBoldやByte Bitesなどに所属し、大型3Dプリンターから3Dフードプリンターまで幅広いツールを用いて、家具・プロップス製作、新たな食体験の創造に携わっている。
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左:藤原和輝(ふじわら・かずき)1991年、兵庫県生まれ。首都大学東京インダストリアルアートコースを卒業後、トヨタ自動車に入社。Extraboldに出向し、大型3Dプリントのオペレーション、研究開発に従事。 右:ビューリー・薫・ジェームス(びゅーりー・かおる・じぇーむず)1987年、大阪府生まれ。多摩美術大学プロダクトデザイン学科卒業。TOTO、プロダクトデザインスタジオHers Design Inc.で住宅設備、家電製品、生活雑貨などのデザイン経験を経て、2020年に自身のスタジオを設立。

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それぞれの視点で、素材そのものがもつ魅力を解釈

──立場も専門分野もまったく違う6名。どのような目標の下に、意識を共有していったのですか。

鈴木 僚(以下、鈴木) 僕が浜松在住ということもあって、全員が顔を合わせてミーティングするのは現実的ではありませんでした。そこで毎週オンライン上で集合して、対話を重ねる中で、共通するイメージや造形の言語を探っていったのです。

HONOKAがやりたかったのは、畳のリデザインではなく、素材そのものが持つ魅力を奥深く探求し、新たなデザイン言語を掛け合わせていくこと。ですから、単に素材の物質的特性だけを掘り下げるのではなく、その背景にあるものすべて──畳文化が培う伝統やい草の香り、日本の建築や建具が持つ規則性、艶や色が醸し出す情感など──を広く考察し、それぞれの専門分野の知識や個人的な感覚をフルに活用しながらブラッシュアップしていきました。

原田 さらに、い草を板状に編んで畳にしていく感覚で、3Dプリンターで樹脂を積層し、立体的に編み直していきました。加えて日本の伝統的な意匠を再解釈。現代生活において活用できるアイテムになるよう、3Dプリンティングのデザインも従来とはまったく異なる感覚で捉えています。

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上:素材開発の過程。織り込んだ畳(左)を砕いて粉状に(中央)。これを樹脂を混ぜ込み、ペレットにしていく(右)。 下:サテリテで発表した作品の一部。左から「CHIGUSA」「MUKURI」「YOCELL」「AMI」。い草が描き出す美しい緑。構造の仕組み、編み方の違いによって、多様な緑の世界が広がる。

──畳やい草の再利用法だけでなく、3Dプリンティングによる造形の可能性をも引き伸ばそうとしたということですか。

藤原 はい。ですが、畳職人の手業をデジタルに置き換え、3Dプリンティング特有の複雑な造形を目指すという短絡的な手法に陥らないように気を付けました。い草が持つ魅力と可能性。樹脂がもつ成形の自由度を活かした造形表現を目指しています。

ビューリー 2023年のサローネ・サテリテが掲げたテーマが「Design Schools – Universities / BUILDING THE (IM)POSSIBLE. Process, Progress, Practice」だったのですが、この「BUILDING THE (IM)POSSIBLE=(不)可能を創造する」というキーワードとマッチするように、各先品で新しい3Dプリントの出力方法を考えながら、固定観念にとらわれない新鮮な試みができたと感じています。

栃木盛宇(以下、栃木) ExtraBoldの社内にある、3Dプリントに用いる素材の試作・開発ができる機械で、い草を樹脂と混ぜながら、色や質感を検証しました。おかげでデザインの解像度を高めることができました。年代の異なるメンバーと実のある対話を重ね、自分たちのテーマを会場デザインにも反映しながら世界観を表現できたのはよかったです。

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サローネサテリテの展示会場(提供:HONOKA)

──結果として、サローネサテリテに参加した550名のデザイナーのなかで、グランプリを受賞されました。その後の反響はいかがですか。

原田 サテリテに参加できるのは、未発表の作品であることが条件です。研究・開発の経緯とその成果としてはとても満足しています。ただ、完成したものをどのように活用するのかという展開をあまり考えていなかったので、これらの作品が製品化を目指すのか、一点モノのアートピースなのか判断を問われると難しいところですし、今後の課題だとも思っています。

横山 3Dプリンティングによるものづくりの価値を示せたことで、大手メーカーから商品化の可能性を探りたいという問い合わせもいただいています。ただ、そのまま商品にするには価格が高すぎますし、大量生産にも向いていない。プロダクトとして完成させるには、まだまだクリアすべきポイントが多いのが現実です。

藤原 一方で、素材への取り組み姿勢そのものに共感していただいた企業もあるので、新素材の開発や共同研究については積極的に取り組んでいきたいですね。

栃木 進化し続ける3Dプリンティングの現場では、試すべきことがたくさんあります。こうした状況こそがデザインの思考を高めていく。デザイナーも企業も新たなフェーズに突入するとてもいいタイミングだと実感しています。

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上:鈴木がデザインした「MUKURI」。適度な抜けによって見る角度で表情が変化する網目構造を独自に開発。畳の含有量を変化させることでグラデーションを生み出し、生い茂るイグサの風景を再現した。照明のほかにテーブルもある。 下:横山が担当したスツール「CHIGUSA」は、日本の伝統的な縞柄「千筋模様」をモチーフに、大型3Dプリンターで出力した複数のパーツを立体的に組み合わせた。

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各々が見据える、HONOKAのこれから

──HONOKAとしての活動は、それぞれのお仕事にも影響を及ぼしていますか。

鈴木 プロダクトの研究・開発だけでなく、外に向けて発信するには、動画、グラフィック、ウェブなどさまざまメディアでの展開を考えていかなければなりません。HONOKAがいわば“ゆるい集合体”であるおかげで、メンバーを限定せず、目的に応じた外部の人材に声がけをして、最適なアウトプットを組み立てられたのはよかったです。

藤原 インハウスデザイナーは社内の関係性の中で自分の専門性を高めていくのが基本姿勢なので、視点が内向きになりがち。今回のプロジェクトのように積極的に外に出て、いろんな人と思考をぶつけ合うことで、世界に向けたデザイン発信ができるのだと思います。

原田 企業は大勢でプロジェクトを進行していくため、1人のデザイナーが触れることができるのはごく一部のディテールであり、多大な時間を要します。HONOKAは全員が同じ立場にいるので、意見交換も素早く、フレキシブルにデザインを発展させることができました。

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上:藤原による「AMI」は、平面的な編み模様を立体的に再構築したもの。スツールとランプシェードを製作している。 下:栃木の「YOCELL」。平安時代から伝わる六角形の幾何学模様「麻の葉」をモチーフにスツールを製作。大型3Dプリンターによる積層跡を効果的に活用している。

──HONOKAは今後、どのように成長していくのでしょうか。

横山 HONOKAがひとつの活動体であることは確かですが、メンバーにはそれぞれ異なるバックグラウンドがあります。その専門性によってHONOKAは多様な視点を持ち続けることができています。

藤原 外部からは法人化した方がいいという意見もいただくのですが、各々に本業があるからこそHONOKAとしてこれがやりたいというモチベーションも生まれている。さらには、HONOKAとして考えたことが、本業の仕事で生かされることも多いのも事実です。

ビューリー サテリテで発表した作品を、アジア、中東、ヨーロッパなどの展覧会やイベントで展示したいという要望もいただいています。これに合わせて、これらの作品のさらなる改良も試みたいですね。

鈴木 国内では、今秋(2023年10月20日〜10月29日)に開催されるデザインイベント「DESIGNART TOKYO 2023」に参加します。凱旋展としてサテリテで発表した7作品を展示しますので、間近で作品をご覧いただけます。

原田 デザインのクオリティを上げるために、畳や3Dプリンターに限らず、幅広い素材・加工技術・専門性をもった企業パートナーと向き合い、デザインへの気づきを拡張し、未来へとつなげたいと思います。

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TACHIWAKI
Designer:JAMES KAORU BURY(提供:HONOKA)
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TABA
Designer:SHINNOSUKE HARADA(提供:HONOKA)
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KOHSHI
Designer:SHINNOSUKE HARADA & MORITAKA TOCHIGI(提供:HONOKA)
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AMI
Designer:KAZUKI FUJIWARA(提供:HONOKA)
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CHIGUSA
Designer:SHOICHI YOKOYAMA(提供:HONOKA)
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SORI / MUKURI
Designer:RYO SUZUKI(提供:HONOKA)
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YOCELL
Designer:MORITAKA TOCHIGI(提供:HONOKA)

 

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Pen CREATOR AWARDS 2023
2017年にスタートした「Pen クリエイター・アワード」。第7回となる今回は、その1年に最も輝いたクリエイターをたたえる『Pen』本誌での特集に加えて、最旬のクリエイターをWEBで紹介する「BREAKING」と、作品公募×ワークショップのプロジェクト「NEXT」を展開。本誌「クリエイター・アワード」特集は2023年11月28日発売予定。