時代に合わせたかたちを探る、「人形師」という仕事

  • 写真:朝山啓司
  • 文:高橋美礼
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人形師
中村弘峰

1986年、福岡県生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科彫刻専攻を修了後、父で博多人形師の中村信喬に師事。有田の柿右衛門窯と太宰府天満宮での丁稚奉公を経て中村人形4代目を継承。

福岡市内にある中村人形の工房。焼成や絵付を担う複数の職人をかかえる工房制。父であり3代目の中村信喬もここで制作する。

 

手作業でつくられる福岡の伝統工芸「中村人形」は、代々異なる作風であることも特徴のひとつ。4代目・中村弘峰は、自身の作風をどのように考えているのだろうか。

Pen最新号は『デザインと手仕事』。テクノロジーの進化が目覚ましい現代において、いま改めて人々は、手仕事に魅了されている。しかもそれを、使い手である私たちだけではなく、つくり手であるデザイナーや建築家たちこそが感じている。手仕事に惹かれるのは、手の温もりを感じられるから──そんなひと言にとどまらない答えが、ここにある。

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「人の祈りを形にしたもの」――人形師の中村弘峰は、作品をそう定義する。

「たとえば、子どもや孫のためのお雛さまや五月人形は、健やかな成長と安泰を願う純粋な気持ちの証しともいえます。僕が考える人形師は、人の祈りを形にする仕事です」

中村は、1917年に福岡で創業した中村人形4代目として、博多人形の伝統技法を継承しながら現代的な解釈で新しい人形の境地を切りひらいている。出世作のひとつ、きらびやかな野球のユニフォームを着た五月人形『ジ・オトギリーグ・オールスターズ:モモタロウ』のように、古いものと新しいものとが渾然一体となった姿は、時勢を映し出す存在とも呼べるだろう。世界で活躍するアスリートを現代の英雄と捉え、古典的な題材の桃太郎と重ね合わせた。

この作品は、東京藝術大学の大学院を修了後、中村人形の3代目で父の中村信喬のもとで修業を重ねながらも、作家意識と伝統工芸の間で方向性を見つけ出せずにいた中でつかんだ「ターニングポイントだった」と中村は話す。

「長男のために五月人形をつくることになり、桃伯(とうはく)という息子の名にちなんで桃太郎にしたいけれど、古典のままでは味気ない。五月人形は本来、伝説的な英雄を題材にするのですが、現代の英雄、つまりヒーロー、それならアスリートだと思い至りました。その頃までの僕は、なかなか作風を確立できずに釈然としない日々を送っていて……。でもこの人形をつくっている間は、ちょっとしたイタズラをはたらいているようなワクワク感がありました。そして完成した時には雷に打たれたような衝撃を覚え、祈りという抽象概念にかたちを与えるとはこういうことだと心底、実感したんです」

 

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緑の眼をした生き物たちのシリーズ「グリーンアイズ」のゴリラを制作中。着彩してから、硬い線を描いたところにプラチナ箔を貼り、模様を一つひとつ描き込んでいく。

 

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人形や「大狛犬」のスケッチ、博多祇園山笠の扇子用に描いた「黒田長政公四百年忌」の下絵、「世界水泳福岡2023」会場バナー用の下絵など。和紙に墨で描くことも多い。

 

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工房で素焼きと乾燥が終わった状態の作品。子どもの成長を願って選ぶファーストシューズとしてのスニーカーと、端午の節句に飾る兜としてのキャップ。

 

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工房の壁には先代の写真が。中村人形の初代・筑阿弥(ちくあみ)は1897年生まれ。その息子が2代目の衍涯(えんがい)。弘峰の曽祖父と祖父にあたる。

 

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「サンプリング」という、デザイン的な視点が導く作家性

中村は楽しそうに振り返るが、実物には驚くほど精密な柄が、一つひとつ手で描き込まれている。メジャーリーガー仕様のマスクには、鬼の顔、犬、猿、雉と「Peaches」のロゴ。ユニフォームやサポーターは亀甲など縁起のいい紋様で埋め尽くされ、そのすべてが古典柄。この独自の世界は、「第3回金沢・世界工芸トリエンナーレ」のコンペティション部門で優秀賞を受賞した。

「自分でつくろうとするのをやめました。人形の顔は京都に伝わる御所人形、能装束で使われる柄、そして野球選手の姿。いわばすべてサンプリングです。自我をもたない心のありようが、作家性につながると思っています」

 

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右:ギャラリー傀藝堂の開廊記念に、初めて親子で合作した『結びの一番』。傀という文字に着想を得て、桃太郎と鬼の相撲を人形で制作。鬼を父・信喬が、桃太郎と行司の猿を弘峰が手がけている。 左:福岡大名ガーデンシティの広場に設置されている『大名の大狛犬』。高さ1.6m、横幅4.5mの大きな狛犬は、登ったり寝転んだり、触れて遊べるモニュメント。

 

現代のアスリートとのかけ合わせはシリーズ化し、次男の松徳(しょうとく)くんには那須与一をアーチェリー選手に仕立てた人形をつくった。さらには、工事現場で働く人やレスキュー隊員など、誰かのために頑張る名もなきヒーローシリーズへと展開。こうした作品は、中村人形のギャラリー傀藝堂(かいげいどう)で発表しながら販売しており、特別な仕様での制作依頼も引きも切らない。

細密な柄を手で描き入れる人形をつくる一方で、中村は博多祇園山笠・土居流の舁山(かきやま)製作を任されるという大役も担う。今年7月には、世界水泳選手権会場のための飾り山笠を制作した。また、22年に福岡大名ガーデンシティに完成した『大名の大狛犬』をはじめ、常設のパブリックモニュメントも手がけてきた。

 

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気軽に人形の絵付け体験を楽しめる素焼きの博多人形『マスターロード』。左のふたつが干支、右のふたつがエヴァの特別版。

 

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現代の名もなき英雄をテーマにするシリーズのひとつ、工事現場の英雄。道路工事の道具と作業服には伝統装束の柄、ヘルメットにはブランド名「Tuff」の英文字を組み合わせている。

 

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「世界水泳福岡2023」の会場であるマリンメッセ福岡のために制作した飾り山笠『願四海波静(ねがわくは しかい なみ しずかなれ)』。山笠の起源を題材に、世界の安寧を願う僧侶の姿を通常の1.5倍もの高さでつくり上げた。

 

手のひらに収まる小さな人形もあれば、見上げるほど大きな像もある。工程や使う道具がその都度違っても、中村の手による幅広い表現で、父・信喬とも異なる人形を生み出してきた。代々受け継ぐ名前も、一子相伝の様式もないのは、中村人形の特徴的なところだ。「守るのは家訓だけ」だという。

「初代が残した“お粥食ってもいいもんつくれ”。つまり妥協しないで“いいもん”を追求しなさいという家訓にいつも立ち戻りながら、進んでいます」

職人でも作家でもなく、人形師と名乗る潔さと変わり続けるしなやかさ。それが中村の力強さの根底にある。

 

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古いものと新しさを一体化、時勢を写し出す存在に

中村の長男のために制作した五月人形『ジ・オトギリーグ・オールスターズ:モモタロウ』。現代の英雄像を、桃太郎のキャッチャーというアスリートに見出している作品だ。

 

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傀藝堂(かいげいどう)

今年オープンした工房近くのギャラリー。設計は建築家の神谷修平によるもの。100年後も色褪せない建築をとリクエストした。

●福岡県福岡市中央区桜坂1-10-46 1F 
TEL:092-791-5316
営業時間:13時〜17時 
※入場は閉場15分前まで
定休日: 水、土、日、祝 
入場無料 
www.nakamura-ningyo.com/gallery

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