ドイツのヴィトラ キャンパスに新しく完成した小さなガーデンハウス。建築家の田根剛が考える、自然と共生し地域とリンクする持続可能な建築のあり方とは?
Pen最新号は『デザインと手仕事』。テクノロジーの進化が目覚ましい現代において、いま改めて人々は、手仕事に魅了されている。しかもそれを、使い手である私たちだけではなく、つくり手であるデザイナーや建築家たちこそが感じている。手仕事に惹かれるのは、手の温もりを感じられるから──そんなひと言にとどまらない答えが、ここにある。
『デザインと手仕事』
Pen 2023年10月号 ¥880(税込)
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わずか15平方メートルに職人技をちりばめた、庭師のための小さな空間
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ヴィトラ キャンパス内に今年6月に竣工した、ヴィトラ社員や庭師が休憩に使う15㎡の小さな建築。一般にも開放され、屋上からは、庭園を一望することができる。 © Julien Lanoo | courtesy of ATTA and Vitra(以下同)
田根 剛 建築家/1979年、東京都生まれ。2017年にATTA-Atelier Tsuyoshi TaneArchitectsを設立し、パリを拠点に活動。代表作に「エストニア国立博物館」「弘前れんが倉庫美術館」など。36年に「帝国ホテル東京・新本館」が完成予定。
スイスの家具メーカー、ヴィトラの工場や美術館があるヴィトラキャンパス。フランク・ゲーリーをはじめ、安藤忠雄、ザハ・ハディド、SANAAなど、気鋭の建築家による施設が立ち並ぶ敷地を眺めると、緑地が以前にも増して豊かになっていることに気づく。
これは工業化の一途をたどった歴史と一線を引き、未来に向けた環境保全と自然との共生を目標に掲げるヴィトラの意気込みの表れでもある。
その象徴として、2020年にランドスケープデザイナー、ピート・アウドルフによる庭園「アウドルフガーデン」がオープン。さらに、今年6月、庭師のための小屋として田根剛が設計を手がけた「ガーデンハウス」が完成した。
わずか15㎡という狭小建築ながら、場所の記憶を掘り起こし、過去・現代・未来をつなぐ建築を目指す田根の哲学が存分に活かされた骨太のプロジェクトだ。
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ガーデンハウスの内観。テーブルとチェアの脇には小さなキッチンを備え、庭師たちが作業の合間にお茶をしたり、ゆっくりと休憩できるようになっている。
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冬と夏で寒暖差の激しい地域の気候を鑑み、外壁には茅葺きを施した。厚さは30cmほどあり、まるで分厚い毛皮を纏った動物のような雰囲気を醸し出している。
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風土に根ざす植物や繰り返し新芽を出す宿根草による自然な庭園づくりを行う、ピート・アウドルフによる美しい庭。ここに寄り添うようにガーデンハウスは立っている。
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キャンパス全体を上空から眺めた様子。庭園中央に位置するガーデンハウスの右上には、篠原一男が1961年東京に完成させ、2022年にキャンパスに移築された「から傘の家」、左にはバックミンスター・フラーの「ドーム」が見える。
田根はまず、気候変動に積極的に取り組むヴィトラの企業姿勢に鑑みつつ、いかに新しい建築が環境負荷を減らし、持続可能な手法を取ることができるかという観点から発想を広げていった。
「近代以降、私たちは多くの地下資源を掘り出すことで暮らしを豊かにし、都市を発展させてきましたが、これこそが、地球温暖化の原因のひとつ。そもそも建物は、地上の資源だけで十分賄えるもの。オーバーグラウンドをコンセプトにこの建物に使う建材は身近に入手できる石や木に限定。さらに近郊から素材を仕入れ、運搬エネルギーを最小限に抑えました」
また、ヴィトラ名誉会長のロルフ・フェルバの勧めで訪れたスイスのバレンベルク野外博物館で得た気づきをもとに、工法や仕上げ、職人の選定に至るまで、地場の力をフル活用していく。
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ガーデンハウスの屋根を施工している様子。木造の躯体を組み立てた後に、職人の手でていねいに茅を葺いていく。 © Dejan Jovanovic(以下同)
「博物館で見た地域の古い民家や農家には、時代や風土ごとに、人々が創意工夫を重ね、自分たちの手で建築をつくった痕跡が色濃く残っていました。近隣に暮らす職人の知恵と手業を集結させれば、メンテナンスも未来へと継承されるはずです」
田根は、建築を屋根、壁、階段、手すりなど部位別に、地元の職人の知見を生かしながら設計。
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ドイツのシュヴァルツヴァルト拠点に伝統の茅葺を手がけるマルクとは、職人の口コミで知り合うことができた。
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葺いた茅をきれいにカットしているのはマルコのアシスタントを務めるセジョー。コンゴからドイツの茅葺きを学びにきた若者だ。
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通常は吊り橋やアスレチックの施設などをつくっている、ロープ職人のエリックは7代目。部分的にロープの撚りをほどきながら、結び目のまったくない階段の手すりを完成させていく。
「20世紀は、合理化を目指すがあまり、建築も短寿命のものばかりになってしまった時代です。すぐになくなることを前提としたものづくりに未来が感じられません。まずは自分の身の回りの環境を見直し、時間と手間をかけて、確実に人の手によって暮らしを受け継ぐ環境を整えていく。僕も改めて学んでいかなければと考えています」
田根が踏み出した小さくとも確実な一歩に、未来の暮らしやこれからの世界を見通す大きな答えが眠っている。
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