水盤に浮かぶ美しい和風建築「喫茶竹の熊」はどのようにつくられたのか?

  • 写真:尾嶝 太
  • 文:山田泰巨

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福岡県久留米市を拠点に活躍する建築家の下川徹は、日本の伝統や様式に敬意を払う。その地に根ざす素材・技術を用いて、美しい建築のかたちを実現した。

Pen最新号は『デザインと手仕事』。テクノロジーの進化が目覚ましい現代において、いま改めて人々は、手仕事に魅了されている。しかもそれを、使い手である私たちだけではなく、つくり手であるデザイナーや建築家たちこそが感じている。手仕事に惹かれるのは、手の温もりを感じられるから──そんなひと言にとどまらない答えが、ここにある。

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九州有数の温泉地、熊本県南小国町。阿蘇山の裾野に広がる風光明媚なこの地に、水盤に浮かぶ日本の伝統的建築を思わせる「喫茶竹の熊」が開業したのは今年5月のことだ。これを手がけた建築家の下川徹は、この町の主要な産業である林業の可能性を提示する建築をつくりたかったと振り返る。

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豊かな湧水の恵みをもつ土地故、それを起点に建築を計画。周辺の田畑に引き込まれる水路を敷地内に引き、水庭を経由した水が隣接する田畑へ流れる。高床の板の間、回廊、喫茶室が水庭を取り囲むという空間構成となっている。磨き丸太の棟木をはじめ、すべての木材は周辺の山から切り出したもので、隣接する製材所で加工された。石材や土など、あらゆる材を近隣でまかなっている。

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南小国町は、江戸時代から建材として小国杉を産出してきた林業の町だ。しかし国内の林業はさまざまな課題を抱えており、クライアントから新たな材の可能性を提示したいと相談を受けた。そもそもなぜ木々の生育に適した土地か。それは阿蘇山麓という豊かな水源が大きな役割を果たしている。南小国には豊かな水が流れ、田園風景も美しい。そこで下川は田畑に流れる湧水を敷地に引き込み、水を中心とした建築を実現することにした。林業を生業とするクライアントは敷地の向かいに製材所を営む。建物に余すところなく小国杉を使い、地元の職人の手でつくることができる建築計画とした。

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職人が一からつくるものには、美しい歪みのようなものがある

下川はここで、杮葺き屋根、磨き丸太の棟木、杉皮葺きの野地板や藩塀など、伝統的な工法や建築様式を採用。小国杉の利用が主たる目的だが、一方で地元の職人の手で建築を組み上げたいとの思いもあった。現在は贅沢に思える工法も、かつては普遍的な技法として日本各地で用いられていた。工事に手間暇をかければ、その実現も難しくないと下川は考えた。「いつも、その土地で建築を実現する最良な方法を探りながら設計を行います。南小国に根ざす職人の力が活きる仕事を考えるうち、日本の在来工法を用いながら新たな表現をしたいと考えました。職人が一からつくるものに工業製品のような完璧さはありません。でもそこに美しい歪みのようなものがあります。精度は求めながら、職人さんの手を借りるというのでしょうか。その歪みを意識して取り込むと、気持ちのいい空間になるような気がしています」

たとえば自然石の束石(柱を支える基礎)の上に柱を置くには、木と石の接点をなぞって据え付ける光付けと呼ばれる技法が必要だ。彼は大工の技術を想像しながら図面を描き進めた。一方でクライアントが製材所を営むことから、柱材は93㎜角という細かな数字を指定した。構造的に満たしながら、建築のプロポーションを吟味して算出した数字だ。手仕事を中心に、与えられた環境を活かす。「もちろんいい仕事にするためには、何度も現場に通い、対話が必要です。そこで再び発見がある。建築では多くの職種の職人が動き、彼らとともに納得のいく工事を進めなければいけません。精度の高い図面を描いてなお、職人の手を建築に取り込んでいきます」

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石と木の接点をなぞって据え付ける光付けを経て、自然石の束石に柱を載せる古典的な手法。大工の力量が問われる。高低差のある空間は、土地本来の起伏を活用しながら計画された。 

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建物の基礎を活かして造作された喫茶室の暖炉。表面を削って荒々しい表情を出した。薪ももちろん小国杉。

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圧巻な杮葺きの屋根は、製材所を営むクライアントだからこそ可能な贅沢な仕上げ。6万6千枚もの小国杉の薄板を使い、完成までに一年を要した。

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喫茶室。照明はなく、水面の照り返しが天井に反射することで室内を照らす。テーブルもまた、小国杉ふたつを割った木材でデザインしたオリジナル。

---fadeinPager---下川は今回、初めて家具をデザインしている。既に無数の名作家具があることから、これまでは新たなデザインを起こすことは意識的に避けていたという。今回はこの空間に必然性のある家具を考えた結果、気軽に持ち運べる籐のスツールに行き着いた。スツールを実用品だという下川は、軽量でいて強度もあるという難しい課題はチャレンジングであったともいう。ここでも模型やスケッチをベースに、制作を担当する橋之口籐工芸工房に籐の性質や技術を学びながら、試作を何度も繰り返して実現に結びつけた。

下川のデザインはミニマルといえるものだ。しかしそれは、彼を含む無数の手によって研ぎ澄まされて生まれるのだ。 

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スツールは、宮崎県小林市で籐製品を製造する橋之口籐工芸工房で制作。径の異なる太民、中民、幼民、そして皮籐を組み合わせてつくる。まずはバーナーであぶりながら脚部の曲線を構成する。

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ベニヤ板に描いた図板。ここに記したフレームのカーブ形状をもとに作業を行い、かたちを探っていく。
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制作途中のスツール。接合点が多いため、他の製品以上にラインの狂いが許されない。

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脚部のフレームを組み上げ、構造を補強する方杖と組み合わせていく。

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軽やかな籐による、洒脱なスツール 軽量で上質な籐を用いて、しなやかな曲線を描く三本脚で構成されたスツール「MIN」。片手でも気軽に持ち運びできるフォルムを追求し、むくり座面、アーチ、方杖の三部材で構成。¥132,000/TORU SHIMOKAWA architects(https://torushimokawa.com)

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下川 徹●建築家

1983年、福岡県生まれ。2005年にTORUSHIMOKAWA architectsを設立。先人が風土に根ざし築いた日本建築の伝統や様式に敬意を払いながら、現代との調和をり、本質的なものづくりを行う。

喫茶 竹の熊

●熊本県阿蘇郡南小国町赤馬場2041 
TEL:0967-42-1010 
営業時間:11時~16時(15時30分L.O.)
定休日:木、金 
https://takenokuma.jp

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